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夏鶯の空~千年を越える夢~  作者: 星影さき
第七章 天下の藤原氏
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予言の巫女

「す、すすすすすすすすすす」

 私が名乗った途端、真っ赤だった平康さんの顔は何故だか反対に血の気が無くなるほどに青ざめて、壊れたおもちゃのように震えながらひたすら『す』を繰り返している。


「奈都、この阿呆……」

 一方の碧は深いため息をついたあと、呆れたように頭を抱えていて。


 ただ名乗っただけなのに、いったい何なのこのおかしな光景。


 困惑した私は立ちつくすしかできなくて。



「む、むむむ娘! お主、今まさか、す、菅原と名乗ったのか!?」

 平康さんはぷるぷると細かく震わせた指で私の方を差してくる。


 どう答えていいのかわからずにちらりと碧の方を見ると、碧はじとっとした目でこちらを見ながら頷いていた。

 『今更隠したって無駄だろ』そんな言葉が聞こえてくるかのようだ。


「あ、う……ええと、はい。名字は菅原ですけど」

 ただならぬ平康さんの様子にびくつきながら、そう答えていく。


 それを聞いた平康さんは、なぜか腰を抜かしてしまったようでどたりと尻もちをつき、私に向かって追い払うかのような動作を見せていった。


「す、菅原なんて呪われた名は二度と聞きとうなかった! お主はまさかあの罪人、菅原道真すがわらのみちざねの子孫なのか!? 奴のたたりのせいでこの国と私の家系はめちゃくちゃだ!! この呪われた妖怪娘、早うここから消え失せい!」


 何この人! いきなり訳わかんない内容で罵倒ばとうして、碧や私を妖怪呼ばわりするなんて本当にむかつく!!


 でも、平康さんが話した菅原道真って人の名前には、聞き覚えがある。

 確か昨日、碧と源菖さんの話題に出ていた、貴族じゃなくて学者生まれ、頭がよくて誠実だって言われてた人だ。

 地位を落とされて、九州に飛ばされて。結局昨日の話では、良い人だったのかずるい人だったのかわからないままになっちゃった過去の偉い人。



「私が道真さんの子孫かどうかなんて知らないし、祟りとか言われてもよくわかんないよ」

 穏やかな役人さんだと思っていたのに、罵倒されたことで平康さんへの株が一気に急降下した私は、口をとがらせてそう話す。

 実際、家系図を見たわけでもないし、道真さんと血がつながっているかどうかなんてわからない。


「しらばっくれるな妖怪娘! どうせ京が衰退してきているのも菅原の祟りの所為せいなのであろう! まったくこざかしい。いったいどのような呪いをかけたのだ、即刻解けい!」

 平康さんはますます顔を真っ赤にして、私のほうを睨みつけながらそう叫んでいった。



 京の衰退が、祟りの……せい?


 ずさんな政治が、民への暴力が、私腹を肥やそうとする国司の存在が、祟りのせい?

 山賊になるしかなかった農民も、笑顔を失くしたまま歩く痩せこけた女の人も、生きるために仏像を砕くしかなかったおじいさんも、命を失って川に横たえられた無数の人たちも、こんな酷い目にあっているのはみんなみんな祟りのせいだって言うの?



「貴様……」「さっきから聞いていれば、あなたいったい何様なの!!」

 碧が静かに怒りの声を出し怒鳴りだそうとしたその瞬間、私は未だかつてないほどの大声を上げていった。


 勢いをそがれた碧はきょとんとした顔で私のほうを見て、平康さんは目を見開きながら細かく震えている。


「平康さんはさ、真実や現実から目をそらしすぎだよ! 道真さんは本当に悪い人だったの!? それに、京が荒れてるのだってちゃんと仕事しない人がいけないんでしょ! 呪いだとか祟りだとか何でもかんでも人のせいして責任逃れするなんて……そうやって適当なことばっかり言ってるとそのうちばちが当たるんだからね!」


 さっきからさんざん指を差されていた腹いせに、私も平康さんにむかってぴしりと人差し指を勢いよく突き付けて、こう言い放っていった。

 やっぱり言わせっぱなしのやられっぱなしはしょうに合わないもの。



「ば、ばちだとう、それは予言なのか!? そこまで堂々と言い放つなど、お主もしや予言の巫女みこ……?」


「そうだよ、予言だし巫女だよ! 京の民たちが苦しんでるのにほったらかして、自分たちのことばっかり考えてる人には罰が当たったっておかしくないでしょうが。いっぺん外出て、自分の目で民の様子を見てみなさいよ! それにさ……」


 怖がっている平康さんに対して、勢い余って大ボラ吹いてしまったような気がするけれど、そこは気にしない。

 とにかく感情のおもむくままにまくしたてていった。



「おい、奈都。そのへんに……」

 碧が私をたしなめようとするけれど、すぐに声を失っていった。


 平康さんが頭を抱えながら大声で叫び出したのだ。

 何と叫んでいるのかはわからない。言葉にならないような声、といった感じだった。


 平康さんは叫びながら頭に乗っているかんむりを地面に叩きつけ、ぐしゃぐしゃと頭をかきむしる。

 その姿に碧は目を見開いて、ぎょっとした様子をみせていた。


 無理はないと思う。

 この時代、成人男子が人前で冠や烏帽子を脱いで頭をさらすのは無礼で、とても恥ずかしいことだ。そう碧は以前教えてくれた。


 平康さんほど地位のある人がそんなふうな行動をするなんて、正気を失っているとしか思えない。


 叫び終え、ぼさぼさになった頭で平康さんはその場でうなだれ、辺りに不気味な静寂がおとずれていく。

 

 すると、突然平康さんは肩を細かく上下に揺らしだした。


 嘘、この人笑って……いるの?


 異様な雰囲気に呼吸すらしづらくなる。



「あぁ、そうか。そうだよな」

 ぽつりとつぶやく声がする。

 その声は平康さんの方から聞こえていたけれど、とても彼の声だとは思えなかった。

 余裕と貫録があり、落ち着いた声はもはや消え失せ、甲高く耳障りな狂ったような声が響き渡っていく。


唐菓子からくだものに毒を混ぜるなんて回りくどいことをせずに、初めからこうしておればよかったのだ。こざかしい妖怪や予言の巫女など、我が権力を持って手っとり早く消してしまえばよい。さすれば、我が一族と京の栄華えいがが再び訪れることだろうて」

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