113.招待状 ★
デジレのスリーズ邸への通いは、続いた。
以前マリーと夜会に行っていた時以上に片っ端から夜会の予定を調べ上げ、連絡し、通い続けた。夜はこごえるほど寒いが、デジレの心が凍ることはなかった。
マリーは一切、見かけない。ジョゼフも以前会った夜以降、会うことはなかった。しかし、最近はマリーの侍女が出てくるようになった。
当初玄関から出てきた彼女にはじめて気付かれた時は、ちらりと見られて何も言わずに去られた。その後彼女は度々覗くようにデジレを見てきては、すぐに扉を閉めることを繰り返していた。
複雑な顔をしながら、ようやくデジレたちの傍まで湯気が立つ飲み物を持ってきたのは、最近だ。何も言わずに飲み物を差し出す侍女に、受け取って礼を述べれば、彼女は急に落ち込んで、そのまま邸に戻った。
そこから数日、来るたびに身体が温まるものを持ってきて、デジレの次にベルナールにも渡したところでデジレがいつも通りに礼を言えば、途端彼女は彼に謝ってきた。
なんのことかと戸惑っていると、疑ったと言う。もごもごと口の中で何かを言った彼女は、今デジレが来ていることをマリーに伝えることができない、ともう一度謝った。
そこまではデジレは期待していないし、下心もない。首を振って、また感謝をした。
デジレは城内の執務室の机で、ぎゅっとペンを握る。今日は残念なことにどこも夜会がなかったが、登城する前に夜会の招待状が一通届いていた。早く仕事を終わらせて、その夜会の手紙をマリーに送ろうと、デジレは気合を入れた。
「デジレ」
オーギュストが呼んだ。デジレはすぐに彼の前に控える。
「はい」
「お前、まだひたすら夜に彼女を待っているのか。体調を崩すぞ」
「大丈夫です。身体が強いのは殿下もご存知でしょう。これくらい、わけもありません」
寒いものは寒い。シトロニエ邸に帰ればすぐに暖を取る。しかし、マリーにもう一度会うとの強い思いの前では、そんなことは苦にもならなかった。
オーギュストは目を細めてデジレに微笑むと、机の上から一通の手紙を見せる。
「この招待状、届いていただろう」
オーギュストが見せた薄桃色の上品な封筒は、まさにデジレが今日見たものだった。書いてある送り主は、プリムヴェール公爵家。
「はい。ローズの家の、夜会の招待状ですね」
「私は、これに参加する」
はっきりと言うオーギュストに、デジレは珍しいと思う。とはいえ、マリーローズの家の夜会ならば、オーギュストは嫌がるどころか喜んで出席するかと思い直した。
「デジレ。お前は私に付いて来い」
「え?」
予想外のことに、デジレは一瞬固まった。
「命令、ですか」
「命令だ」
デジレのためらいがちな言葉を、オーギュストは被せるように肯定した。デジレは、顔を伏せた。
プリムヴェール家からの夜会の招待状を見たとき、これならと思った。マリーローズのところの夜会ならば、彼女と仲良くしていたマリーも行こうと思うかもしれない。もしかすると招待されているのではと、会えるかもしれないと期待が高まった。
だが、オーギュストの付き添いとなれば、当然マリーを迎えに行くことはできない。側近として、彼の傍を離れることも難しい。
「承知いたしました」
断ることはできなかった。
ふうと息をはいて、今回はまだ会う時期ではなかったのだと、自分に言い聞かせる。
「お供いたします」
デジレの返事に、オーギュストが頷く。デジレはそのまま一礼して、自分の席へと戻った。
これほど、マリーと会わないのははじめてで、自然と彼女との思い出が勝手に頭の中を占める。だが、ずっと隣で何度も見てきたはずの、彼女の桃色が混じったブルネット、まっすぐ前を向く青い瞳、滑らかで柔らかい唇さえ、どんどんおぼろげになっていく。
そんな自分の記憶力に苛立つ。本当はじっと待っていないで、今すぐに周りを振り切ってでもマリーに会いたい。
それは、今の状況では駄目だと自分を抑える。
マリーに、また手紙を出そうとデジレは考えながらペンを手に取る。
今までの送った手紙を見ているかはわからないが――おそらくジョゼフの様子から彼が握り潰しているのだろうが、プリムヴェール公爵家の夜会のことは一応送っておこう。
そもそも公爵家の夜会で会えずとも、それまでにマリーと会えればそれで良いのだ。
デジレは気を取り直して、仕事を早く片付けようと、書類に手を伸ばした。




