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サバイバル  作者: 清 涼
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第二十五章(六)

第二十五章(六)


 赤々と燃えるかまどに、どんどん薪がくべられ、炎が勢いを増すと、鍋の中で煮えたぎる湯がぐつぐつと音を立てる。

シュッ シュッ と、ナイフの研がれる音が静かに響き、かたわらでは、はぁっ はぁっ と相変わらず短い息を吐いて司が目を閉じていた。

時々全身をとげのある鎖で縛り付けられるような痛みが走るが、声を殺してえていた。

 家の外は静寂な暗闇に包まれ、夜空には幾千という星が何かを見守るように輝いている。裏の森の奥も、今から始まる生と死の狭間を見極めるようにひっそりと静まり返っていた。

夜に生きるものの息遣いさえ聴こえてこない。

 ふぅ と、大きく長い息を吐くと、紀伊也は額の汗を拭った。

そして、鋭く研がれたサバイバルナイフを見つめると、司に向いた。

「司、始めるぞ」

微かに頷いた司の口に丸めた服を噛ませる。司も覚悟を決めたように天井に向くと、目を閉じた。

炎に焼かれたナイフは柄の先まで熱い。

表情一つ変えずに、紀伊也は司の体を片手で押さえると、もう片方の手で熱いナイフの柄を握った。

一瞬、司と目が合った。

それが合図だった。

思い切ったように息を呑んで、ナイフを司の左肩に押し当てた。


 ジューっっ ・・・


奇妙な音と共に、司の体がよじれ、ぐーっという呻きとも声ともつかない押し殺した悲鳴が上がる。

こらえてくれ・・・」

ナイフの幅より大きな傷口は一度で焼き切れるものではない。

再び炎でナイフが焼かれると、傷口に当てられた。

さすがに黙って我慢出来るものではない。目をいて悲鳴を上げる司を、紀伊也はただ自分もえて見つめる事しか出来なかった。

司の体を押さえると、三度みたび同じ事を繰り返した。

生臭い肉の焼ける匂いが鼻をく。

頭のずいから感じる激痛に、司の意識も次第に薄れていった。

悲鳴とも呻き声ともつかない声が家中に響き渡っていたが、それもいつしかしなくなると、パチパチというかまどの中で薪が弾ける音しか聞こえなくなっていた。

「司 ・・・、 ごめん 」

完全に力の抜けた司の体に片手を置いたまま紀伊也は呟くと、自分もぐったりと力が抜けて座り込んでしまった。

だが、すぐに起き上がると次の手当てに入る。

そして、それが終わる頃には、白々と夜が明けて来ていた。


 チュンチュン と、小鳥のさえずる声が聴こえ始めた時には、家の中は全てが終わったような静寂に包まれていた。

そして、そこに紀伊也の姿はなく、ろうそくの火は消され、かまどの中はちょろちょろとした小さな炎が今にも消えそうに映っているだけだった。

 隅の寝台の上には、肩を赤茶色に染まった布で巻かれた司が、まるで本当に死んでしまったのではないかと思われるくらいに全く動かずに眠っていた。

そっと近寄ってみても、息をしているのかどうか分からない。

 いつの間にか現れた琥珀色の瞳をした黒いジャガーが司の左腕をずっと舐め続けると、青紫色に腫れ上がっていたその手が次第に元に戻って行く。

三日目にはすっかり腫れも治っていた。

 そして、ジャガーが居なくなるのと入れ替わるように、ふらふらになった紀伊也が戻って来た。

「司、今度こそ本当にあと少しで帰れる、だから、死ぬなよ」

完全に生気を失った司にそう言うと、寝台に寄りかかるように腰を下ろした。


 隣村まで一日かけて歩き、村人にその姿を見せた時には、まるで死人にでも会ったように驚かれたが、ようやく連絡を取る事が出来た。

そして、当然のように引き止められたが、休む間もなく再び引き返した。あのまま司を一人残しておく事など出来なかったからだ。そして、夜を徹して歩き続け、ようやく戻って来た時には既に三日も経ってしまっていた。

『普通の人間でなくてよかった』

あの時の司のセリフを思い出して、辛うじて生きている司に安心すると苦笑してしまう。

それに、自分自身、普通の人間でない事に改めて気付かされると失笑してしまった。


 しかし、さすがに五日目にもなると、紀伊也の意識も朦朧もうろうとして来る。

自分の意志ではもう保っている事が出来ず、がくんと落ちそうになった。

が、幻なのか、遠くの方で微かに音が聴こえて来るのを感じると、閉じかけていた目を開けた。

 ゴロゴロゴロ・・・ という微かな音。

妙に懐かしい機械音。

次第にそれが、はっきりとした音へと変わっていく。

 ブロロロ・・・

確かに車のエンジンの音だ。

それが大きくなり、何台かが止まり、バタンバタンと、ドアの大きな音がする。


「キイヤっっ!!」


いつもならその声に、小うるささを感じて耳を塞ぎたくなってしまう。


「ツカサっっ!!」


ジャリジャリっと、慌しく地面を踏み付ける音、数人の人間の気配。

そして、バンっという大きな音と同時に、大きな光が入って来た。

いつも嫌味を言われっ放しのその声と、子供扱いされるアーモンド色の瞳と赤茶褐色の巻き髪に、今日は特別な懐かしさを覚えた。


「ユリア」




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