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サバイバル  作者: 清 涼
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第十八章(五)

第十八章(五)


 確かに銃声がした。

紀伊也は立ち止まると、自分のズボンのポケットに手を当て、アランから手渡された銃を確認する。

遠くの方で微かに響いた銃声とその後の森のざわめきに耳を澄ませた。だが、何処でそれが鳴ったのだろう。あれからは全く静まり返ったままだ。

あちらの方か、遠くでまたたく星空を見上げると、目の前に垂れ下がる葉を掻き分けながら再び歩き出した。


 その内、垂れ下がるように生い茂っていた葉が少なくなると、辺りが開けたように木立こだちが並んでいた。

月明かりに照らされ、視界が広くなると、少し先に大きな岩を見つけた。

体を休めるにはちょうどいい。紀伊也は一つ大きな息を吐くと、岩に寄りかかって腰を下ろし、両足を投げ出した。

そして、辺りに危険な気配を感じない事を確認すると、目を閉じた。

もちろんかたわらには月灯りに光った黒いジャガーも体を丸めていた。


 辺りが薄っすらと明るくなって来た。

もうすぐ夜が明ける。

むっくり起き上がったジャガーに揺り起こされて紀伊也は目が覚めると、両手で顔を覆い、上下に揺すって顔の筋肉を動かした。

夜明けと共に彼等は動き出す。

紀伊也は立ち上がると、少し警戒したように辺りを伺った。だが、まだその気配が感じられず、少しホッとすると、息を吐いた。


 ん?


一歩、踏み出した右足に何かが当たった。

拾い上げた瞬間顔色が変わる。

「司のナイフだ・・・」

それは刃がすっかりび付いてしまった泥だらけのサバイバルナイフだった。

「ここで捕まったのか・・・ とすると・・・ 」

晃一の話を思い出し鋭い視線を辺りに送った。

昨日から相当歩き回った筈なのだが、彼等の村からはそう遠くに行っていない事に気付かされ、息を呑んだ。

あの時、紀伊也が司の指令を受けて皆から離れた場所も恐らくここから近いだろう。

「行くぞ」

ジャガーに声を掛けると、走り出した。

 やはり間違いない。

ここで司と別れ、自分は一人、彷徨さまようように密林を歩き回ってルートを探し出したのだ。

それにしても司は何処へ行ったのだろう。

ヤニ族の村に入った事に気付いた時、自分達はブラジルからコロンビアの領域に入った事くらい知っている筈だ。

しかし、この村に戻る時にはそれらしき気配は感じなかった。それに、昨夜ゆうべの銃声はもっと奥から聞こえたような気がする。

まるで司は元来た道を引き返しているようだ。

「 とすれば、・・・、あの滝つぼか・・・」

恐らくまずは水を探すだろう。

自分ももしこの水筒がなければ、まずは水を求めるからだ。

紀伊也は確信したように頷くと、司のサバイバルナイフを握り直し、急いで森の奥へ向かった。


 途中、広けた所で立ち止まると、辺りを用心深く伺う。ここは、晃一が罠にかかった場所だ。

慎重に歩いて抜けると、今度は緩い下り坂を探す。

長雨の後の下り坂は滑りやすい。足元に注意しながら草木を掻き分け下りて行った。

どれ位下りただろう、だいぶ息も切れて来る。側にあった立ち木に手をついて息を整えた時、少し先の下の方の地面がこすれるように窪んでいるのが見えた。

少し気になって近づいた。

「これは・・・」

明らかに何か大きなものが足を滑らせたような跡だ。しかもそこから先が急に勾配こうばいがきつくなっている。

よく見れば、所々何かがぶつかったように枝が折れている。

紀伊也は急に何かにき立てられるように足早に下りて行った。

そして、最後に飛び降りた時、明らかにそこに人間がいた事を証明する跡があった。

靴跡というには程遠いが、靴で地面を引きずった跡があるのだ。

思わずハッとして顔を上げると、その跡を辿るように視線を向けた。


 !?


「司っ!?」


誰かの靴先が草むらの陰から見えた。

近づくに連れ、それが足である事が分かる。

そして、垂れ下がった枝を押し上げた時、悲鳴を上げそうになる程息を呑んだ。

そこには池の淵の岩に首だけをもたれてぐったりと、司が横たわっていたのだ。

全身びしょ濡れの上、泥だらけだ。

「司っっ!!」

大声で呼んで激しく揺さぶったがピクリともしない。それどころか息をしているのかさえ定かではない。

「司っ しっかりしろっっ!! 司っっ!!」

抱き起こして顔を叩いたが、血の気のない冷たくなった肌に驚くと頬をさすった。

「司っ」

そして今度は、両手で強く抱き締めたが何の力も感じない。ぐったりした背中をさすったが、ぐしょっと濡れた服が紀伊也の手の平に気持ち悪くまとわりつくだけだった。

「司っ 頼むから ・・・ 死ぬなよ」

最後に自分で口に出した言葉に急に恐ろしくなると、思わず両腕に力がこもった。

その時、ふっと耳元で微かに息を感じたような気がした。慌てて体を離したが、ピクリとも動かない。

紀伊也は司をそのまま自分の腕の中に寝かせると、腕を取って脈を計る。ほんのわずかだが波打っているのを感じた。

それにしても何と冷たい手をしているのだろう。

紀伊也は辺りを見渡し、日当たりの良い場所を見つけると、司をそこへ運んだ。

そして服を脱がせ、ジャガーを座らせるとその体に寝かせた。

更に自分も服を脱ぐと、その体で冷たくなった司の体を包んで気を送った。


 何故、こうなってしまったのだろう。

いや、そうではなく、何故、こんな目に遭ってしまったのだろうか。

自分の肌に伝わる司の冷たくなった体を抱き締めながら紀伊也は思った。

あの日に感じた不穏ふおんな空気と何かが起こるのではないかという妙な胸騒ぎ、そしてとてつもなくした嫌な予感。それらが見事に的中してしまった。

それは自分が能力者であるが故の予感だったのか、それとも運命のいたずらだったのか。

それにしては、次々と不思議な事が起こっていた。

現実には有り得ない出来事だった。しかし、紛れもなく現実だった。

伝説の森、それはある筈のない世界だ。人が創り上げたおとぎ話だ。

「誰も信じてくれないだろう」そう言った司が、「自分も幻想であって欲しい」とさえ言っていた。それはそうだろう、事実、作り話の中に迷い込んでしまったなど、誰が信じられるだろうか。

それにそれは、紀伊也自身でさえも、「これは現実なのか」と終始疑っていたものだ。

「俺にも何が何だか分からないな」

そう呟くと、青白い司の顔を見つめ、濃い緑の隙間かられる光を微かに感じていた。



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