49.それで良いのか
そんな必死の笑顔にも関わらず、目の前の彼には好印象だったようで、彼も微笑んだ。照れたように、首を搔く。
「そうでしたか……その、それは少し、僕には運が良かったですね。マリーさんと、ずっと話してみたいと思っていたんです」
「わた……くしと、ですか?」
「はい」
彼は嬉しそうに頷いた。何故だろうと疑問に思うと口が元に戻り、マリーは慌てて口角を上げる。
「ラモー男爵の夜会の時、見ていました。最初は同じくらいの家格のご令嬢が、高位貴族の方に無理矢理連れてこられたのかなと思っていたんです。デジレさんはあの通りとんでもないほど綺麗で有能な方ですから、マリーさんを好きになったようなことを言われても、その、あまり信用できなくて。どうしてマリーさんなのかな、と。何か理由があって引っ張ってこられたんじゃないかって」
正解だ。マリーは唾を飲み込んだ。
仕方ない、あの時のマリーはデジレの言う内容も知らなければ、全く飾り気もない姿だった。それに、明確な身分差と容姿の差がある。惚れたと匂わされても、彼のように思われるのも当然だった。
彼はマリーを見て、慌てて手を横に振る。
「あっ、でもそれは最初だけで! その後僕が夜会に出るたびにお二人を見かけて、仲良く話している様子を何度も見ました。あの全く夜会に出なかったデジレさんが、マリーさんと出ずっぱり。女性相手には如才なく対応するのに、近付けようとしなかった彼が、笑顔で貴女と話していました」
それに、と彼はまた首を掻いて、少し顔を赤らめる。
「マリーさんは、見るたびにどんどん綺麗になっていくし。笑顔が可愛いし」
世辞だとマリーは感じた。作り笑いを深くする。
「ありがとうございます」
本音なら、デジレが言った可愛いという言葉のように、心が動くはずだ。くすぐったくなるはずだ。だが、今の彼の言葉にはマリーは特になにも思わなかった。
「実際お話ししてみると、よくわかりますね。まあ、それをみて、ああ、そう言う事なんだなあって思いました。デジレさんは、僕じゃわからなかった、マリーさんの素敵なところを見抜いていたんですね」
マリーは自然と首を傾げた。もちろん、自分の素敵なところがわからなかったのと、デジレがそれを見抜いたという言葉に対してだが、彼はその様子をみて苦笑した。
「魅力というのは、なかなか自分ではわかりませんよね。僕もすっかりマリーさんの魅力を知って、少しでもお話ししたいと思っていました。だけど、ずっと傍を離れないデジレさんが、いつも男性参加者に目を向けてくるんです。マリーさんに近付けるものかというように」
それはおそらくマリーの相手探しのためで、威嚇しているわけではないはずだ。とはいえ、それを言えるはずがない。
今度は故意で可憐に首をこてんと傾げてみせる。マリーローズ直伝だ。彼は顔をさらに赤くする。
「いや、あの、だから、本当に少しお話しできればと思っていたんです。マリーさんと実際お話しできたら、こういう人が良いのだと学べるかなと。あ、僕ばかり話していて、会話になってないですね……」
やけに褒めてくる彼を、マリーは不思議そうに見つめる。マリーは、自分がそんなに褒められるような人物とは全く思っていない。
彼は上目遣いのマリーを見て、ごくりと喉を鳴らした。
「その……つらく、ないですか?」
「はい?」
「仲の良いお二人にこんな事を言うのは気が引けますが……身分が、違いますよね。伯爵家と子爵家かもしれませんけれど、デジレさんは王家に次ぐくらい、格式高い家の方です」
「はい、存じております」
マリーには今更な話だ。
たまにデジレとシトロニエ家を切り離して対応している気がするが、忘れたことはない。
「例えばですよ。例えば……デジレさんとうまくいかなかったら、マリーさんは別の方を探すでしょう? あんなに容姿も能力も立場も完璧な人と付き合った後に、他の方で満足できますか?」
マリーはそのまま、固まった。
デジレの諸々が高すぎるとは、先程も思ったことだ。完璧ではないが、彼の言う通りだと思う。
だが、その後の内容は考えたことがなかった。
デジレは身分が高すぎるから、相手には絶対無理だとは最初から思っていた。デジレは有り得ないと理解していた。
それならば当然、マリーの相手は別の誰かになる。相手探しはもちろん、その別の相手を探している。
その相手がデジレよりもレベルが高いか、といえば、まず間違いなく否だ。ここまでは、マリーだって気付いていたはずだった。
しかし、そんな相手で良いのかと。デジレ以外で良いのかと。そう聞かれると、なぜかすぐに答えが出ない。
「デジレさんを、忘れられなくなるんじゃないかなって、思うんです。そうしたら、後から別の方と知り合っても、きっと貴女は苦しむし、相手の方だって心苦しくなるのでは、と」
呆然としながら、彼の顔を見る。
彼は同格の、二男だ。雰囲気からして悪い人ではない。それよりも良い人に近いとマリーは感じる。
マリーの目的は、身の丈にあった無難な長男以外の男性を探すこと。彼はその条件にぴたりと当てはまる。
先程のデジレ以外の相手で良いのか、その答えは、当然はい、だ。
「その、僕だったら……理解しますし、マリーさんが忘れるまで待ちます」
彼の手が、指が触れる。
マリーは弾けるように振り払って、触れられた手を胸元でぎゅっと握った。彼が驚いた顔をする。
「あ、あの……ごめんなさい!」
マリーは身を翻して、その場から逃げた。
あの場にいたくない。彼から逃げたい。頭が混乱する。
胸元に握った手が、ふるふると震える。
デジレ以外で当然、良いのに。
手が触れた時、デジレではないと思ってしまったのは、何故だろう。




