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くちびる同盟  作者: 風見 十理
四章 近付くくちびる
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77.見惚れる



「デジレ様」


 デジレの傍に駆け寄ったマリーが顔を上げると、当然のようにエメラルド色と目が合う。やはり真剣で、彼女はたじろいだ。


「こんばんは」


「こ、こんばんは」


 挨拶はしても、表情はいまだ変わらない。

 マリーが言葉に詰まっても、デジレの瞳は微動だにしない。マリーは頑張って見返すも、彼の美貌がよくわかるだけで、恥ずかしくてどうしようもなくなってくる。

 先日はあまり目を合わさなかったのに、一体どういうことだろうと、じわじわと顔が染まっていく。


「新しい耳飾り。ネックレスはお気に入り」


「え?」


 急に淡々と話し出したデジレは、目を(すが)めて観察するようにマリーを見ている。


「口紅は店で買ったもの。髪型は、以前していたものをねじった。ドレスは二番目によく着ているもの」


「あの、なんですか急に」


「間違っていた? おそらく、あっているはずだ」


 話が噛み合わないが、マリーは戸惑いながら頷く。たしかにデジレが言った通り着飾っていた。


 そこでマリーははっとした。おそらくデジレは、マリーの好きな人を知ろうとしているのだ。

 デジレが気になる人が誰か聞かないと言ったからには、好きな人も聞かないだろう。だからこそ、先日マリーに好きな人がいると知った彼は、自分でそれが誰かを探ろうとしたとしてもおかしくなかった。

 そのためにじっとマリーを見てくるし、いつも以上に敏感に変化を読み取ろうとしている。


「え、あ……あっていますんで、あの、もう行きましょう!」


 落ち着かないマリーは、デジレを馬車の方へ押し、乗り込んだ。

 どうしようかと頭の中でぐるぐると考えていれば、いつも通りに向かいにデジレが座って、マリーは慌てて声を上げた。


「あ、デジレ様! そっちじゃなくて、こっちに座ってください」


 マリーは自分の隣を手でばしばしと叩く。デジレはちらりとそのマリーの指す場所を見て、失礼とそこに腰を下ろした。

 彼が座るや否や、隣に一気に存在感ができる。彼のシトラスの香りも漂う。くっつくほど狭くはないが、向かい合わせより近い距離に、マリーの心臓が高鳴った。


 向かいに座るのをやめてもらったのは、真正面から見つめられないようにするためだった。

 マリーの好きな人は、デジレだ。彼以外にいない。これまで気持ちを気付かれ続けていたマリーは、デジレのまっすぐな目でずっと見つめられると、好きな人は彼という事実を隠しきれる自信がなかった。

 ところが、デジレが隣にいて、目の前に見えないのに緊張する。

 隣を向けば、またデジレと目が合うのかもしれない。そう思うと意識はするのに隣を全く見られなくて、マリーは膝上で手を握りながら俯いて胸の高鳴りを抑えようとした。






 明るい会場に入っても、やはりデジレはじっとマリーを見つめ続けた。マリーは心がくすぐったくて仕方がなかった。

 デジレを見ればまっすぐな視線とぶつかるので、マリーはまともに彼を見られない。恥ずかしくて耐え切れず、彼の視線を少しでも外すために、華やかな人々を眺めながら彼女は頭を回転させた。


「あっ、ほらデジレ様! あの紫のドレスの方って侯爵令嬢でしたっけ。相変わらず綺麗な金髪ですよね!」


「ブルネットの方が艶があって綺麗だ」


 即答につい隣に顔を向けるが、デジレは真顔でマリーを見ている。全く会場を見ていない。頰が一気に熱くなって、マリーは振り切るように視線を会場内に戻した。


「え、えっと、あっ、ほら! レザン子爵夫人、本当に惚れ惚れするくらいのくちびるですよね!」


「マリーのくちびるの方が余程魅力がある」


「ええっ?」


 ちらりと(うかが)っても、やはりデジレはマリーしか見ていない。比べるもなにも、マリーが指し示す相手を全く見てない。

 顔が熱くて爆発しそうで、マリーは頰に手を当てる。何故かマリーを褒めちぎる状態になっている彼は、マリーにはもう(たま)らなかった。


「あ、あの……」


 目をデジレと合わせても、彼は返事をしない。

 マリーはぐっと息を呑んだ。


「そんなに、じっと見られると、すごく恥ずかしいので……あの、やめてくれませんか」


 そう言うとすぐに、デジレの視線が止まった。はっとしたような顔をして、彼の表情がいつもの状態に戻る。


「ごめん!」


 デジレはばっとマリーから顔を背けた。マリーがそっとその様子を眺めていれば、彼はじわじわと顔を染めはじめ、片手で端正な顔を隠した。


「……ごめん、その、可愛くて……つい、見惚れてしまって」


 顔を隠したいのは、マリーの方だった。

 とどめの一言は、今日一番恥ずかしい。しかし同時に、マリーの胸には嬉しさがじわじわと広がる。

 着飾るのはせめてそれなりの格好をと思ってやっていたことだが、今ではすっかりデジレの為だ。

 今までのデジレの反応を思い出して、髪型は、アクセサリーは、化粧はと考えて、デジレの好みになりたくて、可愛いと思って欲しくて。二つの選択肢を前に、何度も何度も悩んだ。


「デジレ様」


 マリーは恥ずかしがっているデジレに顔を向ける。

 可愛いとデジレに言ってもらえて、とても嬉しい。

 そして、できることなら。マリーがデジレを見るたびに格好良いと思うように、いつも可愛いと思ってほしい。彼もマリーと同じ気持ちになってほしいと思う。


「ありがとうございます」


 マリーの口から自然と言葉が出る。

 デジレは彼女が自分に向いていることに気付くと気まずそうに目を向けたが、彼女の顔を見ると口を半ば開けて、顔から手をゆっくりと離した。


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