42.強い者を探して ★
透き通る青空の下に、金属同士がぶつかり合う音が響く。次にその音がした時には、訓練用の剣が宙を舞い、床に円を描いて止まる。
その様子を見て、振り切った剣を下ろして持ち場に戻ったデジレは、相手に礼をする。僅かに乱れた息を、ひとつはくことで落ち着かせた。
「次、どなたかお相手いただけませんか!」
騎士団の訓練場に響き渡るその声に、周囲にいた騎士たちはまともに反応しなかった。それもそのはず、その場にいるほとんどの者が既にデジレに打ち負かされていた。
「いきなり訓練に参加されてくれと言ってきたと思ったら、なんだこりゃ。デジレはうちの騎士団の心を折りに来たのか」
その様子を離れたところで見ていた騎士団長のギュスターヴは、同じく隣で見ている副団長に呟いた。
「いやあ、シトロニエ殿は強いですね。何人抜きでしょうか?」
「強さはお前とどっこいどっこいかな。なんせチビの時からあの鬼の強さの親父にしごかれているからなあ。うちのが束になったらなんとかなるかもしれんが、一対一ならまず勝てん」
まだデジレと手合わせしてなかった騎士が訓練場に上がる。お互い礼をして、剣を構える。
「それにしても、シトロニエ殿が騎士団の訓練に参加など、何があったのでしょうね。うちの騎士と会ったとすれば、昨日の夜会が原因でしょうか」
「あー、前団長の家主催の、うちがたくさん参加したあれ? 俺が行かなかったやつか。なるほどなあ、デジレの初恋のマリーちゃんにうちのが手を出したのか」
「いえ、無理ですよ団長。私は貴方の代理で出席しましたが、シトロニエ殿がずっとマリー嬢から離れずに傍にいるものですから、声をかける隙もなかったですよ」
「じゃあ、うちのがマリーちゃんの目を引いたか。とんだとばっちりだな。嫉妬する男は怖いねえ」
剣がまた、宙を舞う。ギュスターヴと副団長は二人してその剣を目で追った。
「そういえば、マリー嬢の兄上がそろそろ合流する師団にいましたね」
「あー、あの声のでかいあいつか」
またしても勝ったデジレが、身を整えて次の挑戦者を求める。既に場は、デジレと手合わせしてない者も顔を見合わせている状態で、声を上げる者はいない。
デジレがひと息ついて訓練場から降りようとすると、遠くから猪のように誰かが走ってきた。
「はい! はい! 俺がやる!」
大声を上げて、息を切らせて走ってきたジョゼフは、乱れた焦げ茶色の髪を掻きあげた。一般的な青い目が、強くデジレを睨みつけている。
デジレが彼を見て、足を止めた。
「……ジョゼフ殿」
「おっと、君にあにうえと呼ばれるいわれはないな!」
「え、言っていな……いえ、申し訳ありません」
ジョゼフは堂々と場に乗り上げる。そして、腰にさげていた剣を抜き、切っ先をどこか困り顔のデジレに向ける。
「うちの妹に手を出して! 夜な夜な連れ出して! 唇奪った上に心まで奪わせるか、この盗っ人め! 側近君よ、俺はお前に負けない!」
ジョゼフの声が場に轟く。
デジレは向けられている剣の先の奥にある、ジョゼフに顔を向ける。
マリーと同じ髪色に、マリーと同じ青い目が怒りをたたえてデジレを見てくる。
先程彼に言われたことに何一つ、デジレは言い返すことができない。実際に責められると、自分がいかに強引なことをしているのかわかって、耳が痛い。マリーの身内のジョゼフが怒るのも当然だ。
デジレは利き手に握る剣に目をやる。負けないと言ったジョゼフを思い出して、手の力を抜く。
「なんだ、怖気付いたか! だったらマリーに手を出すな! いい加減な気持ちで遊んでいいような子じゃないんだぞ、うちの妹は!」
「いい加減な気持ちなど……」
少なくともデジレは本気だ。本気で、マリーの気に入る相手を探そうとしている。最初から責任を取る為に常に全力であった。
いい加減な気持ちで遊んでいた、というのはデジレには心外だった。そんなことするものかと思う。
「俺にも敵わないような男なんて、マリーに相応しくない! もう会わないでくれ!」
ジョゼフの一際大きな声が、空に吸い込まれる。デジレは剣を強く握り、止めた足を動かした。
手合わせ開始時の立ち位置まで歩いたデジレは、くるりとジョゼフを見返してひとつ礼をした。
「では、貴方に敵うか敵わないか、お見せいたします。お相手願います、ジョゼフ・スリーズ殿!」
「受けた! こてんぱんにしてやる!」
高らかに声を上げた二人は、それぞれに剣を構えた。周りは固唾を飲んで、彼らを見つめている。
ギュスターヴは舞台上の彼らを見ながら、感心したように頷いた。
「すごいよなあ」
「何がです?」
「いや、ほら。目が二つ、鼻が一つ、口が一つで同じなのに、配置や形だけであれだけ美形と平凡って違いでるもんなんだなあと思わないか?」
「……それ、スリーズ殿の前で言わないでくださいよ」
ぴりりと張る空気を、審判がはじめの一言で破る。地面を蹴る音が同時にし、すぐに剣戟の鋭い音が響く。
「それで、スリーズ殿の勝算はあるのですか?」
「万が一だろ」
彼は、鋭い音と共に主人の手から離れた剣を見て、ため息をついた。
「いやほんと、シトロニエが王家の敵でなくてよかったな」




