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サバイバル  作者: 清 涼
113/150

第十八章(三の2)

 ******


 『紀伊也っ 甘いぞっ』

バシンっと頬を叩かれ、拍子に地面に叩き付けられるように転がってしまった。

訓練と称してのミッションだった。

ゴールデン・トライアングル=魔の三角地帯と名づけられた世界でも有名なこの地で、麻薬密売人を組織するグループの中の一人に能力者がいた。

密林の中で育ったこの能力者は売人狩りをする警察の特殊部隊を次々と人知れずほうむっていた。

その能力者狩りのめいを受けた司と紀伊也、そしてもう一人、獰猛どうもうな爪を持つハヤブサと呼ばれている和矢の3人が、そのグループのアジトを見つけた時だった。

相手が野生児のような能力者だと分かっていたが、自分の気配を一瞬でも出してしまった紀伊也に司が叱責しっせきしたのだ。

『司、やめとけ、仕方ねぇさ。こいつは相当なお坊ちゃんだ。いい加減疲れたんだろ。こんな泥沼みたいな所ではやってらんねぇって、な』

和矢が馬鹿にしたように見下ろした。

『そんなんじゃっ・・』

『それはお前のセリフだろ、黙ってろっ』

和矢に反論しようとしたところで、司にさえぎられ、司は軽く和矢をにらんだ。

和矢は首をすくめると、チッと舌打ちして地面を蹴った。

『いいか、相手は獣と同じ野生児だ。ヤツは本能と勘で動いているんだ。このジャングルの中ではオレ達に勝ち目はない。やれるとしたら、一気に叩くしかない。それまでは絶対に気配を出すなっ』

生きるか死ぬか、何が起こるか分からない密林の中で、自分の気配を消す事。これがジャングルを知り尽くした相手を封じる唯一の勝算だった。


 ******


「唯一の勝算、か・・・」


思い出して呟くと、ハッとしたように顔を上げて鋭い眼差しをジャガーに向けた。


『オレ達の使令は闇に強い。光のないこの暗闇では役に立つ』


あの時の司の言葉を思い出した。

結果、紀伊也の使令である四つ足の獣に誘導させ、タランチュラの毒牙どくが、吸血コウモリで一気に襲い掛かり、その能力を封印したのだ。

一寸先も見えないこのジャングルの闇を歩き回るのは、最も危険な事だとは分かっている。

しかも、雨まで降っているのだ。

しかし、見張りの者でさえ寝静まるこの夜の闇を利用すれば、彼等の村へ容易に近づく事が出来る。


「頼んだぞ」


自分を信頼するように言われ、ジャガーは主人を見上げて力強い眼差しを送ると、のそっと立ち上がった。

そして、付いて来いと言わんばかりに歩き出すと、長い尾を動かして、紀伊也が自分の後に続いているか確認した。

雨の音に混じって草木を踏み分ける音がかすかにするが、誰も気に留める事はなかった。

真っ暗な闇の中を紀伊也とジャガーが歩を進めていた。


 今が何時くらいなのか検討もつかない。深夜半過ぎだろうか、ようやく村に辿り着いた紀伊也は急いで風下に回ると息を潜めた。

 珍しいな、こんな夜更けに灯りがついているなんて

数軒の家らしき小屋が、一軒の灯りに照らされて立ち並んでいた。

以前、皆を助けた時と少し様子が違うように感じた。

気のせいなのか、晃一達が閉じ込められていた小屋が見当たらない。

暗がりのせいなのか、月明かりも得られない雨の中では確認しようがない。

と、突然、灯りのついた小屋から、ウォーーっっ という獣とも人ともつかない雄叫おたけびが上がると同時に、ガターンっ と何かがひっくり返るような音が聞こえた。

「忌々しいヤツめっ! 裏切りおってっっ!!」

 ガッシャーーンっっ

今度は罵声ばせいと共に金属のようなものを何かに投げつけた音が聞こえる。

声の主は相当怒り狂っているようだ。それに加え、相当酔っているようにも思える。

 何だろうな?

紀伊也は首をかしげて様子を伺っていた。

しばらく中で何か話し合いが行われているようだった。

「夜明けと共に出掛けるぞっ!」

その掛け声を合図に入口の垂れ幕が上がり、数人の男達が出て来る。

「やれやれ、何とか夜明けを待ってもらったが・・・」

「しかし、あの体ではそう遠くへは行けまい。それにこの大雨だ、もしかしたらコルバの化身に食われちまってるかもしれないな」

「おお、それは有りる話だ。何せ一度は目を付けられているんだ。もし万が一二度目にった時にはもう生きちゃいないだろうよ」

「じゃ、我等われらは生きちゃいないかもしれないあの女を捜しに行くってのか?」

「まァそういう事になるが、仕方ない。おさめいだ」

小屋から離れ、歩きながら会話していた男達は少しうんざりした様子だ。

だが、立ち止まると

「そういやぁ あの女は極上だったなぁ」

と、思い出したようにニンマリ笑った。それに同意するように他の男達も含み笑いを浮かべると、バシャバシャと足音を立てながら去って行った。

最期の言葉に息を呑んだ紀伊也は、全身に悪寒おかんが走るのを感じた。

『司っ!?』

神経を集中させ呼びかけたが、やはり何の反応も得られない。

村の広場を見つめながら茫然と雨に打たれていた。


 小屋の明かりが消され、辺りは真っ暗な闇に包まれた。次第に雨足が速くなり、再び土砂降りになった。しかし、この大雨の中でも皆寝静まっていた。それにしては、先程の小屋からは轟音ごうおんとも取れる大いびきが聞こえて来る。

紀伊也は立ち上がると、その大いびきのする方へと歩いて行った。

近づくにつれ、雨音が大いびきにき消されるなんて事があるものか、と少し苦笑してしまう程だ。

すっかり暗闇に目が慣れてしまっている。

入口に近づくとそっと垂れ幕の影から中を覗いた。


 ん?


何気に気配を感じた。自分の勘が間違いではないだろうか、一瞬疑ったが、足元にいるジャガーが尾を振って紀伊也の右足首を叩いた。

垂れ幕から手を離すと、足元に感じた気配に視線を落とす。

 何だろう?

足元の泥に埋まるように何か光っているのが見えた。

叩き付ける雨が更にそれに反射している。

それを拾い上げた時、紀伊也の顔は笑みに満たされ、それを握り締めると大きく頷いた。

  

 司は生きてるっ!!


握り締めたそれはライターだった。

あの日、秀也が司に渡したライターだった。そのライターの火に今まで何度(いや)され、励まされただろう。

紀伊也は思わず胸が熱くなるのをぐっとこらえると急いで小屋の前から立ち去った。

はやる気持ちを抑えながら駆け出していたが、一体この暗闇の密林の何処へ行けばいいのか、戸惑いながらも、草木を飛び越え、水しぶきを上げると、紀伊也もまた何処かへ導かれるように奥へ奥へと突き進んでいた。




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