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くちびる同盟  作者: 風見 十理
三章  瞳を閉じて
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45.隣の人

 



 マリーが全く知らなかった夜の社交界も、何度も参加をすれば何となく優劣がわかってくる。国有数の公爵家が主催の今回の夜会は、会場が広く洗練されていて、マリーは感嘆の息を漏らした。

 隣から同じくため息が聞こえる。見ればデジレが疲れ切った顔をして、いつもはしっかりと締まっている唇を軽く緩め、目を床に落としていた。

 昼に会った時はとても元気だった彼は、今夜の出迎えから疲労困憊になっていた。行きの馬車の中でも言葉少なで、マリーは気になってしまう。


「もしかして、王太子殿下に嫌味を言われたんですか?」


 大丈夫かと聞いても、大丈夫としか返してこなかった彼に、マリーは踏み込んで聞いてみる。

 デジレは深く息をはいて、ゆっくり頷いた。


「……今日の殿下は虫の居所が大層悪かったみたいで。散々こき使われて、いつも以上に嫌味だらけだった。しかも今日は時間がなくて」


 デジレは何かに気付いたようにマリーに向く。マリーは首を傾げた。


「今日の夜会は、殿下も出席するんだ。ほんの少しの時間だけど」


「えっ、王太子殿下が!」


 王太子は詳しくは知らないが、大物なのはよくわかる。マリーは驚いてみせるが、ふと目の前にいる青年に疑問を持った。


「え、じゃあ側近のはずのデジレ様がなんでわたしといるんですか? 護衛も兼ねるんですよね、王太子殿下の傍にいなきゃいけないですよね?」


「ああ、それは大丈夫。今回は私とは違う護衛がついているし、殿下からマリー嬢に付き合うよう言われているんだ。見ても無視するとまで宣言されたから、挨拶もしなくて良い」


 それは随分と、マリーには助かる内容だ。いや、もしかすると王太子に気を遣ってもらったのかもしれない。挨拶しなければいけないならば、きっとマリーは緊張でここにくるまでがちがちになっただろう。

 大丈夫だと疲れの濃い顔に小さく笑みを浮かべるデジレを、マリーはじっと見つめた。


「そういえばデジレ様は毎回迎えに来てくれて夜会に参加していますけど、お仕事とか大丈夫なんですか?」


「問題ないよ。ただ仕事量が増えるだけで、殿下もとても理解を示してくれている」


「仕事量増えるんですか?」


「マリー嬢は、そんなこと気にしないで欲しい。今日だって大量に押し付けられたけれど、こなしたから」


 そういわれても、ぐったりという言葉が似合いそうな顔のデジレを見ていると、申し訳ない気持ちが生まれる。今日は疲れたと言って早めに帰るようにしようとマリーは心に決めた。


「……ああ、忘れていた。マリー嬢、強い人は諦めて欲しい」


 真剣さを顔に(にじ)ませ、彼がまっすぐなエメラルドの瞳をマリーに向けてくる。いきなりのことになんのことかと思ったマリーだが、ジョゼフのことを思い出して理解した。


「あの話の後さっそく騎士団に挑んでみたが、勝ってしまって。まともに手合わせしてないが、勝てないとわかったのは騎士団長と副団長くらいだった。思い返せば、私が敵わない相手はほぼ既婚者だから、独身で私より強い人はそういないかもしれないんだ」


「はあ。それって、デジレ様が強過ぎるんじゃ」


「なにも男は腕っ節の強さが全てじゃない。他の大切な要素があるはずだ!」


「……そうですね。調べてくれて、ありがとうございます」


 もはや強い人が良いなど一言も言っていないと、マリーは指摘しなかった。水を差すと、可哀想だ。

 男性の、他の大切な要素とはなんだろうかとマリーは会場を見渡す。意識すればいろんな男性が目に付く。

 つい癖で口元を凝視すれば、個性的な唇が自由に動いている。しかしどの唇を見ても、マリーにはこの人といった相手を見つけることができなかった。唇を除いても、自分の理想であるはずの無難で相応の男性も見つからない。

 そもそも恋愛経験がなく、恋愛小説が手本のマリーに、男性を外見だけで判断するのは困難だった。


「気になる人がいた?」


 いつもこまめに聞いてくるデジレの質問に、答えずにマリーは彼を見上げる。

 触れたこともある整ったはりのある唇は、マリーが見てきた男性の中で一番だ。どこにいても輝いてみえる容姿は、当然のこと極上。先程聞いた話から、独身男性では一番強いらしい。

 隣にいる盟友の、レベルが高すぎる。


「『白金の貴公子』でしたよね。本当に、その名の通りですね」


「ああ、それ。シトロニエの者はこの髪色にこの目の色をしているから、そう代々呼ばれているんだ」


 たとえそういう理由だろうとも、デジレは白金に例えられて、貴公子と称されても、相応だと感じるものを備えている。

 対してマリーは。


「『道端の野薔薇』の方が良いと思うよ」


「え? 知っていたんですか?」


「もちろん」


 嬉しそうにデジレが答える。マリーは羞恥に、顔がじわじわと赤くなる。

 見た目や中身から例えられるデジレと違って、マリーのそれはマリーローズの対比で揶揄するものだ。そもそもが地味な呼び名で、デジレがそういう方面に鈍いだろうと、自分から言うことはないだろうと思っていた。

 まさか知られているとは。ますます顔の赤さが増す。


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