51.包まれて
まだじんじんと痛む足を引き寄せて、靴を脱ぐ。解放された足は、ふわりと痛みが引くものの、うっすら赤い。
靴をぽいとベッドの下に放って、痛めた片足を折り込んで身体に寄せた。思い切り足が露出してはしたないが、マリーは気にせず膝に頭を預ける。
目の前に広がるのは、裾がめくり上がった深い青の鮮やかなドレス。デジレから貰ったドレスの中で、一番お気に入りであるものだ。
ぼんやりと、彼はどうしているのかなと思う。マリーがいなくて、慌てているのかもしれない。そこで侯爵に会って、マリーの話を聞くのかもしれない。聞いたらどんな反応をするのか。自分から待っていると断言したくせにいないと、さすがに怒るだろうか。
そもそも、何故マリーは逃げたのだろう。
ぐるぐると頭の中に何かわからないものが渦巻いて、マリーは片足を抱き込んで顔をそこに伏せた。
しばらくすると、ばたばたと忙しない足音が聞こえてきた。また騒ぎが起こったのかと思う急ぎようで、どんどんマリーのいる部屋に近付いてくる。
マリーが顔を上げたと同時に、扉が激しい音を立てて開け放たれた。
「マリー!」
必死の形相をしたデジレが部屋に飛び込んできた。王太子を心配していた時よりも、酷い顔をしている。
マリーはぽかんとして、すぐに周囲を見渡す。だが、この場にはマリーとデジレだけだ。
今、彼はマリーと呼んだ。デジレがマリーと呼ぶのは、マリーローズだ。マリーのことはマリー嬢と呼んで区別していた。
だが今、どこにもマリーローズの姿は見えない。
デジレはマリーを見つけると、苦しそうな顔をして急いでベッドの傍に膝をつく。
「ごめん、俺が傍を離れたばっかりに……!」
デジレが激しく後悔している表情で、頭を垂れて辛そうな声を絞り出す。
デジレが俺と言った。それは気が高ぶっている証拠だ。なるほどそのせいでマリーと呼んでしまったのかと、彼女は納得する。
それにしても、慌てすぎで自分を責めすぎだ。マリーが勝手に待ち合わせ場所から逃げて、怪我をしたのが悪いのに。
「いやあの、わたしが待たずに怪我しただけなので……ごめんなさい。王太子殿下、大丈夫でした?」
「大丈夫だった。騒動も収めてきた。急いで会場の場所に行ったら義兄上がいて、マリーが怪我したって聞いて……」
彼の声がどんどん小さくなっていく。
「もっと早くに戻っていれば。いや、あの時俺が傍から離れなければ、マリーがこんなことにならなかったのに」
ばっとデジレが顔を上げて、マリーの足元を見る。足を露出していたマリーは慌ててドレスで足を隠した。男性に足を見せるなど、淑女としてしてはいけないことだとマリーでも知っていた。
「怪我をしたのはその足か。痛む、よな」
「そこまでは……」
「ベルをこの近くに待機させた。すぐに帰ろう」
そう言って立ち上がった彼は、侯爵がしたように、マリーの背中と足に手を差し入れる。抱き上げられる、とマリーは身体を固くした。
「え、ちょっとデジレ様!」
「大丈夫、義兄上ができたなら、俺にだってできる」
そうじゃない! 瞬間、浮遊感を覚えて、マリーは半ばパニックになった。
「あっ、重い! 重いですから!」
「重くない」
きっぱりと言われる。言葉通り、デジレは軽々とマリーを抱き上げる。
マリーは恥ずかしさで、頭が混乱してきた。
「……靴! 靴を置いていけない!」
どうでもいいことだが口から滑り出た言葉に、デジレが床に転がる靴に目を止めた。マリーの身体がベッドに降ろされ、ほっとするも束の間、脱いだ片方の靴が渡される。
「ごめん、持っていて」
そのまま、再度力強く抱き上げられて、マリーは悲鳴を上げた。デジレは全く気にせずに、部屋を早足で出る。
「少し急ぐから」
デジレが駆け出す。しっかり抱えられているものの、早くなる振動がマリーに伝わる。
周りに人はいない。侯爵の時は人に見られたらと恥ずかしかったのに、今はデジレに抱き上げられていること自体が少ないがとんでもなく恥ずかしい。少しでも目を動かせば、すぐ傍に端正な顔が見えて、頭が沸騰しそうだ。
もう駄目だと、マリーは目をぎゅっと閉じた。デジレの胸元に顔を埋めて、何も見えないようにする。
それでも彼の息遣いと心音、彼の纏う柑橘類の爽やかな香りがマリーを包んで、頬が限界なほど熱くなる。もう、頭がくらくらしていた。
デジレが何か叫んでいたかもしれない。ベルナールの声が聞こえたかもしれない。そのあたりで力を抜いたマリーは、彼に包まれたまま、意識を飛ばした。




