キスの許可④
ええ、また!?
マリーは心の中で叫んだ。
デジレはとにかくまっすぐに思ったことを恥ずかしげもなく伝えてくる。聞いている方が赤くなるほど遠慮なく言ってくる。それは、まだ良い。
同時に彼は、マリーからも同じく気持ちをはっきりと聞きたいらしい。直接言ってくれと頼まれる場合もあれば、無自覚なのか今のように本音を聞かせてほしいと言われることもある。告白も何回もマリーから言わせられた。
これでも、マリーはだいぶ言うようになったのだ。散々デジレから請われて、嬉しいとか幸せとか、当初こっぱずかしくて口にできなかった言葉を今では直接伝えられる。
ただ、いくら隠し事はせず今の気持ちを伝えようとはいっても、マリーには恥ずかしくて言葉にできないことはある。マリーローズには言えても、デジレには言えない。
じっと透き通った綺麗なエメラルドの瞳がマリーを映す。ためらっても、結局根負けするのはいつもマリーだ。嫌と言えないのは、惚れた弱みだと思う。
「……その」
「うん」
「デジレ様が、いつもキスしていいか……聞いてくるのが恥ずかしくて」
顔から火が噴き出しそうだ。それでも言うしかない。
「それを、毎回許可するのが、な、なんだかキスをねだっているみたいで」
「ねだってくれても構わない」
「……デジレ様、話は最後まで聞いてください」
はっとして、デジレがようやく手を離し、居住まいを正した。
マリーもそうだが、デジレはもっと人の話を聞かない。互いにしっかり話を聞こうとも話していた。
デジレが真剣にマリーの話を聞こうと構えている。一切口を開く様子がなくなり、マリーは少しだけ後悔した。
「えっと……キスは、嫌じゃないんです。ただ、聞かれるのが、まどろっこしいというか……あの。でもだからといって、確認されないのはちょっと」
マリーローズがデジレに言ったことは的を得ている。一言でいうなら、マリーはもっとデジレとキスがしたい。
まどろっこしいのは、マリーだ。
マリーはすうと息を吸って、デジレに向かった。
「キスはもっとしたいんです! 確認なんてしなくても、わたしが許可しなくても、して欲しいです! でも、何も言われずにキスされるのはまだ恥ずかしいんです」
言った。言ってしまったという気持ちで、マリーの頰がじんわりと紅潮していく。
目の前のデジレは、とても嬉しそうに微笑んだ。しかしすぐに真面目な表情になる。
「そうか。それなら、どうすればいいかな。私だってマリーともっとキスがしたい。だけど、無理強いしたいわけじゃない」
「そ、うですか」
デジレは腕を組んで真剣に考えはじめている。その姿は相変わらずとても美しくてマリーは惚れ惚れするが、考えている内容がなんともいえない。
変わった提案をされる前に、とマリーも考えた。
単純に考えれば、もっとキスの確認を増やして回数を増やせば良いのだろうが、マリーがそれではじれったく足りないと思ってしまう。
だからといってデジレにねだるのは、まだマリーには恥ずかしさが勝ってできない。でも、もっとしたい。
あっ、とマリーはデジレに目を向けた。彼は座ったまま、変わらず思案顔だ。
「デジレ様」
呼ばれて、デジレが顔を上げる。
この高さなら、大丈夫だ。
マリーは椅子から腰を浮かせ、一気に彼と距離を縮めた。
端正な顔が目の前に見えると、目を閉じる。目標の場所へ、ぐっと唇を寄せる。
感覚がすると、マリーはすぐにデジレから顔を離した。自分の唇に手を当てる。
ちゃんと唇に触れた。真ん中からはずれたけれど。少し唇が尖ってしまったけれど。ほんの一瞬だったけれど。しっかり、柔らかかった。
デジレは、目を見開き唇を開いて、放心状態だ。そんな彼を見ていると、じわじわと唇から熱が顔に伝わっていくように感じる。
「あの、足りないと思ったら、わたしから、しますから!」
今更、自分のしでかしたことに逃げたくなる。しかし、デジレは何度もしてくれているのだと自分に言い聞かせる。
「確認しなくても、キスできるようになりますから。……もう少し、待っててください」
デジレが、ようやく動いた。
切羽詰まっているように短い息を繰り返し、マリーの両肩を急にがっしりとつかむ。
覗く瞳は、興奮していて熱く潤み、映るマリーをひたすら求めている。
「マリー……キスしてもいい?」
かすれた余裕のない声がする。
マリーは、断る理由がなかった。




