同僚か友だちか
同僚で、恋慕の情はない、か。
何一つ間違ってないし本当のことなんだけど、どうしてなんだろう。
胸が痛んで……何かが詰まったみたいに苦しい。
ああ、もう自分で自分がわからないや。
前に親戚呼ばわりされた時は何とも思わなかったのに。
もし、碧が私のことを同僚じゃなくて『親戚』だとか『友だち』って言ってくれれば、こんな気持ちにならなかったのかな、それとも……
「奈都、どうした? 顔色があまり良くないように見えるが」
心配そうに碧は私のことを見てくるけれど、もやもやした気持ちに支配された私は、まともに碧の顔を見ることは出来ず、ただただ床をぼんやりと見つめるしかできなかった。
だめだ。このままじゃ心配させてしまう。
ちゃんと返事しないと。
『大丈夫だよ』って。
『何ともないよ』って。
早く言え、そう自分に言い聞かせていると……
「これはこれは。懐かしいやつがおるのう」
後ろの方から聞き覚えのない低い声が聞こえてきて。
ーーチッ
右隣から小さな舌打ちの音が聞こえる。
恐る恐る碧の顔を見ると、視線は鋭く、眉はつり上がり、最上級に苛立っているように見えた。
元々つり目ぎみの目をしているし、穏やかな顔つきをしているとは到底言えない碧。
そんな碧がさらに苛立ちを全面的に押し出しているなんて……
こ、恐すぎる。碧のやつ、何をそんなに苛々してるんだよう!
坂上さんは碧の苛立ちに気づいているのかいないのか、突然現れたちょびひげの役人さんに声をかけていった。
「おや、平康殿ではないですか。名門藤原家の貴方様が、このようなところにいらっしゃるなど珍しい。どうされました?」
坂上さん、今まさか藤原家って言った? 藤原一族で平安京の中にいる……ってことは、このおじさん、かなりの地位と権力を持っているすごい人なんじゃないだろうか!?
おじさんの正体が見えてくるにつれ、さっきの碧の舌打ちが聞かれていないか少し心配になってしまう。
「坂上殿、用事と言うほどのものでもない。私の優秀な犬が、平安宮に面倒な狐が入り込んだことを知らせてきたのだ」
そう言って、平康さんは意味深にちらりと碧の方を流し見ていく。
その目は好意的とは言いがたく、面倒そうと言うかむしろ忌み嫌っているようにも見えた。
そんな平康さんの好意の見られない視線に促されるかのように、碧は静かに口を開いていく。
「ほう、宮内に狐ですか。たかだか狐退治に藤原一族がお出ましになるなど、京がこの有り様でも朝廷は相当暇なのですね」
「ちょっと、ねぇ碧!」
「おい、お主何てことを!」
慌てて坂上さんと私は碧をたしなめるけれど、碧は睨むような目つきで平康さんを見るのをやめようとしてくれなくて。
今の日本でかなりの権限をもっている人を目の前にして嫌みを言うなど、考えなしにもほどがあるし、目上の人にこんな態度をとるなんて碧らしくない。
袖で口元を押さえながら、静かに平康さんは笑う。
「二人とも、よい。碧よ、お前の言うように私は暇なのだ。少しばかり昔話に付き合ってはくれぬだろうか。断るつもりもなかろう?」




