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くちびる同盟  作者: 風見 十理
四章 近付くくちびる
79/139

79.ヒロインとヒーロー

 



 マリーはルージュの部屋で黙って縮こまっていた。ルージュはいきなり転がり込んできた何も言わない友人を前に、同じく何も言わずに座っている。


「……ばれちゃった」


 ようやく、マリーがぽつりと呟いた。

 

「何が?」


「デジレ様に、私がデジレ様を好きだって」


 真剣な目で問われた夜を思い出して、マリーは両手で顔を覆う。


「デジレ様に自分が好きなのかと聞かれて、否定しちゃった」


 マリーは泣きそうなのに、笑いそうだった。じくじくと心が痛みに(あえ)ぎ、嘘までついて逃げた自分が馬鹿馬鹿しかった。


「恋愛小説で、お互い両想いなのになかなか想いを告げない主人公たちにもやもやしたし、好きなのに違うと答えるのにも苛々したけれど」


 ルージュは黙って聞いている。


「小説じゃあ読者はお互いの気持ちがわかっていること多いもんね。実際は、相手の気持ちなんてわからないし、事情だってあるし。告白なんて出来ない」


 現実と物語は違うとは知っていたが、マリーは身をもってそれを経験した。

 読んで想像していた想いよりも、好きな気持ちは大きい。少しの彼の行動に勝手にときめいて、嬉しくなって、幸せになる。

 それと同時に、少しの彼の行動どうすればよいか悩んで、辛くなって、苦しむ。思い通りにいかない。

 今までたくさん読んできた恋愛小説を参考にしたくても、書かれているものと全く違う。似たような状態がない。だからこそ、マリーはどうしてよいか全くわからなかった。


「本は物語の途中でも最後のページを(めく)れば結末がわかるけど、現実は全然わからないんだもの」


 精一杯、取り繕った不安定な笑みをマリーは浮かべる。

 ルージュはそんな彼女を見て、傍にあった本を一冊手に取った。


「勘違いしてない?」


「え?」


「マリーは、読者じゃなくてヒロインなのよ」


 目を丸くするマリーに対して、ルージュはページをぱらぱらと捲る。


「ヒロインが結末を知るはずがないじゃない。それに私は読者としてなら、マリーの物語の結末を知りたいとは思わないわ。だって、間違いなくおもしろくなくなるもの」


 どんどん表紙側に溜まるページをマリーはぼんやりと見つめた。終わりのページになると、ルージュが手で止める。


「結末を見て、ハッピーエンドでもバッドエンドでも、未来はそうなるからって、マリーに何も言わずに見ているだけでいなさいって? 無理よ、友達なのに」


 ルージュが片眉を上げて、怒ったようにマリーを見つめた。


「私は色々言わせてもらうわ。だって私も読者じゃなくて、マリーと同じ物語の登場人物なのよ。ページは捲れないし、結末なんてわからない。だからこそ、こうやって言葉をかけるの」


 すっと渡された本は、マリーも読んだことがある恋愛小説だった。ヒロインとヒーローが惹かれ合って、最後は結婚するハッピーエンドの王道の物語。


「私、どんな結末でも読むけれど、マリーの話はハッピーエンドがいいのよね」


 マリーはこみ上げる何かに胸が詰まった。

 渡された本の最後を、何度も読み直す。


「……わたしだって、ハッピーエンドがいい」


「そう」


「でも、デジレ様はないって、ハッピーエンドじゃない方に行こうとしてる。それに、勘違いされて、嘘ついて、うまくいかなくて……」


 じわじわと目尻が熱くなって、本の文字が(にじ)んで見える。幸せに暮らしました、という表現がぼやける。


「じゃ、デジレ様がマリーのヒーローじゃないんじゃない?」


「へ?」


「マリーはヒロインなのは間違いないけど、そんなにうまくいかないなら、デジレ様はハッピーエンドで隣にいるヒーローじゃないのかもよ。縁がなくて、次に会う人が本当のマリーのヒーローかもしれないじゃない」


 マリーは考えた。

 好きになったが、デジレがマリーの相手にならないのなら、うじうじ悩む必要はない。初恋は実らないと聞くし、世の中の男女は物語の中でさえたくさんの恋をしている。

 だが、デジレが違うとしたら、彼には彼のヒロインがいることになる。マリーでない、誰か。その誰かだけが、デジレの傍にいることができて、彼のいろんな顔を知れる。


「そんなの、嫌だ!」


 思考を止めて、マリーは叫んだ。

 ルージュは笑いを零す。


「そんなに好きなら、デジレ様とどうこうならないなんて言わなきゃいいのに」


「だ、だって」


「好きを返して欲しいんだっけ? だったら、デジレ様をマリーに惚れさせてみなさいよ。身分とか、釣り合わないとかそんなの後で二人で考えるの」


 ね、とルージュは笑顔を見せる。


「まだ、物語の途中で結末は見えないの。物語はヒーローとヒロインを取り巻くもの、ヒロインのマリーが足掻(あが)くだけ足掻いてみればいいわ」


「……うん!」


 マリーも笑顔で頷いた。

 ルージュは満足そうな顔で、また本を取り出す。


「ちなみにこれ、その本の続きね。人間関係どろどろで、読みごたえあるわよ」


「え、この本ここで終わりじゃないの?」


「一部完って感じね。だってマリー、人生が一本の物語よ。気持ちが通じたり、結婚したらはい終わりじゃなくて、その後もいろいろと続くのよ」


 前巻よりも二倍程分厚い次巻を見ながら、マリーは自分の物語を頑張ることができるか今更少々不安になった。



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