第十七章(四の2)
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火葬場
死者を見送る最後の部屋。
静かに運ばれて来る棺の後について、誰もが厳かな無言に包まれて歩いて行く。
本当に死んでしまったのだろうか
葬儀の後、棺の蓋を閉じる前に、亡くなった兄・亮の顔を見た時は愕然としてしまった。何度呼んでも目を覚ます事はなかった。
まるで、おしろいの粉を落としてしまったかのような真っ白な肌をした亮は静かに眠っていた。
今尚、余りに静寂過ぎて先程の出来事が夢の中での事だと信じてしまう。
本当に死んでしまったのだろうか
また疑問に駆られると、俯いていた顔を上げて棺を見つめた。
あの中には間違いなく亮がいる。
そう思った時、一歩前を歩いていた兄・翔と真一を押しのけた。
「司」
肩に手を置かれ、見上げると翔が辛辣な表情をしている。
この二人の兄とは全くの疎遠になっていた。だが今見る翔の目には何かやり切れない深い色が漂っていた。
それを見た時、司はその前を歩く父の背中越しに見える棺を見つめたまま、それ以上近づく事が出来ずに、無言で歩き続けた。
そして、その部屋に着いた時、その部屋を見渡した。
まるで今にも粉雪が舞い落ちて来そうな灰色に覆われた部屋の壁は少し冷んやりとしていたが、ここで幾つもの魂を見送ったのだろう、何故か人の温もりを感じた。
「それでは今一度最期のお別れをしていただきます」
係りの者の声につられるように半分開いた棺を見た。
父が、母が、兄の真一が、翔が次々に亮の顔を無言で見つめては手を合わせて通り過ぎて行く。
「司」
翔に背中を押され、恐る恐る覗き込んだ。
「に、兄ちゃん・・・?」
再び呼んでみたが、返事はない。
「兄ちゃんっ!」
ガッと両手を棺の端に手を掛けて叫んだ。
部屋いっぱいに司の悲鳴にも近い声が響いた。
「亮っ 返事をしろっ!!」
今度は怒鳴っていた。
「司、やめろ」
司の叫びに堪えきれず、母親が泣き出してしまった。それに反応した翔が司の両肩に手を掛けて棺から引き離すと、真一が驚いた係りの者に棺の蓋を閉めるように指示する。
「兄ちゃんっっ!!」
翔を振りほどいて棺に駆け寄ろうとする司を翔が再び後ろから抱え込んだ。
係りの者は戸惑いながらも進行して行く。
そして、最期の扉が開き、棺が中に吸い込まれるように移動して行った。
全員が一礼し、見守る中、ゆっくりとその扉が閉じられて行く。
扉が閉じられた後、全員が誘導されるがままに、その部屋を後にした。
司も翔に肩を抱かれたまま部屋を出た。
だが、数メートル歩いたところで、何か聴こえたような気がして立ち止まると振り向いた。
「司、どうした?」
確かに何か聴こえた。
他の親族は既に待合室の方へと歩いて行ってしまっている。
「司?」
翔の声が聞こえていないのか、司は無言のまま翔の手を振りほどくと元来た道を引き返し始めた。
「司っ」
驚いた翔の声に、司はダっと走ると部屋の扉を勢いよく開けて中に飛び込んだ。
中には誰もいなかった。
だが、司は棺が吸い込まれて行った扉の前に立つと、茫然としてしまった。
そこには真っ赤な炎に包まれた棺があった。
確かあの棺の中には亮が居た筈だ。
に、兄ちゃん!?
息を呑んで立ち尽くす司が小刻みに震えているのが分かる。薄暗い部屋の中でさえも分かる程、血の気の失せた顔色をしていた。
そんな司の顔色に気付いた翔が司の視線をたどって行くと、棺が吸い込まれて行った扉があった。
恐らく中では火葬が行われている頃だ。
「司、何、見てるんだ・・・?」
恐る恐る聞いた翔の声は微かに震えた。
「司っ 視るなっっ!!」
何も応えない司の前に立ちはだかると次の瞬間には叫んでいた。
「視るなっ ばかっっ!!」
そして抱きかかえるように強引に外に連れ出そうとしたが、力強く司に跳ね飛ばされてしまった。
「兄ちゃんっっ!!」
ダッと扉の前に走り寄り、バンバン扉を叩き、こじ開けようとしたが、開くはずがない。
轟々《ごうごう》と燃え盛る炎の音が司にははっきりと聴こえていた。
そして、炎に包まれた亮も。
「うわぁぁっっーー やめろーーっっ!!」




