76.仕える者の心
「マリーさま。何か、デジレさまとあったでしょ?」
普段の目付きと違い、疑うように目を細めているリディから、マリーは逃げるように身体の向きを変えた。
「……なにも」
「嘘ついてもダメですよー、どれだけあたしがマリーさまを見てると思ってるんですか。もうぜーったい、デジレさまとなにかあったでしょ!」
確信しているなら質問はいらないのではとマリーは思ったが、不満げな顔をするリディを見れば、マリーから言って欲しかったのだと感じた。
「リディ、ごめんなさい」
「ええー、謝らないでくださいよ。なんだか、あたしがマリーさまを落ち込ませているみたいじゃないですか」
途端リディがあわあわと慌て出す。
マリーとしてはリディに心配かけないよう、元気に振る舞いたかった。しかしどうしても、デジレに好きな人が出来て良かったと言われたことが尾を引いて、難しかった。
結局、ほとんどデジレに気持ちを気付かれてしまった。たしかに嘘は言っていない。ただ隠しているだけで、デジレの指摘も間違いない。それなのにデジレが違う人を想定しているだけで、心が悲鳴を上げていた。
「もう、デジレさまったら! この人なら大丈夫だろうなあって思ったのに! マリーさまをこんなのにするなんて、男として失格です!」
「普通に及第点だと思うけど……」
「マリーさま……こんなのになってまで、デジレさまをかばうなんて」
「あのね、こんなのって言われるほど酷くないわ」
マリーはすでに夜会の準備を終えている。
散々落ち込み、どうするか迷っても、結局のところデジレに会いたい気持ちが勝る。何より今を逃せば、もう会うことはないだろう。
元気は無いが、開き直りにも近い決意はしていた。やはりデジレにはどうであろうと笑って欲しいので、マリーは笑顔でいる。そしてもはやここまで気付かれてしまったのなら、彼が好きとは告げないが無理はしない。
ただし、絶対に彼には嘘をつかないこと。この状態で嘘をついてしまえば、マリーは自責の念に耐えられない。幸いか、デジレが今思っていることは半分正解で半分間違っているため、否定しても嘘ではない。
あとどれだけ一緒にいられるかわからない。その時間を、マリーはせめて楽しく過ごしたかった。
そう思っていれば、チャイムが鳴った。立ち上がったマリーは、しょんぼりしているリディに微笑んでみせた。
「大丈夫。大丈夫だからね。ありがとう」
リディの反応を見ずに、マリーは玄関に向かう。いつも通り、そこにはベルナールが立っていた。その顔は、いつもと違って穏やかな笑顔が引っ込んでいる。
「……こんばんは」
「こんばんは」
彼の返事と礼はいつも通りだった。マリーは何かデジレにあったのかと不安になる。
「デジレ様は、外でお待ちです」
悟ったようなベルナールの言葉に、マリーはほっとした。それでも彼は、じっと彼女を見ている。
「マリー様」
「え、はい」
「私はデジレ様にお仕えするだけです。傍から助言をすることくらいしかできません」
デジレと同じような、真剣な顔だ。表情は全く異なるのに、先ほどのリディと同じような感覚を味わって、マリーは息を呑んだ。
「それを聞くか聞かないか。実行するかしないか。また、問題に対してどうするか。結局は、本人次第。私はお二人が、また楽しそうに笑って、私の操縦する馬車に乗っていただきたいと思っています」
呆然とするマリーに、ベルナールはいつもの柔らかい笑みを浮かべて外への道を示す。
「これ以上は申しません。どうぞ、外に我が主人がお待ちです」
心配をかけたのだ、とマリーは赤くなる。
ベルナールは常に御者をしていた。御者でも会話は聞こえると言っていた。今までのデジレとマリーの様子を、関わらなくとも聞いていたのだ。
リディだってそうだった。常に夜会の準備を手伝ってくれ、終わった後も着替えなど手を貸してくれていた。つぶさにマリーの様子を見ていたのだ。
「ありがとうございます」
マリーはぐっと顔を上げて、前に進む。
ベルナールが言った通り、彼らが心配だからと何を言っても、結局行動するのはデジレとマリーだ。
彼らの希望する通りに行動できないかもしれない。だからこそ。また、心配をかけないようにこれが自分の選んだ道だと胸を張らなければいけない。
外の冷えた空気を感じて、マリーは一度瞳を閉じて、迷いなく開く。
すっといつもの場所に視線を向ければ、すぐに目が合った。予想外で、どきりとする。
デジレが、真面目な顔でマリーを射抜くように見つめていた。今まで、目が合うと笑いかけてくれていたのに、今日はじっと、表情を変えずに見続けてくる。
見られていると意識すると恥ずかしくなってきて、マリーは焦ってデジレの元まで早足で進んだ。




