表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くちびる同盟  作者: 風見 十理
最終章 くちびるよりも
120/139

120.決意



「正直?」


 マリーローズの赤い唇が、ようやく動いた。

 美貌の公爵令嬢に、マリーはしっかり頷く。


「はい! わたしは、友達だと思っているローズ様には、嘘はつきたくありません。前にデジレ様を好きだと言った時もそうでした。本当は、ローズ様がデジレ様を好きと気付いていたら、わたしが身を引くべきだったと思いますが」


 遠慮よりも、正直でいたいと思った。そうしないと、本当にマリーローズと仲良くなんてできる気がしなかった。

 仲良くしましょう、と最初にマリーローズが言ってくれた言葉を、マリーは忘れていない。


「心のままに、お互い話したかったんです。先日うちに来た時の言葉、ローズ様の本音でしたよね。胸に突き刺さりましたけど、正直に言ってくれて嬉しかったんです。前は、気を遣ってましたよね」


 マリーは、唇の口角を上げ、自然と柔らかく弧を描き、マリーローズに微笑んだ。


「わたしだって、ローズ様に素でいてほしいです。心から、友達だって言えるように。正々堂々、わたしと勝負してください!」


 言い切った。

 マリーは俯き息をついて、改めて顔を上げる。

 マリーローズの口の端が、綺麗に上がった。


「それが、返事ね」


 今までマリーが見た中で、彼女の笑みは最も自然で、優美な、彼女らしいものだった。

 その笑顔のまま、マリーローズはマリーにゆっくり近付き、数歩前で止まった。


「ひとつ、訂正しても良いかしら?」


「はい」


「わたくし、一度もデジレを好きだなんて、言っていないわ」


「え?」


 マリーは記憶をたどるも、確かに直接マリーローズがデジレを好きだと言ったことがなかった。

 しかし、マリーの目から見れば明らかに好きだった。スリーズ邸にて言われたことも、マリーへの嫉妬だった。マリーと同じような目をしていた彼女が、彼を好きでないとは全く思えない。


「マリーに聞かれたとき、わたくしは、そんなこと考えたことがないと言わなかった?」


「言ってましたけど、でも!」


「でも? ねえ、わたくしがデジレを好きだとしたら、どうなると思っていたの?」


 マリーは少し混乱してきた頭で考える。

 デジレがマリーローズを好きで、マリーローズも彼を好きなら両思い。そうすれば、どうなるかといえば。自然と恋人になって、最後は結ばれるのではないか。それが、物語の定番だから。

 考えるだけでも、悲しい。苦しい。


「もしかして、そのまま婚約して結婚すると思っていたの?」


 笑いを堪えるような、からかいが混じった声がした。

 マリーはびくりと身体を震わせ、恐る恐るマリーローズの言葉を待つ。

 彼女は麗しい髪を軽く手で払う。マリーには、髪が星のようにきらりと輝いたように見えた。


「よく考えなさい、マリー。このわたくしが、デジレごときに収まる器だと思って?」


 胸を張り、堂々と自信たっぷりに言い切るマリーローズに、マリーは目をぱちぱちと(またた)いた。

 暗い中でも、その姿は遠慮なく輝いていた。空に浮かぶ星が、彼女の為に煌めいている。

 よく考えるまでもなく、マリーローズにこう聞かれては、マリーの答えはほぼひとつだった。


「お、思わないです……」


「そうでしょう? 勿体無いもの」


 当然と鼻を鳴らす彼女は、決して傲慢ではなかった。

 マリーはますます混乱した。マリーローズは、デジレと一緒になる気はないらしい。では、両思いの彼らはどうなるのだろう。想いの先はどうなるのか。


「それと。今回は許すけれど、もうデジレが好きだなんて、わたくしに聞かないで」


 一瞬、寂しそうに聞こえた。しかし次の瞬間には、マリーローズはすっかり自信に満ちあふれた顔をして、優雅な所作で胸元に手を当てる。マリーに向けられるサファイアは、息を呑むくらい芯から深い青色を見せる。


「わたくし、この国の王妃になるから」


 マリーは、言葉を失ってぽかんと口を開けた。

 マリーローズは、そんな彼女に嬉しそうに笑う。


「今、わたくし以上に王妃にふさわしい者はいないでしょう。わたくしはこの国が好きだから、適当な者に任せるわけにはいかないわ。それなら、わたくしが立つ」


 こういう場で聞いて良いのだろうかと、マリーは思う。

 もう、マリーローズは決めていた。その姿はひとつも揺るがない。

 こんなに大きな決意を伝えられ、マリーはおめでとうと言えばよいのか、頑張れと応援すればいいのか、さっぱりわからず、ただただいつにも増して美しいマリーローズを見つめる。


「そういうことだから、もう言うのは許しません。王妃が王の側近に恋心を抱いている、なんて恋愛小説の中でしかあってはいけないのよ」


 マリーは、乾いた喉をこくりと鳴らした。

 すぐに(うやうや)しく、マリーローズを前に礼をとる。


「かしこまりました」


「いやね、かしこまらないで」


 マリーローズは笑いながら、マリーの手を取って顔を上げさせた。冷たい手が、温かい手に包まれる。


「マリーに、すぐに伝えたかったの。言えて嬉しいわ」


 その顔は、友達であるマリーローズの、マリーが大好きな可愛らしい笑みで。

 マリーも自然と同じように微笑み返した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ