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夏鶯の空~千年を越える夢~  作者: 星影さき
第三章 郡衙の役人
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郡衙

 青天の下、街道を並んで歩く。

 晴れ渡った空はすがすがしくて気持ちいいけれど、私の気持ちはざわざわと落ち着かなくて仕方なかった。


 だって今、碧の仕事場へと向かっている最中なのだから。


 ろくでなし疑惑があるものの、郡司ぐんしである伊助さんは市長さんみたいなものだし、そんな人に女子中学生が就職面接しに行くんだもの。



「あー緊張するよ。伊助さんにいきなり『去れ、小娘が!』みたいなこと言われたらどうしようぅぅ」


 落ち着かずに焦ってばかりいるに私に対して、碧は淡々と返してくる。


「いや、あり得んな。むしろ、逆である可能性が高い」


「逆?」


「会えばわかる。あぁ、これは落胆確実だな」

 呟くように碧はそう言うけれど、その意味がこの時はよくわかっていなかった。




――・――・――・――


 ここが、碧の仕事場……郡衙ぐんが

 お役所ってことだよね。

 どきどきしながら碧の後ろにぴったりとついて、中の方へと入っていった。


――ドタドタドタドタ


 遠くの方から、ものすごい足音が聞こえてくる。


「はぁ……またか」

 深いため息をつく目の前の背中。


 一体どうしたんだろう、そう思っていると、若い男の人の声が聞こえてきて。

 

「碧ーーーっ! やっと来たぁ、もう待ちくたびれたよ! 大事な相談があるんだ」


「それは本当に大事な相談事なんだろうな?」

 目の前の碧は呆れたような声を出していった。


「そうさ、これ以上ないくらいに大事なことだよ。あのさ僕、志乃ちゃんと美代ちゃんから、今日の夕食の誘いが来てるんだけど、どっちを優先したらいいかなぁ?」


「俺に聞かないでくれ」

 盛大なため息が聞こえる。


「うーん。志乃ちゃんは優しくて可愛いし、美代ちゃんは明るくて可愛いし。あぁ、これは迷いどころだよねっ!」

 男の声は明るく活気に満ちている。

 楽しそうで何よりだけど、ここは郡司のいるところじゃないんだろうか。

 いきなりデートについての話が始まるなんて、ずいぶんと能天気でびっくりだ。



「悩むのなら、いっそのこと両方まとめて夕食をすませればいいじゃないか。効率がいいだろう」


「さすが碧! でもそんなことしたら志乃ちゃんも美代ちゃんも怒るんじゃないかなぁ?」


「まぁ、怒るだろうな」


 うん、そんなことされたら女の子は怒ると思う。



「もう、それは駄目だよ―。僕は可愛い女の子に嫌われたくなんかないよ」

 拗ねるような声が聞こえてくる。


「嫌われたくなかったら、さっさと仕事を済ませてくれ。阿呆な官吏かんりの方がよっぽど民から嫌われる」


「まぁそれもそうか。君の言うようにちゃんと仕事はするさ。ところでね、碧の後ろにいる子、誰?」

 突然私のことを尋ねられて、びくりと身体を震わせた。


 まずい、まだ心の準備が……あぁ、敬語ってどうやって使うんだっけ?


 偉い人たちのいるこの郡衙ぐんがに足を踏み入れてから、なるべく人と関わらなくてもいいように碧の後ろにぴったりとくっついてきたのに、いよいよお役人さんと話さなければいけない時がきてしまった。



「おい、奈都。いい加減隠れるのをやめろ」


 うぅっ、だって怖いもんは怖いし、敬語に自信がないんだよ。


 碧の言葉にしぶしぶと前へ出ていった。

「あの、えと、はじめまして、奈……」


 奈都です、と言おうとした瞬間に、突風が私の前へと吹いてきた。

 いや、風じゃない。人だ。


「なんて……、なんて可愛らしいお嬢さんなんだ! 名を教えてくれないか、美しい人よ」

 烏帽子をかぶった黒髪の男の人が、ものすごい勢いでやってきて私の手をとっていったのだ。


「奈都……です」

 呆気にとられながら自分の名前を呟くように告げていくと、烏帽子でたれ目なその男の人はますます目を輝かせていった。


「奈都ちゃんだね、本当にいい名前だね! そっか、なつ、か。君は……君の名が示すように夏の時期に出会った僕たちに運命を感じないかい?」


「感じないな。そもそも、なつの字が違う」


 どう返せばいいのか悩んでいると、碧が呆れかえったような声で代わりに答えてくれた。


「もーっ、僕は奈都ちゃんに聞いてるんだよ」


 この人、一体何なんだろう。

 いきなりやってきてずっと、話しているのは女の子の話ばっかりだ。

 役人さんなのにナンパ男なのかな。

 どうして郡司の伊助さんはこんな人を雇っているんだろう。



 そう思っていると、碧の口からとんでもない言葉が飛び出して……


女子おなごを見るたびに口説くその癖、いい加減にしろ。伊助」



 伊助……市長的な存在の伊助、さん?


「ええええええええええっ!?」


 わんわんと、どこまでも私の声は響き渡る。

 その声の大きさといつまでも続く反響が、私の衝撃の強さを物語っていたのだった。 

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