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サバイバル  作者: 清 涼
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第二十四章(五)

第二十四章(五)


「司、歩けるか?」

朝陽が昇り、密林が暗闇から鮮やかな緑色に染まると、獣の鳴き声が辺りに響き、ジャングルに生きるもののいとなみが始まった。

今は当てもなく道なき道を歩き続けるしかなかったが、希望がない訳でもなかった。

ここに居続けても仕方がない。とにかく前に進むしかなかった。

「大丈夫、歩けるよ。心配するな、とにかく行こう」

既に水筒の中身も空っぽになってしまっている。

二人は何も口にする事なく歩き出した。

うっそうと生い茂る濃い緑の中をすり抜けるように歩くその速度は、今までにない位遅い。数歩進んでは止まって息を整える。しばらく歩けたと思ったら立木に掴まって息を整える。これを繰り返していた。

そして、二人共に襲って来る喉の渇きは半端ではなかった。

口の中にねばっこいものを感じると、それが喉の奥に張り付いたような気味の悪い感覚を覚え、それを呑み込もうとした時には、喉の奥に針でも突き刺したのではないかという位の痛みが走る。

互いに声を掛ける事すら出来ない。

 これが二日も続くとさすがにこれ以上は歩けそうになかった。

木に寄りかかって足を投げ出して座ると、二人共思わず目を閉じそうになる。

「司、目を閉じるなよ」

「 ・・ わかってるよ ・・」

かすれるような声で応えると、微かに苦笑いを浮かべた。

 はぁはぁとあえぐようなかすれる息を吐きながら体を休めている二人の不安をあおるように、生温かい風が吹いた。そして、辺りに湿っぽい不快な臭気が漂う。

それまで木々の隙間から降り注いでいた光はあっという間に暗雲に閉ざされ、ゴロゴロという雷鳴と共に大粒の雨が落ちて来る。

疲労し切った体に追い討ちをかけるような、むち打つ雨だ。

それとも、渇き切った喉をうるおすにはちょうどいい雨なのか分からないが、二人は表情一つ変えずに、その雨を全身に受けていた。


 だが、その雨も30分程で止んでしまうと、急に辺りは陽の光に包まれる。

緑の葉から落ちて来る雨露が、それに反射してきらきら輝いていた。

植物たちも十分潤されたのだろう。緑色が一層鮮やかな生気を帯びている。

しかし、それとは裏腹に、司と紀伊也は死んだように動かなくなっていた。

全身ずぶ濡れになった二人は木にもたれ、だらりと両手を下げて目を閉じていた。


 何か大きな黒いかたまりが二人にゆっくり近づいて来る。

そして紀伊也の前で止まると顔を近づけ、赤い舌を出すと、青白いその顔をめた。

「 ・・・ お前 ・・・ 」

気が付いて目を開けると、しばらくいなくなっていたジャガーが紀伊也の顔を舐めていた。

 しばらく眠りたい

そう思ったが、動いて行ったジャガーの後を追うように視線を動かすと、司にも同じように顔を近づけた。だが、舐めようとした時、そのままその体がゆっくりと倒れて行くのを見てしまった。

「司 ・・ ?」

ジャガーが少し困ったような顔を紀伊也に向けたが、それには目も暮れず、うようにそばに寄ると、その顔を覗き込んでギョッとしてしまった。

小刻みに小さく吐かれる息に手を当てなくても、それが熱い事が分かる。

先程の雨に体温を奪われたのだろうか、再び熱を発してしまったようだ。

「司っ しっかりしろっ 」

頬を叩きながら耳元で叫んだ。今ここで意識を失うような事があれば完全に命取りだ。

治癒力を送れない今は一刻も早くこの密林から出なければならない。

何度目かの呼び掛けに、ようやく目を開けた司を紀伊也は肩に担ぐと、ジャガーを先導させ、引きずるように歩き出した。


 垂れ下がる大きな植物をき分けながら、足元からまとわりつくじめっとした湿気と濃い植物臭に、慣れてはいたが、さすがに全てが重くし掛かって来る。

今では何処へ向かって歩いているのかなど考える余裕すらなく、ただ、ひたすら前に向かって歩くだけだった。

「紀伊也 ・・・、 もう、いいよ ・・・」

「ばかっ 何言ってんだっ 」

時々、かすれた声で呟く司に紀伊也は怒鳴るように励ましていた。

目の前に厚くて大きなシダの葉の群が立ちふさがった時、ジャガーが足を止めた。

何かの入口のような大きなシダの葉に、紀伊也は一瞬息を呑んだ。

ぐったりとした重たい頭を何とか上げてそれを見た時、司は一気に力が抜けてしまった。

「また、かよ・・・。 もういいよ・・・ 」

「 ・・・ 」

「もう、歩けないから・・・、 紀伊也、降ろして・・ 」

それと同時に完全に両膝が地面に付きそうになった司をぐっと抱きかかえ直すと、「ダメだっ」と言い放ち、一歩踏み出した。

葉の間をくぐり抜けるようにジャガーが進んだ。

それに続いた紀伊也もその葉の群をき分けた。

幾重にも重なったそのシダは、押し潰されてしまいそうになるくらいに重たい。

それでも紀伊也は、司を支えて体でそれらを押し退けると前に進んだ。


「ここは・・」


ようやくの事でシダの葉の群から抜け出ると、見た事のあるような、ないような、そんな感覚を思い起こさせる場所に出た。

そこは立木の並ぶ少し開けた所だった。

司を木の根元に降ろすと、倒れそうになったその体を支えるようにジャガーが腰を下ろした。

紀伊也はその場に立って辺りを見渡したが、以前にも来た事のあるような気がして耳を澄ませた。

 何か聴こえて来る。

「川?」

音を辿って歩いた。

そして、立木の向方が崖になっている事に気が付いて近寄った。

「ここはっ!?」

思わず息を呑んで目を見張る。

眼下には細い川が流れている。距離にして20Mくらいだろうか、向こう側の崖には、壊れた木の橋が今にも落ちそうにぶら下がっている。

 間違いない

あの橋を渡ってここへ来たのだ。

そして、あの場所でヤヌークに出会い、聖なる森へ迷い込んでしまったのだ。

「司っっ!!」

紀伊也は狂喜にも似た声を上げると、急いで司の元に駆け戻った。

「司っ 戻って来たぞっっ!! この場所だっ 橋もあるっ! 俺達、戻って来たんだ 司っっ!!」

しかし、既に意識を失くしてしまった司に、その声は届いていなかった。

「司、ここまでやっと戻って来れたんだ・・・。 だから、死ぬなよ ・・ 」


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