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くちびる同盟  作者: 風見 十理
後日談
137/139

大きな声で叫びたい①

オーギュスト視点

 



「失礼致します。デジレ様はいらっしゃいますか?」


「デジレ様! またお力をお借りしたいのですが!」


「シトロニエ殿。この件のことだが」


 つい今し方、やってきた三人の入室時の言葉である。

 たしかにデジレはいる。ただし、この部屋は王太子の執務室、つまりは執務机に陣取るオーギュストが主人である一室だった。

 彼ら三人の用件をこともなげにこなしたデジレは、自らの机に座り、手を止めずに書類をさばいている。今まで見たことがないほど、無駄のない動きだ。


「殿下はおいででしょうか?」


 ようやく自分に用事が、とオーギュストが咳払いして入室の許可を出す。入ってきた事務官がまっすぐ彼に向かう途中で、横にいるデジレがさっと立ち上がった。


「殿下の手をわずらわせるわけにはいきません。私がお聞きします」


「ああ、そうですね。それでは」


 おい。オーギュストは心の中で悪態をつく。

 このところこんな光景は当たり前で、デジレはできることをすべてオーギュストからかっさらい、処理している。オーギュストの執務室のはずが、来る者の八割はデジレに用件がある。


 デジレは現在、空前絶後の絶好調である。

 理由は、彼の婚約者となったマリーだ。もともとデジレは彼女と関わってしばらく、彼女との関係が直接仕事に影響をしていた。公私混同もいいところである。

 すわ破局か、という時もあったが、なんとか無事にくっついたと思えばこの調子だ。非常にわかりやすい。


 オーギュストとしては、ばりばり仕事を手伝ってくれるのは嬉しい。助かる。しかし、調子がいいからとなんでもかんでもされるのは、困る。

 気が良く、頼まれると基本断らないデジレは、内容を問わずいろんな者から頼まれごとをされていた。依頼者によっては、その者の責務であることまで請けるので、オーギュストが随時注意していた。

 また、できるからと手を伸ばしはじめたのもいただけない。いくらかオーギュストの仕事は奪われているが、デジレへの用件が増えたのは、大方デジレが自分で仕事を作っているからだ。庭の剪定に行ってくるという日もあれば、晩餐のデザートを作ってくるという日もあった。どう考えても、王太子の側近の仕事ではない。

 ただ、デジレは仕事といえる範囲の事はとても優秀なので、できることはさせている。しかも今は調子良く、失敗が全くなければ、出来も非常に良い。

 しかしオーギュストは、苛々する。


「殿下、先程どこまで話しましたか? とりあえず、恥ずかしがり上目遣いのマリーが可愛くて、キスしてしまったわけです」


「ああ、そう……」


 一番のオーギュストの苛つきの原因はこれだった。別に、デジレがマリーの読みかけの本を見てしまい書いてあるヒーローと同じことをしてみたらマリーに気付かれ照れながら怒った、なんてオーギュストにはどうでも良い。

 ようやく想いが通じて有頂天になったデジレは、とにかく無意識にマリーの惚気をはく。にやけてもいない顔で、さらりとはく。残念ながら執務室には、彼の話を聞く相手はオーギュストしかいない。


 よく考えれば、オーギュストは恋愛経験が豊かではなかった。

 昔からずっと一途にマリーローズだけを想い、近付いてくる令嬢はデジレに押し付けてきた。王太子の立場故に、軽々と恋の話などする者はいない。王や王妃も特にオーギュストの相手は気にしていなかった。デジレとは恋愛事など、話すはずがない。

 そのため、デジレの惚気に上手く対応ができない。ストレスが溜まるだけだ。


「そういえば、今日マリーはこちらに来ているみたいです」


「へえ」


 渇いた興味なさそうな相槌しか打てない。

 まだ、苛立つ原因はある。それは、マリーローズだ。

 ようやく。念願叶って彼女と正式に婚約できた。どちらかといえば雰囲気は政略結婚気味だが、オーギュストはこれからの婚約期間で好きにさせる気満々だ。しかもマリーローズから婚約を言い出した。彼女の性格から、まず辞退はしない。そうオーギュストか密かに仕向けたのだが、このことについてはよくやったと、自分を褒めてやりたい。


 そんな彼女は現在王城で王妃教育をしている。教える方だ。

 というのも、マリーローズは教養や資質として、次期王妃としてほぼ問題なかった。教師陣が教えることが無いと口を揃えたのだが、ならば教えたいと彼女が言い出した。たしかに教える方がより理解を深められると許可を出したのだが、すると嬉々としてマリーを引っ張ってきて教え出した。

 それはまだ良かった。マリーローズはマリーをどうもとても気に入っているようで、デジレの婚約者だから仲良くしてもらって良いと思っていた。

 彼女からの話題がマリーの話ばかりになるまでは。


「楽しく学んでいるようで、毎度笑顔で教わった内容を話してくれるんですよ。可愛くて」


 真顔で仕事をこなしながら言っているだろうデジレに、もう、返事をする気にならなかった。

 マリーローズとは、思い返せば自分たちのことは事務的なことしかまだ話していない。ふたりきりで会うことがそもそも少ないのもあるが、たまに来てくれたと思えば、マリーの話である。

 なぜ、側近からも婚約者からもマリーの話を聞かなければならないのか。

 あまりにももやもやして、まれに彼らのことについて相談しにくるマリーに、どうすればそんなに好かれるのかと、恥も外聞も捨てて聞きたくなった。


「はあ。良かったな……」


 オーギュストはマリーローズと結ばれた。デジレも、マリーと結ばれた。お互いマリーにこだわったのはなんとも笑ってしまうが、幸せなことだ。

 だが、オーギュストはなかなか心から祝えないらしい。


 デジレとマリーのことについて、一番奔走して協力したのは、間違いなく自分だとオーギュストは自負している。デジレの悩みを聞き、導き、ルイに(ふん)しては、マリーに会いに行き、城に呼んで話を聞いた。そうじゃないんだ、はやく気付いてくっついてくれ、と何度思ったかしれない。


 あまりにもデジレのマリー賞賛を聞いて、むかむかして、上手くいったのは誰のおかげだろうな、と一度彼に嫌味ったらしく聞いてしまった。デジレは姿勢を正して、皆さんのお陰です、とはっきり答えたもので、オーギュストはそれ以上何も強く言えなかった。

 デジレがはやく、彼だけの相手を見つけてくれと本気で願っていた。見つけた時は、全力で応援するつもりだった。デジレの性格からして、うまくいけばこんな風になるのは幼馴染として想像に難くないことだった。


 ただ。今は声を大にして叫びたい。

 鬱陶(うっとう)しい! と。


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