第二十四章(一)
第二十四章(一)
「さて、問題はどうやってここから出るか、だな」
ヤヌークとの約束だった聖なる森の真実を知る事が出来たのはいいが、どうやってこの洞窟から出られるのかは疑問だ。
「何たって、聖なる森への入口はあっても、出口はないからな、この伝説には」
思い出して困ったような視線を紀伊也に向けた。
「そっか・・・、そうだったな。けど司、出口がないのなら別の入口を探せばいいんじゃないかな」
「入口か・・・。 まぁ そうだけど、そう簡単に言ってくれるな。だいたいここが何処なのか全く分からないんじゃ、探そうにも探せないよ」
少し情けない声を出すと、途方に暮れたように辺りを見渡した。
高い天井から降り注ぐ無数の光の筋に、洞窟は神秘的な空気に包まれている。足元は柔らかい苔で覆われ、その間を透明な水の川が流れていた。
その光と水に融合された灯りが洞窟内に描かれた伝説の絵を更に別世界へと導いているようだった。
「聖なる森か・・・」
「司、確か、聖なる森の入口が開くのは二本の牙を持ったタイガーが現れた時だろ」
「そうだけど」
「じゃあ、そのタイガーなら」
紀伊也の言葉にハッとしたように顔を上げ、
「ここに居る」
と、目の前に描かれた琥珀色の瞳をしたヤヌークを見つめた。
いくつかの光の筋が瞳の琥珀に反射して光を放っている。
その光を見ながら司は思い出した。
True Lakeでヤヌークが自ら使令に下った事を。そして、『光の導くままに』にという伝説の言葉。
司は右腕の袖を捲り上げると、手首のブレスレットを天井から降り注ぐ光に当てた。
やはり思った通りだ。
ブレスレットに反射して光の矢がヤヌークに跳ね返る。
司は光が集められそうな場所を探し、そこに立つと、右手をかざした。
その瞬間、ブレスレットに光の束が集められ、一気にそれが反射すると、ヤヌークの瞳に大きな光の矢が放たれた。
「うわっっ」
一瞬の眩しすぎる光に二人は強く目を瞑った。
辺りが瞬時に真っ白になっていく。
そして、その強い光の中に二人の姿が吸い込まれるように掻き消されてしまった。
どれ位経っただろうか。
焼け付くような暑さに目を覚ますと、二人は真上から太陽の光を浴びて倒れていた。
まともに太陽の光を受けていたせいか、起き上がろうとすると、頭がくらくらする。
やっとの事で起き上がり、軽く頭を左右に振って目を開けた。
「大丈夫か?」
「何とか・・・、 ここは?」
「何か、見覚えがあるなぁ・・・」
余りに眩しく、まともに目を開けている事が出来ない。
二人は手をかざして光を避けると、立ち上がって辺りを見渡した。
ぼんやりする視界で最初に目にしたのは、草木一つ生えていない裸の岩壁だった。
どこからか水の流れる音がする。
ちょろちょろと湧き出るような音だ。以前にも同じような音を聞いた事がある。
同時に二人はハッとしたように顔を見合わせると、その岩壁をまじまじ見つめた。
ちょうど、胸の高さ辺りから岩が二つに割れて、そこから水が流れ出していた。
「えっ、何でっ!?」
思わず司は声を上げた。そして、ハッと振り返る。
「広場だ ・・・ うっそだろ・・・ 」
言ったきり観念したようにへなへな座り込んでしまった。
また元に戻ってしまったのだろうか。
キーっ キーっ と鳴く獣の声が、司の前の森の奥から聞こえて来る。
少しの間二人は何も言えず、黙ったまま強い太陽の光を受けて、そこに居た。
「もう勘弁して欲しいな・・」
司は呟くと空を見上げた。
じりじりと照り付ける陽射しが痛い。
「司、ここに居ると日射病になる。日陰に行こう」
気を取り直したように言われ、ゆっくり立ち上がると、木陰に入って木に寄り掛かると同時に再び座り込んでしまった。
はぁ と大きな溜息を付く司に、紀伊也も何と声を掛けていいか分からず、黙ってその場を離れると、岩壁の前に立って湧き出る水に手をかざした。
冷たい水が気持ちいいが、周りの岩は焼けているような熱気を放っている。
少し首を傾げた紀伊也はその水を飲んで更に首を傾げた。
まるで違う味だ。
何の鉱物が入っているのだろうか、柔らかく感じた聖なる泉の水とは全く違って硬い感じがする。それに、妙に現実味のある苦い味だ。
振り返って広場を見渡すが、見覚えのあるような広場であって、そうでもない気がする。
再び湧き水を見た。
そして、その流れを確かめるように辿っていくと、地面の岩の間に落ちて、同じように二方向に分かれている。
それぞれ、岩壁沿いに流れて、その先の木々の中に消えていた。
やはり同じなのだろうか。
同じような景色なのに、何かが違って見える。
しばらく考えるように広場を見たり、湧き水を見たりしていたが、それも長く続かない。さすがに、照り付ける太陽の光が痛くて、司の傍に戻った。
木に寄りかかって、はぁはぁ言っている司と目が合うと、互いに苦笑いを浮かべた。
「オレ達、夢、見てたんじゃねぇだろうな・・・」
「司、よく分からないけど、何かが違う気がする。 あの水も普通っていうか・・・」
「普通、か・・」
水筒のキャップに入れられた水を見ると、苦笑しながら口に入れた。
「普通、だな」
キャップを紀伊也に返すと、ふぅと大きな息を吐いて広場の奥にある岩壁を見つめた。




