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くちびる同盟  作者: 風見 十理
最終章 くちびるよりも
118/139

118.夜会 ★

 



 そこは、王城に次ぐほどに、広く豪奢で煌びやかな場所だった。

 大きなシャンデリアがいくつも輝き、参加者の色とりどりの服装が、会場を彩る華となる。それぞれがこぼす話し声がその光景に混じり合い、目も耳も楽しませる賑やかな場所を作り出していた。

 もっとも、その場にいたデジレには、その光景はどこか遠いものだった。


 義務で参加しなければいけなかった、夜会となんら変わらない。

 賑やかだとは思っても、綺麗だとは感じない。この場にいても心は踊らず楽しみなど覚えない。ちらちらと向けられる視線にげんなりして、早くこの場から去りたいと思う。


「つまらないといった顔をして」


 隣にいたオーギュストが小声で言う。デジレは仕事用の顔を改めて作り直した。

 会場を見渡して、見知った顔があったとしても、興味が向かない。あれほど参加者を見ていたはずなのに、と思えば、それはマリーとの話題を探すためだったと思い至る。

 今夜、隣にはマリーはいない。

 マリーローズの家の主催だからと参加するのではと期待した。しかしマリーが、デジレとマリーローズの関係を誤解しているのならば、身を引いた彼女は来ないだろうと予想がついた。

 結局、今日までマリーに会うことは叶わなかった。誤解は解けていないだろう。伝わらなくとも手紙に気持ちを書けばよかったかとデジレは焦りを感じはじめていた。


「悪かったな、隣が私で」


 またしても、オーギュストがデジレを見ずに彼だけに聞こえる声量で言った。彼は軽く笑っている。


「いえ。仕事ですから」


「周りは気付かないだろうが、仕事でなかったら、すぐに帰りたいという顔をしている」


「……殿下も、こんなところにじっとしていたくないのでは?」


 先程から興味はないが会場を見渡していれば、マリーローズの姿が見えない。主役とも言える彼女がこの場にいないのは、違和感を覚える。

 オーギュストもそれに気付いているはずで、彼は肩を(すく)めた。


「まあ、彼女がいなければ意味がないのは、お前と同じかな」


 デジレは小さく頷いた。

 マリーがいない夜会はすっかり色褪せて、この場にいることが無意味に思えた。彼女と通う前も同じように感じていたはずと思っても、一度楽しんでしまうと、その時と比べて落差に心がしぼむ。

 結局デジレは夜会が好きなのではなくて、マリーが好きなのだと、今さらながらひしひしと感じていた。


「だいたいの挨拶も終わったことだし、少し席を外すかな」


「どちらへ?」


「久し振りに公爵邸に来たから、少しうろつくだけだ。ああ、お前はここにいるように」


 えっ、と思った。ざっと周りを見渡せば、未だにデジレに話し掛けたいという目線を感じる。

 この場にひとり置いていかれれば、間違いなく彼や彼女たちに囲まれることはすぐに想像がついた。今まで、特に子供の頃は、オーギュストに何度も置いていかれて同じ目に遭ってきたので、自信があるほどだった。


「いえ、以前のこともあるので、お側に!」


 焦りを(にじ)ませて言えば、オーギュストが彼を睨んだ。


「ひとりで散策したいんだ。心惹かれるものを見つけるかもしれないから……察せ」


 デジレははっとして、神妙に頷く。もう一度会場を見て、彼女の姿がないと確認すると、オーギュストとの距離を縮めた。


「わかりました。お気を付けて!」


 小声の割には力一杯の激励の言葉をかければ、オーギュストは呆れたように微笑んだ。


「昔から馴染み深い場所であるし、もう私は子供ではない。心配するな」


 アメジストの目が優しげに細められる。その色は、子供の頃から少しも変わらない。

 彼はデジレからすっと離れると、デジレが見守る中、自然に、堂々とした出で立ちで会場を去った。


 羨ましくないと言えば、嘘になった。

 デジレも、この場にマリーがいるなら探したかった。その気持ちがわかるからこそ、オーギュストを止められなかった。

 目を閉じ、息をはいて、目を開ける。すると案の定、こちらに予想以上の速さでにじり寄ってくる人々の姿を見つけ、汗が滲んだ。


「まあまあ、ごきげんようデジレ様」


「あの方は? 一緒ではないの?」


「マリー嬢ですよね、いつもご一緒だった」


「最近めっきり夜会には出られなくなって。何かあったのかと心配していました」


 怒涛(どとう)の言葉に、社交向けの笑顔が引きつりそうだった。それでもデジレは笑顔で対応する。

 しばらく夜会自体に参加していなかったこと、マリーがいないことは聞かれるとは思っていた。心配していると言いながら、なにかあったのか聞かせろと興味津々の顔をあちらこちらから向けられ、心の中でため息をつく。


「彼女は、今回……」


「いつもお隣にいましたけど、今回はばらばらで来られるのですね」


「あら、そうですの?」


「王太子殿下がいらっしゃいましたから、そうなのだと思いました。先程マリー嬢がひとりでいるのを見かけましたし」


「なんだ、そんなことなら先に言ってくれればよかったのに」


 何を勝手なことを、と思った後に、言われた言葉に引っかかった。

 デジレは慌てて、発言した令嬢に身を乗り出す。


「マリーを見かけた? 一体、どこで」


 その時、扉の開く音がデジレの耳に入った。

 場は賑やかで騒がしい。本来なら、騒音に飲まれ聞こえるはずもない音だ。それでもはっきりと聞こえた微かな音に、戸惑っている令嬢の頭越しに見える扉に目を向ける。

 そっと開けられた大きな扉から、中を窺うように、ひとりの少女が顔を出す。彼女はゆっくりと会場に足を踏み込み、扉近くでなにかを探すようにうろうろと視線をさまよわせていた。

 濃い焦げ茶色で、光の加減で薄く桃色がかってみえる髪を柔らかく綺麗に結い上げ。澄んだ青色の瞳をきょろきょろとさせ。深い青色が慎ましやかに映えるドレスを纏った姿は、デジレが何度も見たものだった。


 マリーだ。

 そう一目でわかった時から、デジレの耳には周りの音など一切聞こえなくなった。周りの存在もなく、この場にはデジレとマリーしかいないような心地がした。自らが息をしているのか、まばたきをしているのか、それさえもどうでもよかった。


 マリーが、なにかを探す目をデジレの方に向けた。目が合った、その途端、彼女の青い目がどんどんと見開かれる。

 そして、唇が動いた。


 その動きに、デジレは身を震わせた。

 その瞬間から、周りの騒音も、周りの人々の気配も戻る。大丈夫か問う声に、つい目を向ければ、駆ける足音がした。

 すぐに扉に顔を向ければ、青いドレスが閉じる扉から消えるところだった。なんという失態、と奥歯を噛み締め、周りなどそっちのけでデジレはすぐに追いかける。


 何度も何度も何度も、見た。

 動くだけで、心がくすぐられ堪らなくなってきた。

 一番最初に覚えた、くちびるの動き。

 間違いない。呼んだ。


 今度こそ、逃すものか。


 扉を有り余る力一杯で開け放ち、左右に延びる廊下のどちらの奥を見ても、マリーの姿はない。

 ならば、片っ端から探そう。この邸は、デジレにとっても庭のようなものだ。違っても、違っても、見つかるまで探せば良い。

 デジレは力強く床を蹴り、右へと全速力で駆け出した。



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