第十六章(三)
第十六章(三)
その内、むせ返るような湿気と熱気に包まれると、得体の知れない息苦しさが司を取り巻き始めた。
陽が傾いて来たのか、入って来る光がオレンジ色に変わっている。
今まで何かを運ぶ音がガシャガシャと聞こえていたが、それに代わり、何やら大勢の人の音がし、地面を叩くような音が聞こえ始めた。
全員で足踏みでもしているのだろうか。規則正しい音と、ガシャガシャと剣を鳴らす音が聞こえる。次第にそれが大きくなって行く。
思わず耳を澄ませた。
外で何が起こっているのだろう。もしかしたら、とうとう始まったのだろうか。
だとすれば最初の犠牲者はシンラなのか。
ハッとすると、とたんに恐ろしくなって体全体が震えた。
と、突然、 ギャアアアアっっっーーーー という断末魔のような叫びが聞こえた。
そして、次の瞬間、ウォォォっっ という彼等の雄叫びが響いた。
間違いない、最初の悲鳴はシンラのものだ。
思わず司は自分の頭を両手で抱えると、全身の震えを何とか抑えようとその両手に力を込めた。
何なんだよ・・・ 今の・・・
はぁ はぁ はぁ・・・
バクバクという心臓の音が彼等の太鼓の音に重なるようだ。
目を瞑る事さえ出来ず、喘ぐように両目を見開いて息をしている自分がいたが、どうにもこうにも恐怖を拭い去る事が出来ない。
しばらくすると、不意に両手を取られ、ぐいっともの凄い力で立ち上がらされた。
ハッとすると、両脇に剣を突き付けられ、二人の男に抱えられていた。
引きずられるようにそのまま歩かされ、小屋の外に出された。
夕陽が沈みかけ、空は真っ赤に燃えている。
広場に連れて行かれた時、このまま失神してしまうのではないかという位に息を呑んで立ち尽くしてしまった。
中央で赤々と燃えるやぐらに大きな黒い釜が置かれていた。
その口から何かが突き出していた。そして、その少し上に丸太でくくりつけられた男があぶられるように横に吊り下げられていたのだ。
ちょうど、大きな十字が出来ていた。
だが司が震えたのはそれだけではない。
その大きな釜から突き出していたものだ。
上半身むき出しにされたシンラが、上を向いて立っていたが、その開いた口から天に向かって鋭い槍が突き出されていたのだ。
目を背けようにも体が動かない。
二本の足はガクガクと音を立てて震え、これ以上立っている事が出来ずに力が抜けてしまい、二人の男にぶら下がる格好になってしまった。
更には全身の筋肉に全く力が入らず抵抗すら出来ない。
悲鳴さえ上げる事が出来ず、ただ口を開けて必死になって呼吸だけしていた。
目の前に族長の大男が現れたが、既に恐怖の絶頂に達している司には、これ以上息を呑む事さえ出来ず、されるがままに、傷ついた右手を取られていた。
その手の平に短剣を立てられ、すっと切られると、その手を返され、柄杓に血が落とされて行く。
既に何の痛みも感じなくなっていた。
器に半分程の赤い血が溜まると、司の手が離された。そして、後ろへ下がらされると、放り投げられるように体が離され、そのまま地面に倒れてしまった。
もはや自分で立ち上がる力など、残ってはいない。
自分の目の前で起こっている事を、かすむ視界でぼんやり見ていた。
長い柄をつけた先程の柄杓を持った族長が炎に近づく。
一段上がると、その柄杓を黒い釜へと近づけた。
更にそれを傾け、シンラの口から突き出た槍の先に司の血を注ぐ。
自分の血が槍の先から流れ落ち、シンラの開いた口に入って行くのを見た時、司の両目から涙が流れた。
それは、何の感情もない冷たい涙だった。
それから、そのまま彼等の歓喜の雄叫びと太鼓の音を聞くともなしに、まるで何処からか流れて来るBGMのように聴いていた。
焼け尽くされた男の体が、自然に釜の中に落ちて行くと、シンラの姿も見えなくなった。
釜の火が取り除かれると、太い棒で中をかき回し、片手を突き上げて更に雄叫びを上げる。
彼等の待ちに待った晩餐が始まったのだ。
そして、いつしか司の意識も失くなっていた。
それぞれに、静かな夜が更けて行った。
ただ満月だけが、何事もなかったように皆を照らす。
ジープの荷台では安心したように皆が目を閉じていた。
炎の消えた宴の跡では、満足気にヤニ族達が眠っている。
そして、その広場の隅では生気を失くした司が目を閉じて横たわっていた。
時折、夜の闇に生きる獣の声が静かに密林に響いていた。
第二部 終




