99.王太子と側近 ★
「だから今から謝って気持ちを告げに行くって? どうしてお前はそんなに思い込んだら一直線なんだ」
「殿下は慎重すぎます」
「うるさいな」
図星だったのか、苦い顔をしたオーギュストは、落ち着かせるようデジレの肩を叩いた。
「まあ、一旦立ち止まるんだ。どうせお前のことだから、何かのきっかけで気付いて、スリーズ嬢にろくに何も言わず、置き去りにしてこちらまで走って来たんだろう」
「あっ!」
今更ながらデジレはマリーを放って置いてきたことに気付いた。デジレは自分の気付いた気持ちに頭がいっぱいだったが、マリーには何も伝えていない。
慌てて走り出そうとすると、オーギュストに肩を掴まれて止められる。
「離してください! すぐに行かなければ!」
「だから落ち着けと言っている」
オーギュストの手を振り払ったデジレは、彼を睨む。焦りで汗が滲む。
「その場でさっさと好きだと言ってしまえば良かっただろうに。まあ、私に宣言しにくるのはいかにもお前らしいが」
困った声で言いつつも、オーギュストは嬉しそうな顔をする。そして、少し言葉を掛ければ今にも飛んでいきそうなデジレに、諭すように言った。
「いいか、デジレ。スリーズ嬢を置いていったお前が今更行っていきなり気持ちを吐露しても、場も整ってなければ雰囲気も悪い。そういう大切なことは、誰にも邪魔されず、自分も相手にも準備をさせ、必ず会える状態にして話すことだ」
「どうやって」
「約束を取り付ければ良い。今から会っても良いが、まだ言うな。置いてけぼりにしたことを謝って、話したいことがあると約束だけしておけ。手紙でも良い」
デジレが目を閉じて、ひとつ深呼吸をする。目を開けば、オーギュストに頷いてみせた。
「わかりました。そうします。今まで、殿下の言うことは正しかったので」
思い返せば様々な場面で、オーギュストがデジレに指摘したり伝えたりしたことは、あっていた。それをデジレは聞いていたにも関わらず、捉え違いをして、さらにはよく理解せずにいた。もしも彼の言うことを素直に捉えていれば、きっと悩むことなどなかっただろうとデジレは感じる。
オーギュストは仕方ないという顔で、苦笑した。
「お前は話を聞いているようで、聞いていないからな。まあ、付き合いが長い幼馴染を舐めるなということだ」
「舐めたことは一度もありません」
主従ではなく幼馴染と言うオーギュストは、昔からずっとデジレを気に掛けていたことを、デジレはよく知っていた。今回も気付けば、どれだけ彼が自覚させようと頑張ってくれていたのかよくわかる。デジレには感謝しかない。
「ありがとうございました」
「それはうまくいった時に聞かせてくれ。まだ片想いだろう、三年前からの」
三年前と言われ、デジレはマリーをはじめて見かけた時を思い出す。
月に照らされる暗い庭で、しくしく泣いていた女の子。目が離せなくて、名前を聞いて、その名前をずっと覚えていたのは、決してマリーローズと名前が似ていたからではなかったのだと今ならわかる。
そんな彼女が偶然にも、もう一度目の前に現れ、強制的とはいえ一緒にいることができた。その機会を今、逃すものかと意識して手を握る。
「ええ、やれるだけやってみます」
オーギュストが満足そうに頷く。デジレはそんな彼にまた感謝をしようとして、ふいに思い出した。
「あ! そうだ、殿下がルイってなんですか!」
途端、オーギュストが気まずげに目を逸らした。
「あー、やっぱり聞いたか。私の偽名だ」
「ルイなど知らないと言いながら、マリーと会っていたのですよね! 私が悩んでいたのをほくそ笑んでいたのですか!」
「どうしてもお前のくちびるの君に会いたくて。ばらしたところでろくなことがないと思っていたんだ」
「軽はずみな行動です!」
「いや、デジレに言われたくないな」
デジレはむっとしてまた口を開こうとしたが、首を振って即座に頭の中を切り替えた。
「それはまた今度話しましょう。もういい加減にマリーに会いに行きます」
「あーはいはい。行ってこい」
オーギュストが軽く言えば、デジレは待っていましたと言わんばかりに走り去る。
扉を開けっ放しで、あっという間に姿が見えなくなった彼を見て、オーギュストがふっと笑う。溜まっている仕事を片付けるかとオーギュストが席に戻れば、デジレが扉からひょっこり顔を出した。
「忘れていました。明日から出仕してもよいですか?」
オーギュストは少しおどおどしているデジレににっこりと微笑んで、デジレの机を方を指す。そこはもはや書類の山になっており、何があるのかわからない状態だ。
「来てもらわないと困るな。溜まる一方だ」
今更気付いた自分の机の惨状に唖然としたデジレだったが、それでも嬉しそうな笑顔をオーギュストに向けた。
「承知いたしました!」
そう言って、デジレは元気に駆け出した。
一歩一歩を強く踏みしめる。どんどん前に進んでいく感覚が、心地よい。力一杯走っても、気持ちは全く疲れない。
先に目的の光が見えれば、ただそれにひたむきに向かう。それがようやくできて、デジレは息を吹き返したように軽やかに足を動かした。




