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サバイバル  作者: 清 涼
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第二十一章(一)

第二十一章(一)


 陽の光が柔らかいオレンジ色に変わって来た頃、すっかり眠ってしまっていた紀伊也は、目を覚まして体を起こすと、隣で眠っている司の様子を伺った。

はっ はっ という短い息が聞こえる。

司が生きている事に安心したが、すぐに顔を曇らせた。

「司?」

治癒力の優れた聖なる水を飲ませてすっかり安心していた。だが、様子がおかしい。そっと額に手を当てて、思わずギョッとしてしまった。

再び高熱を発していたのだ。

「司、しっかりしろっ」

はっ はっ ・・・ と、小刻みに吐かれる息も少し苦しそうだ。

いつからだろう。

今朝、水を飲ませた時には容態が落ち着いた筈だった。だから自分も安心して眠ってしまったのだ。

しかし、よく考えると、深い眠りから覚めた時、何日かぶりによく寝たと思っていた自分を思い出して息を呑んだ。

「まさか・・・」

恐る恐る左手にはめていた時計に目を落としたが、時計の針は8時を指したまま止まってしまっている。

「あれから、どれ位経ったんだ・・・?」

この場所が現実の世界とかけ離れ、時間の進み方が違うのだという事を思い出してゾッとしてしまった。背筋に悪寒が走るのが分かる。

「司っ!?」

むしばまれた体がわずかな水だけで、そう簡単に元に戻る訳がない。

聖なる水の治癒力がどれ程のものなのか、知る筈もない紀伊也はその力を過信していた事に気付いて唇を噛み締めたが、どうする事も出来ない。

慌てて水をみ、司に飲ませようと体を起こしたが、悲鳴にも近い小さな呻き声と共に体が硬直するのを見て、元に戻してしまった。拍子に水がこぼれ、司の顔に落ちる。


 はぁっ はぁっ ・・・


「司、ごめん。 ・・・ でも、頼むからこの水を飲んでくれ・・・っ」

紀伊也は腰に下げていた水筒を外し、キャップに水を溜めると、それを口に運んだ。

そして、苦しがる司を起こし、それを唇につけた時、激しく首を横に振られ、キャップが弾き飛ばされてしまった。

「司っ!?」

明らかに拒んでいた。

再び飲ませようとしたが、激しく首を振られ、また拒まれた。

無意識の中で、何かを飲まされる事を司は必死に抵抗していたのだ。

「司っ!?」

紀伊也は訳が分からず、司の顎を掴んで飲ませようとしたが、やはり同じように抵抗され、なかなか飲ませる事が出来ない。

「飲まないと・・・、死んでしまうぞっ。頼むから飲んでくれ、司っ!」

最後には怒鳴るように声を荒げていた。

だがそれでも司は飲もうとしない。意識もないのに必死に抵抗しているのだ。

そんな司に紀伊也は戸惑いながらも苛立ちを隠せず、縛り付けるように抱きかかえながら何度となく同じ事を繰り返した。

その内、ヒューヒューと喉の奥が鳴り、息遣いも激しさを増す。

「司っ 頼むからっ」

泣き出しそうになった紀伊也は司を一度強く抱き締めると、自分の口に水を含み、司の唇を塞いだ。そして、激しく首を振ろうとする司の頭を両手で押さえ、唇を押し広げると、水を流し込んだ。

今度はごくりと司の喉が鳴った。

二、三回それを繰り返した。

司は抵抗する事もなく、ぐったりと紀伊也の腕の中で眠っていた。

喉の奥から鳴っていた音もしなくなり、荒かった息も幾分落ち着くと、苦しそうにこわばっていた表情も穏やかさを取り戻しつつあった。

しかし、これで本当に良くなったとは言い切れない。

紀伊也は司をその場に寝かせると、辺りを見渡した。そして、ハッとしたように泉から流れ落ちる一方に目をやった。

『聖なる地』あそこに行けば何とかなるかもしれない。浄化の実と呼ばれる赤い実もあるのだ。

ためらわず、再び司を抱えると、大きな葉をめくり上げ、小川に沿って下って行った。

どれ位下っただろうか、見覚えのある柳のような植物のカーテンを開けると中へ入った。

一瞬立ち止まり、大きく息を吸い込んだ。

春のような陽気に包まれた『真実の湖』の湖面がサーっと優しく揺れる。

だが今は、あの時のように感慨にふけっている場合ではない。

紀伊也は一番暖かそうな場所を見つけると、そこへ司を寝かせ、赤い実を探しに出かけた。

柔らかな新芽のような苔のベッドの上で、静かな息をして司が眠っていた。

紀伊也は時々振り返りながら司を見守っていた。

手の届かない所に赤い実を見つけ、紀伊也は右手を軽く振って銀色のチェーンを放つとその実を落とした。

能力を使っても力尽きる事はなかったが、やはり体力は落ちている。紀伊也は軽く溜息を付くと、落ちた赤い実を拾い、一つを口の中に入れた。自分が弱ってしまえば司を助ける事が出来なくなる。自分の命を差し出すのは最後になってからでいい。

司の元に戻ると、再び赤い実を口に入れ、噛み砕くと、それを司の口の中に入れた。そして、『真実の湖』の水を汲むと自分の口に入れ、司の唇に自分の唇を押し当てて水を流し込んだ。

砕かれた赤い実と共に、司の体の中に入って行くまで唇を合わせた。

ごくりと喉が鳴った。

だが、まだ目を覚ます事はない。

紀伊也は無言のまま『真実の湖』を見つめた。

しばらくきらきら輝く湖面を見ていたが、ふと思い出すと、湖のほとりに立ち、両膝を地面についた。


 無二の心のまま両手で湖の水を取れ、 湖面に映る己の額にそれを注げ、

 それを三度繰り返した後、己の真実が見えよう


伝説の言葉通り、水をすくって湖面に映る自分の額に水を注いだ。

そして、三回それを繰り返した時、湖面に映る自分の顔が消えて、別の顔がそこに映った。

「司?」

まるで自分の代わりにそこに居るようだ。思わず気配を感じた気がして振り返ったが、司は横になって眠っている。

不思議に思って再び湖に顔を映したが、そこには少し不安な顔をした自分が映っているだけだった。






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