120.決意
「正直?」
マリーローズの赤い唇が、ようやく動いた。
美貌の公爵令嬢に、マリーはしっかり頷く。
「はい! わたしは、友達だと思っているローズ様には、嘘はつきたくありません。前にデジレ様を好きだと言った時もそうでした。本当は、ローズ様がデジレ様を好きと気付いていたら、わたしが身を引くべきだったと思いますが」
遠慮よりも、正直でいたいと思った。そうしないと、本当にマリーローズと仲良くなんてできる気がしなかった。
仲良くしましょう、と最初にマリーローズが言ってくれた言葉を、マリーは忘れていない。
「心のままに、お互い話したかったんです。先日うちに来た時の言葉、ローズ様の本音でしたよね。胸に突き刺さりましたけど、正直に言ってくれて嬉しかったんです。前は、気を遣ってましたよね」
マリーは、唇の口角を上げ、自然と柔らかく弧を描き、マリーローズに微笑んだ。
「わたしだって、ローズ様に素でいてほしいです。心から、友達だって言えるように。正々堂々、わたしと勝負してください!」
言い切った。
マリーは俯き息をついて、改めて顔を上げる。
マリーローズの口の端が、綺麗に上がった。
「それが、返事ね」
今までマリーが見た中で、彼女の笑みは最も自然で、優美な、彼女らしいものだった。
その笑顔のまま、マリーローズはマリーにゆっくり近付き、数歩前で止まった。
「ひとつ、訂正しても良いかしら?」
「はい」
「わたくし、一度もデジレを好きだなんて、言っていないわ」
「え?」
マリーは記憶をたどるも、確かに直接マリーローズがデジレを好きだと言ったことがなかった。
しかし、マリーの目から見れば明らかに好きだった。スリーズ邸にて言われたことも、マリーへの嫉妬だった。マリーと同じような目をしていた彼女が、彼を好きでないとは全く思えない。
「マリーに聞かれたとき、わたくしは、そんなこと考えたことがないと言わなかった?」
「言ってましたけど、でも!」
「でも? ねえ、わたくしがデジレを好きだとしたら、どうなると思っていたの?」
マリーは少し混乱してきた頭で考える。
デジレがマリーローズを好きで、マリーローズも彼を好きなら両思い。そうすれば、どうなるかといえば。自然と恋人になって、最後は結ばれるのではないか。それが、物語の定番だから。
考えるだけでも、悲しい。苦しい。
「もしかして、そのまま婚約して結婚すると思っていたの?」
笑いを堪えるような、からかいが混じった声がした。
マリーはびくりと身体を震わせ、恐る恐るマリーローズの言葉を待つ。
彼女は麗しい髪を軽く手で払う。マリーには、髪が星のようにきらりと輝いたように見えた。
「よく考えなさい、マリー。このわたくしが、デジレごときに収まる器だと思って?」
胸を張り、堂々と自信たっぷりに言い切るマリーローズに、マリーは目をぱちぱちと瞬いた。
暗い中でも、その姿は遠慮なく輝いていた。空に浮かぶ星が、彼女の為に煌めいている。
よく考えるまでもなく、マリーローズにこう聞かれては、マリーの答えはほぼひとつだった。
「お、思わないです……」
「そうでしょう? 勿体無いもの」
当然と鼻を鳴らす彼女は、決して傲慢ではなかった。
マリーはますます混乱した。マリーローズは、デジレと一緒になる気はないらしい。では、両思いの彼らはどうなるのだろう。想いの先はどうなるのか。
「それと。今回は許すけれど、もうデジレが好きだなんて、わたくしに聞かないで」
一瞬、寂しそうに聞こえた。しかし次の瞬間には、マリーローズはすっかり自信に満ちあふれた顔をして、優雅な所作で胸元に手を当てる。マリーに向けられるサファイアは、息を呑むくらい芯から深い青色を見せる。
「わたくし、この国の王妃になるから」
マリーは、言葉を失ってぽかんと口を開けた。
マリーローズは、そんな彼女に嬉しそうに笑う。
「今、わたくし以上に王妃にふさわしい者はいないでしょう。わたくしはこの国が好きだから、適当な者に任せるわけにはいかないわ。それなら、わたくしが立つ」
こういう場で聞いて良いのだろうかと、マリーは思う。
もう、マリーローズは決めていた。その姿はひとつも揺るがない。
こんなに大きな決意を伝えられ、マリーはおめでとうと言えばよいのか、頑張れと応援すればいいのか、さっぱりわからず、ただただいつにも増して美しいマリーローズを見つめる。
「そういうことだから、もう言うのは許しません。王妃が王の側近に恋心を抱いている、なんて恋愛小説の中でしかあってはいけないのよ」
マリーは、乾いた喉をこくりと鳴らした。
すぐに恭しく、マリーローズを前に礼をとる。
「かしこまりました」
「いやね、かしこまらないで」
マリーローズは笑いながら、マリーの手を取って顔を上げさせた。冷たい手が、温かい手に包まれる。
「マリーに、すぐに伝えたかったの。言えて嬉しいわ」
その顔は、友達であるマリーローズの、マリーが大好きな可愛らしい笑みで。
マリーも自然と同じように微笑み返した。




