決意
「なぁ奈都」
郡衙からの帰り道、碧は橙の夕陽を見つめながら私の名を呼ぶ。
「何?」
「昨日話した手伝いの件なんだが……いまから、頼んでもいいだろうか」
手伝い、ってあれだよね。
ーー大将軍社の前に霊光を放つ松を発生させること、それが恐らく俺の使命
前に言ってた松と霊光と使命ってやつ。
「ずいぶんと突然だね。準備とかはいいの?」
焦っているともとれる碧の態度に少し違和感を覚えてしまう。
「ああ、このままだと決意が鈍りそうなんだ」
決意? 一体何の決意なんだろう。
まぁ、碧のことだから時期が来たら教えてくれるかな。
いつだってそう。何だかんだ言いながら、結局碧はちゃんと教えてくれるし、答えてくれるから。
「それで、私は一体何をすればいいの?」
「簡単なことだ。わんなんたらという白い服を着て、自らを予言の巫女と名乗り、大将軍社前に奇跡を起こすことを農民に伝えればそれでいい」
真剣な表情で謎の服の名前を呼ぶ碧。
「わんなんたら?」
そんな服が平安時代にはあるのか。
……全然想像できない。ワンタン麺が頭に浮かんできて、これじゃない! と慌てて頭を振った。
「お前がこっちの世界に来る時に着ていたあれだ」
こっちの世界に来る時に着てた服って……
「それって、もしかしてワンピースのこと?」
「そう、わんぴいす。俺は顔を知られているからこの役は向かないし、奈都以外の誰にも頼めない。見知らぬ女が異国風のわんぴいすを着て、予言何かしたら、その噂はきっとすぐに広まっていくと思うんだ」
――・――・――・――
日の暮れぬうちに碧の家へと帰り、懐かしい服に袖を通す。
「ワンピース着るのも久しぶりだなぁ。ねぇねぇ碧、どう?」
ぼんやりと私のことを見つめている碧の前で立ち止まり、くるりと一周回って真っ白なワンピースをひるがえしていく。
「どうって、別になんとも」
じっと私のことを見つめていたから、似合うよとか懐かしいとか、何か言ってくれると思ったんだけどな。
それなのに、別になんともって、まったく!
「女心がわかんないんだからもう! いつもと違う格好している時は可愛いとか似合ってるとかって褒めるもんなんだよ。そんなんだと好きな子も逃げてどっかに行っちゃうよ」
あ、しまった。
自分で言って、自分でちょっとショックかも。
碧に好きな子がいて、いつか付き合うことになっちゃったら、私って明らかにお邪魔虫だよね。
ああ、でも私はもともとこの時代の人じゃなくて、いずれ帰らなきゃいけないんだから関係ないか。
碧が誰を好きで、誰と付き合っていたって……
どうしよう、ますます悲しい。
「……綺麗だと思って見とれていた」
「ふぇ!?」
ひっそり落ち込んでいると、碧の思いがけないセリフが耳に飛び込んできて、声が裏返ってしまう。
あの碧が、見とれていた?
嘘、嘘でしょう!? さすがにこれは空耳だって!
勘違いしないようにと自分に言い聞かす。
碧は混乱している私の頬に触れ、真剣な瞳で私を見つめている。
ち、近い……
何これ、どきどきして胸が苦しい。
「聞こえなかったのか? 可愛いし、綺麗だ。なぁ奈都、こう言ってやれば、お前はずっと俺の……」
「碧?」
碧の様子が何だか変だ。最後の言葉はよく聞き取れなかったし何が言いたいのかわからなかったけど、碧の悲しげな表情が、声が、私の心を締め付ける。
「……なんてな。そんな簡単なことじゃないのに馬鹿みたいだ」
そう言って笑うその顔。無理して作っているようにも見える。
「どうしたの……?」
不安そうにそう問うと、碧はいつものような表情で笑う。
自信満々で不敵な笑みを浮かべる傲岸不遜ないつもの態度。
「いや、何でもない。ああ、馬子にも衣装ってこのことを言うんだろうな。可愛いし、みとれるほど清く美しいぞ。わんぴいすは、な」
さっきの碧の様子は気のせい?
もしかしたら、道真さんのこととか時平さんのこととか、最近いろいろあったからナーバスになっちゃったのかな。
でもまぁ、いつもの碧に戻ってくれてよかった。
「衣装だけ褒めるなんて、どういうことなのさ! しかもまたそうやって、からかってくるし。碧のばーか」
そう言って頬を膨らませると、なぜだか碧は反論もせず優しそうな目で私のことを見つめ続けていったのだった。




