第二十三章(三)
第二十三章(三)
二人の目の前には、伝説のサーベルタイガー・ヤヌークが描かれていた。
巨大な二本の牙を持つ森の番人・ヤヌークが現れた時、その森の扉が開かれる。
そして、ヤヌークの赤い目があった。
彼はその者を見分するであろう
二本の木で挟まれた岩壁に青い石が一つ埋まっている。
そして、太陽から放たれた光がそこに当たっていた。
その青い石は司が封印した時と同じ色のラピスラズリだった。
司がその石に触れようとした時、紀伊也が呼んだ。
「司、泉が二つに分かれているぞ」
「あ、この絵、これは True Lake だ。見ろ、この岩。あそこにあった岩と同じだ。 ・・ 何か書いてある ・・・ 悠久の大地」
その山のような岩の上に、ラテン語で微かに悠久の大地と書かれていた。
「司、こっちは魔界の方だ。 ・・・、 これ、これって、ヴァンパイア・ウルフ!?」
まるで槍のような立木が一本、その横には二本の長い牙を持った狼のような犬のような形をした動物が一匹描かれている。
「そう、みたいだな。 見ろ、その横はアナコンダだ」
司の指す方を見れば、あの森で晃一を飲み込もうとしたアナコンダと同じものが描かれている。
「悪魔の使いって、タランチュラの事だと思ってたけど、どうやらヴァンパイア・ウルフの事みたいだな・・・」
司はあの時の殺気のこもったヴァンパイア・ウルフを思い出して、ゾッとしてしまった。
「これ、何だろう?」
とぐろを巻いたアナコンダの隣に丸い形が七つ並んでいる。
「月だ。 七夜が二回、その意味だろう。よく見ると、全部同じじゃない。少し欠けているだろ」
「ホントだ。 ・・・ これっ・・・!?」
七つ目の月の隣に描かれたヴァンパイア・ウルフの顔を見て、紀伊也は悲鳴を上げそうになってしまった。
あの時のヴァンパイア・ウルフが今にも襲い掛かって来そうな程、リアルに描かれているのだ。
赤い二つの目は何かの血の色にも見える。
「す、げぇな・・・」
司も言ったきり息を呑んでしまった。
半分開いた口からは、真っ赤な舌がだらりと垂れ、それを鋭い牙が挟んでいる。
耳を澄ませば、何処からかその息の音が聴こえて来そうだ。
そして、その次に描かれた絵に溜息をつくと、目をそらせてしまった。
そこには、人間や動物の骸骨が無造作に描かれていたのだ。
魔の地へ行出し時、悪魔の使いが現れ、侵す者それを喰らう
魔の地へ赴いた者、我れこれを喰らう
汝、それを見分した時、魔の地で滅ぶ
その言葉を思い出したが、上手く結び付かない。少し首を傾げると次の絵に足を運んだ。
「これって・・・、あの広場?」
正確な星の形が描かれ、それぞれの角に何か描いてある。
「オレ達、あの時出たとばかり思ってたけど・・、実際あの広場もまだ伝説の中だったのか・・?」
「え? でも、俺も二度目にあそこに行ったのは、ヤニ族の村を通って、・・・ でも、どういう事?」
一度顔を見合わせると、再び絵に目を向けた。
「見ろ、これはファヴォスだ。ほら、あのデカい蜂だ。 こっちがアルナンの毒蜘蛛、これは・・・、コルバのアナコンダ? これは・・・、ドクロだ。炎とドクロだ、何だろう? そして、これは・・・、 え? ナンだよ、これ・・・ 」
司の言う通り、大きな蜂、クモ、とぐろを巻いた大蛇、そして人間のドクロと燃え盛る炎がそれぞれ本物そっくりに描かれている。
もし、何かの呪文でも唱えようものなら、この壁から現れそうな程、リアルに描かれていた。
そして、最後に司が何より驚いたのは、この印だ。見ているだけで目の前がくらくらする。
何をどう説明すればいいのだろう。言葉が見付からず息を呑んだまま、じっと見つめていた。
「これ・・・、 司が付けた印だ・・・ 」
かすれるような声を発したのは紀伊也だった。
×印を○で囲んだこの印は、あの広場で司が付けた印と全く同じだったのだ。
「どうなってるんだ・・・?」
司同様、紀伊也も絶句してしまった。
震える手でその印にそっと触れた。
それは、間違いなく自分があの時ナイフで付けた印と同じだ。突然何かに耐え切れなくなって、思わず目をそむけると、今度はその横に何か描かれている事に気付いた。
まるでそれは、それぞれを語るように描かれている。
蜂にひざま付いている老人はシーメだ。差し出した両手の上には炎の石があった。
毒蜘蛛に抱かれるように描かれている女性はティプラだ。頭に付けた冠には大地の石がある。
アナコンダに巻き付かれた男はコルバ、伝説ではティプラの夫だ。手に持った剣の先にはコスモスの石があった。
そして、ドクロを槍の先に突き刺し、それを手にした男を見た時、司は一歩下がってしまった。
思わずよろけて、紀伊也に支えられた程だ。
「司、大丈夫か? ・・・ 顔色悪いぞ、しっかりしろっ 」
意識を失いかけて紀伊也の声に戻されると、ごくりと生唾を呑み込んだ。
「ヤニ族の族長だ・・・」
明らかに声が震えている。
司は立っていられない程の恐怖を感じて、思わず自分の体をギュッと抱き締めた。
ギョロっとした二つの大きな目が今にも動き出しそうだ。にんまりと笑い出しそうなその口からはざらっとした長い舌が出て来て、何もかも舐め回しそうな勢いだった。とたんに、右手に付けられた傷跡が疼き、あの気持ちの悪い舌の感触が甦る。
紀伊也は初めて見る族長の顔に何か気味の悪いものを感じると、ごくりと息を呑んだ。
何か、とてつもなく嫌な予感が走ったのだ。
「司、しっかりしろ。これは絵だ」
分かってはいるが、どうにも震えが止まらない。
あの時の恐怖が一気に甦ると、とうとう司は座り込んでしまった。




