56.花柄クリーム缶
到着した店は、マリーからすれば見るからに高級店だった。外見は白と水色で爽やかな印象を受けるものの、やはり取り扱っている商品が化粧品なので、女性向けと思われる様式と柄が散りばめられている。
気圧されながら眺めていたマリーは、同じく隣で店を見ているデジレに顔を向けた。
「ここ、本当に一人で入ったんですか?」
「うん。あの時はとにかく買おうと頭がいっぱいだったから、入りにくいなんて気付かなかった。今回は、マリーが一緒だから問題ない」
いやいや、とマリーは心の中で首を振る。まず貧乏貴族であるマリーが、一生縁がないだろう店だ。マリーにとっても、デジレがいなければ入りにくい。
「じゃあ、あの、一緒に入りましょう」
そう言えばデジレは笑って、マリーの手を取った。
店内に入ると、身なりのきちんとした店員が頭を下げてくる。外からの見た目通り広い店内は、外装と同じく女性が好きそうな優しい色合いで、花柄が上品かつ大胆に飾られている。その店づくりはマリーも好ましいと思うものだったが、広さの割に商品がぽつんぽつんと置かれていて、それがいかにも高価そうに感じて気後れする。
はたから見れば、いかにも慣れていないとわかるようにきょろきょろとするマリーは、ようやく目当てのものを見つけて、デジレから手を離した。
「あ、ほら、ありましたよ」
デジレがくれたものと全く同じクリーム缶を見つけて、マリーは思わず嬉しくなって彼に微笑んだ。
改めて見れば、丸い小缶は店の雰囲気と同じ意匠でデザインされているとわかる。マリーはさらにクリーム缶のデザインが好きになった。
さっそく手に取ろうとした時、ふと横に同じ形の缶が目に付いた。何種類か、鮮やかな花柄が缶の蓋にデザインされている。
「そちらは、缶がお花のデザインのものです。中身はそちらのクリームと同じですよ」
いつの間に傍に来たのか、優しい笑みを浮かべる店員が説明してくれた。
マリーは、じっとその花柄の缶を見てみる。
赤い華やかな薔薇柄、白く清楚な鈴蘭柄、紫に控えめな菫柄。どれもとても良いセンスで、どれが良いかというと迷ってしまう。
そこでもう一つ、マリーは見つけた。それらと違って花の名前は不明だが、五枚の花びらがある白い花を模した柄。
目が惹かれてその缶に手を伸ばしたが、触れる前に別の大きな手に取られてしまった。あっと目を手の主に向ければ、デジレが白い花柄の缶を手にして見つめている。
「これが、いいんじゃないか」
形の良い唇に笑みを乗せて、デジレが缶の柄をマリーに見せてくる。
「ほら、この花が野薔薇みたいだ」
マリーは目を見開いた。
デジレはまた缶の柄を見つめ、楽しそうな笑い声を漏らす。
「花には詳しくなかったから、最初はてっきり野薔薇は野生の薔薇で、庭に植えられているような花びらが幾重にも重なった赤いものだと思っていたんだ。調べてみたら、こんな白い花だったんだと知って驚いた。薔薇とはいっても雰囲気が全然違う」
「し、調べたって」
「興味があったから。私のマリーのイメージはいつも野薔薇のように白いものだ。薄暮れの月だって、白いだろう?」
マリーは動きを止めたまま、唖然とデジレを見つめる。視界に自らのブルネットが見えて、はっとして顔を背ける。
マリーの髪色は黒に近いブルネットで、外見も清楚ではなく、肌もそこまで白い方ではない。とても白いイメージなどないのに、冠される花の名前でそんなことを言われると、綺麗すぎて参ってしまう。
最近赤くなりすぎて元の色に戻らなくなるのではと心配になる頰を無視して、マリーは深く首を縦に振った。
「じゃああの、それで!」
「わかった」
嬉しそうな顔をする彼は、傍に控えていた店員に白い花柄の缶を渡した。
「これを、二つ」
恭しく礼をした店員は、その缶を持って店の奥へと向かっていく。
マリーは、慌ててデジレに詰め寄った。
「あの! 二つもいらないです、一つでいいんですけど!」
「ああ、もう一つは私の分」
私の分と反芻して、ようやくマリーは意味を理解した。
「えっ? それなら、前と同じ普通のデザインの缶もありますし、他の花柄だってあるじゃないですか。なんで、あの柄を」
「あれがいい」
迷いもなく、デジレがきっぱりと言う。
マリーはぽかんとしてから、俯いた。じわじわと頰と頭が熱くなる。
デジレが自分の金で買い物をする内容に、マリーが口を挟む道理はない。彼は彼の買いたい物を買えば良い。
しかし、マリーの二つ名である野薔薇と同じ柄だと言った。それがマリーによいのではと言った。マリーに買ってくれて、しかも、デジレも同じものがよいと買った。マリーも、白い花柄がいいなと、思っていた。
これでは、まるで、お互い同じものを好きみたいだ。




