第十七章(三の2)
「それはっ!?」
「はははっっ、これが碧き石伝説だ。お前には分かるまい。まぁ良い、暇つぶしだから聞け。実はな、その石が今から100年程前に何者かに盗まれたというのだ。それで封印が解かれ、伝説の中の人間が時々現れ、その碧き石とやらを探しに来るらしいのだ。その中に女だけの村があって、アルナンという。どんな女がいるのか知らぬが、話では神のように美しく悩ましく極上にいい女ばかりだと聞く。あの女、なかなかのモノだった。それに、お前の仲間を逃した日に毒蜘蛛の大群が発生し、その後すぐに現れたのはあの女だ」
そこまで一気に話していたが、ふと口をつぐんで考え込むような素振りを見せた。
「シンラと蜘蛛はどういう関係・・・?」
ふと呟くように言った司に族長の目がギョロっと動く。
「アルナンが崇拝しているのはクモだ。アルナンのティプラは毒蜘蛛の化身と聞くが」
「えっ!?」
余りに驚いて思い切り息を呑んだ司はとたんに息苦しさを覚えた。
心臓がバクバク言っているのが分かる。
あの聖なる地で、真実の湖に映った自分の姿を思い出したが、考えれば考える程頭の中が混乱していく。
「まぁ 気にするな。たかだか作り話だ。それに、お前もじきにいなくなる」
はぁはぁ息を切らせている司の顎を持ち上げると舌なめずりをした。
近づいたその口からは血生臭い匂いがする。
思わず吐き気が込み上げた。
それを察したのか、族長は司を突き放すとチッと舌打ちをして出て行った。
後に残された司は、何かに打ちひしがれたようにそのまま倒れると、喘ぐように天井を見つめた。
アルナンのティプラがタランチュラの化身?
シンラが託した黄色い光の石、大地の石、炎の石。これらを聖なる場所へ返す?
森の番人ヤヌークとは、もしや・・・ サーベル・タイガーの事か?
いくつかの現実とはかけ離れた出来事が頭の中を駆け巡る。
そして、最後に行き着く言葉
『使命を果たせ』
自分に架せられた使命を再び考えなければならなかった。
それがこれだった。『聖なる森を封印』することだ。
しかし、どうやって?
まずはとにかくここから出る事だ。そして、今まで通って来た道を引き返せばいい。
天井の隙間から漏れる光に決心すると、動物の毛皮の垂れ下がる入り口に目をやった。
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強い光線に耐え切れなくなって目を開けた紀伊也は、自分が眠ってしまっていた事に気付くとハッと体を起こした。
側で寄り添うように丸くなっていた黒いジャガーも同時に顔を上げた。
「まだ居たのか。もう帰っていいぞ」
頭を撫でながら言ったが、目を細めて喉を鳴らすジャガーに紀伊也は苦笑すると立ち上がった。
「好きにしろ」
パンパンと腰を軽くはたくと歩き出した。
それに従うようにジャガーものそっと立ち上がり、後について歩き出した。
そして、再び深い森の中に足を踏み入れた。




