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騎士王国のぽんこつ姫  作者: 鰤/牙
第一部 勇ましきあの歌声
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   第56話 スニーキング・ミッション(1)

「このあとは、二手に分かれて手はず通りだ」


 扉を前にして、キャロル・サザンガルドが言う。


「最初に話した通り、この作戦は相手側に露見しないことが前提となる。いわばスニーキング・ミッションだ。行動を敵兵に感知された場合、即、無力化させること。また、時間をかけすぎた場合も作戦は失敗となる。いずれかの状況に陥ったら、即座に撤収して、後詰めの部隊に報告へ行くこと。良いな?」


 失敗することが許されない作戦ではあるが、さりとて成功するとは限らない。もっともまずいのは、作戦が成功しなかった場合、それを後続の味方に伝えられないことだ。そういった事態を防ぐために、撤収タイミングの見極めが非常に重要となる。

 要塞内部には獣魔族が確認されるほか、戦略級騎士であるコンチェルト・ノグドラを殺害、あるいは何らかの手段で無力化させた敵が存在していると思われる。前者はともかく、後者は密偵の斥候によって発見できなかった以上、推測の域は出ないのだが、いずれにせよそう言った存在が前に出てくれば、作戦の遂行には著しい支障をきたす。そういった意味では、慎重に動きすぎて敵の猶予を与えてしまうのも禁物と言えた。


「当然、分割後は細やかな連絡を取り合うことができない。互いの作戦が今どのような状況であるのか、それは要塞内の敵の様子を見て判断することだ」


 キャロルの言葉に、一同は頷く。


 パーティー分割は、ダムの奪還組がキャロル、アイカ、トリル。幽閉された騎士たちの解放組がルカ、ショウタとなる。より隠密性と速攻性が重視されるのは、ルカとショウタのチームだ。彼らが作戦を成功させれば、要塞内に混乱が発生することが予想される。その隙に乗じてダム区画の奪還を行うのがキャロル達のチームであり、状況を考えればある程度強引な進軍が許されるのだ。


 そういった理由も兼ねて、小回りに長けたベテランであるルカと、トリッキーなアシストを可能とするショウタがこちらのチームに組み込まれた。

 作戦行動の繊細さではこちらの方が圧倒的に上だ。しかしルカは当然ながら、ショウタにもおびえた様子、気後れした様子は一切見られず、落ち着き払った顔でキャロルの話を聞いていた。実際、大した胆力であると言える。


「ルカ、要塞内の構造は把握しているな?」

「ああ、任せてくれ。問題ないよ」


 ルカはいたずらっぽくウインクして笑った。こちらは気後れどころか余裕すら見られる仕草だ。


「では少年、行くとしようか」

「あ、はい」


 ルカの言葉に、ショウタは頷く。腰に吊るした金属棒を改めて確認し、準備を整える。

 この中では唯一、騎士としての訓練を受けていないのが、ショウタだ。が、キャロルとアイカの彼に対する信頼が、その実力に疑問を挟ませたりはしなかった。自らの得物を点検する仕草にも、危なげのようなものは見られない。


「ショウタ、」


 二人が扉を開けようとする直前、アイカ・ノクターンが彼に声をかけた。


「あ、はい。なんでしょう、アイカお嬢様」

「気を付けて行ってきてくださいね」


 その言葉を受けて、しばらくショウタはきょとんとしていたが、すぐに小さく微笑んでこう返した。


「ありがとうございます。〝お嬢様〟も、どうかお気をつけて」






Episode 56 『スニーキング・ミッション(1)』

FATAL PRINCESS of the KNIGHT KINGDOM



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「で、キミ、殿下のなんなの?」

「え、僕ですか?」


 潜入開始早々、無駄口を叩かれるとは思っていなかったのだろう。ショウタ少年は、いささか面喰ったようにルカを見上げた。


 ルカ・ファイアロード。さすがに、アイカの正体に気付かないほど愚鈍な騎士ではないつもりだ。無論、トリルだってそうだろう。キャロルだけが気づいていないのは驚いたが、まぁ、指揮能力と戦闘能力については疑問をはさむ余地もなかったので、特に口出しはしなかった。

 アイカ・ノクターンは姫騎士殿下だ。騎士王セプテトールの嫡女にして、グランデルドオ騎士王国における、現在唯一の正当王位継承者。アリアスフィリーゼ・レ・グランデルドオ本人に他ならない。御年19となる姫騎士殿下は、ルカより6歳ばかり年下にはなるが、彼女より早く剣聖マイスターゼンガーに師事し剣技を施された、いわば姉弟子でもある。もっとも、殿下が超絶無敵大要塞バンギランドで剣を習ったのはわずか数年の間であり、ルカが直接会って言葉を交わしたのは、昨日の王宮が初となる。


 プリンセス・アリアスフィリーゼ。相当な変わり者だと聞いている。


 本来、王位継承者たる姫騎士殿下は、王宮にて安全に過ごすべきだというのが一般的な考えだ。このような危険な任務に彼女を連れまわすのは、好ましい状況ではない。が、それはあくまで一般論であって、ルカとしては、力ある騎士の参入は歓迎する。


 問題は、こちらの少年の方だ。

 姫騎士殿下に、魔法士の少年がついているという話は何度か耳にしている。このショウタがそうなのだろうというのは、考えるまでもないことだが。


「なんだ、って聞かれると……困りますね。僕、厳密には王の臣下ってわけでもないですし」

「あ、そういうとぼけ方するんだ」


 要塞内の通路を歩く二人の姿には、おおよそ敵地に潜入したという緊張感は感じられない。むしろなんら隠れるそぶりを見せない堂々とした歩き方で、作戦の目的を果たして理解しているのかどうか、疑りたくなるほどだ。

 が、ルカはこれでも常に、各方面に緊張の糸を張っている。


「ボクから見れば、君と殿下は……おぉっと、」

「わっ……」


 曲がり角に差し掛かる直前、ルカはその片手でもってショウタを制した。


 石造りの壁にぴたりと背をつけ、角から少しだけ顔を覗かせて、先の様子をうかがう。

 見れば、通路の先には、武装した2匹の獣魔が、扉の前で見張りをしているところだった。資料で読み、何度かの交戦経験もある。コボルトだ。携えているのは、このアメパ堰堤要塞では多くの騎士が愛用している、やや短めの片刃剣。それもやや特徴的な反り方をしたものが2本である。

 一見して、立派な業物であることがわかる。おそらくは名のある伝統騎士トラディションがオーダーメイドさせたものだろう。それを、あのような得体のしれない怪物に使わせるとは。


 ルカは小さく唇を噛む。


「少年、あの獣魔族が見えるかい?」


 尋ねると、ショウタは両手を床について、ルカの下側からちょこんと顔を覗かせた。


「ああ、コボルトですね。あの扉の向こうは、なんです?」

貴族騎士ノブレスの居住区画だ。連中、見張りをしているようだが……。やはり要塞の内部は警備が手薄なんだな。他には見当たらない」

「ふんふん」


 ルカはとがった顎に手を当てて考え込む。


「なんとかして、あの2体を無視して進みたいんだが……。キミ、転移術が使えるんだっけ?」

「使えますけど、あんまり内部構造を把握してない屋内では使いたくないですね……。座標の設定に失敗すると、壁の中にめり込んじゃいますし」

「なるほど。意外と、不便なんだな」


 さすがに、そう簡単に使えるものでもないか。いや、待てよ?


「でもキミ、殿下と一緒に何度も転移を繰り返して、キノオ村まで来たんだろ? 途中で木や建物にめり込んだりしなかったの?」

「そこは、殿下がしっかりナビしてくれましたから」

「ああ、そう……。キミ達やっぱり……。いや、良いや」


 今はどのようにして先へ進むかが大事だ。

 コボルトが2体、通路はその正面からこちらに向けて、直線距離と言うのが厄介だ。奇襲が成立しない。騒ぎ立てられれば、こちらの行動が露見してしまう。


「ルカさん」

「うん?」


 ショウタがじっとコボルト達を見ながら、言った。


「あのコボルト2体の動きを封じたとして、ここから何秒で無力化できます?」

「ん……。8秒……いや、6秒かな」

「剣を使わなくても?」

「そうだね。剣を使わないなら、8秒だ」


 ルカは腰から愛剣を柄ごと外し、そっと廊下に置く。獣魔族は血の匂いに敏感だ。ショウタが言っているのはそのことだろう。その上で相手を無力化するのであれば、体術で確実に、一切の血を流させずに動きを止める必要がある。


「じゃあ、お願いします」

「わかった。8秒拘束、できるんだね」

「はい。声も出させません」


 言うや、ショウタはすっと腕を突き出し、目を閉じた。精神を集中させているようだ。

 こうして見ると、目鼻だちに派手なものはないものの、女性的であり、美少年と言って差し支えない顔のつくりだな、と思う。身体は華奢だ。騎士の国であるグランデルドオでは、男子たるものたくましくあるべきという風潮があって、彼のようなひ弱な体躯の男はあまり見かけない。貴族の生まれだろうと、戯れに剣を取ることを求められる社会だ。


 だが、一見して頼りない風体のショウタ少年に対する認識を、ルカはすぐさま改めることとなる。廊下の先で立つ2体のコボルトに、異変が生じた。その身体を硬直させ、ぴくりとも動かなくなる。

 ショウタがやったのだ、とは、すぐに理解した。理解すれば早い。ルカは勢いよく飛び出し、目測で100メーティアはあろうかという直線の廊下を、まっすぐに駆けた。


 軽量とはいえ、ルカの纏う甲冑は30カルロほどの重さがある。だが、廊下を走る彼女は、鉄の軋む音さえもたてず、すばやくコボルト達の懐に潜り込んだ。


「ふッ……!」


 まずは左の一体に肉薄し、ルカは右腕を突き出す。鱗と毛におおわれた獣魔の首筋を掴み、左手を添え、一気に首を捩じりあげる。びくん、と身体を跳ねさせたのち、獣魔は動かなくなった。

 獣魔の死体を床に放ると、続けてもう一体も、同じようにして首を折る。きっかり8秒、一切の血を流さずに、獣魔の無力化を完了する。


 角からこちらを眺めているショウタに、ことが済んだことを手で合図した。ショウタはほっとした面持ちで、こちらに歩いてくる。


「早いですね」

「まぁね」


 何の抵抗もできず、あっさりと物言わぬ死体となった2体のコボルトが、石畳の床に転がっていた。ショウタはそれを見降ろして、少し、複雑な表情を作っている。


「獣魔を殺すのに加担したことは?」

「初めてじゃないですよ。剣を持って自分で殺したのが1回、あとまぁ、まとめてドカーンと殺したのが1回……。だからまぁ、今更どうってことでもないんですが……」

「けっこう。じゃあ、人間は?」


 ルカが尋ねると、ショウタは難しい表情を作ったまま顔をあげ、そのまま左右に振った。


「ないんです。でも、今回はそうもいかないだろうなって思ってまして」

「そう。わかっているなら良いんだ」


 土壇場になって、人を殺せないと喚かれるよりはよほどいい。たまにいるのだ。特に、貴族の三男や四男などには多い。貴族騎士としての教育を受けた者は、大抵の場合において、周囲の人間をその命ごと見下す冷血漢に育つか、あるいは優しさを履き違えた甘ちゃんに育つかの二極だ。

 グランデルドオが大きな戦争に巻き込まれずに十数年経っているのも多いのだろう。ルカやトリルは、帝国の援軍として出兵した経験も持つから、任務の一環として〝敵〟を殺害することへの忌避感は、あまりないのだが。


「キミの力は見せてもらったよ。疑っていたわけではないんだが、これなら頼っても良さそうだ。これから、より警備の厚い場所へ向かうだろうからね」


 激励をかけるのは趣味ではないのだが、覚悟の確認も兼ねて、ルカは言う。


「大好きな姫騎士殿下に生きて会いたかったら、躊躇はしないこと。良いね。ボクはキミを守り切れるほど器用ではないよ」

「はい、まぁ……はい」


 生返事のようだが、彼なりにしっかり考えているのだろうから、これ以上は言わない。

 ただ、少しへそを曲げたのか、唇をとがらせているのがわかった。少しばかり、言い方が意地悪に過ぎたかな。双子の弟にもよく言われるのだ。ルカは他人の心への配慮が足りない、と。おおかた、女性らしくない、と。余計なお世話だとは思うが。


「そういえば、いつまでも少年は味気ないかな」

「良いですよ、それで」

「そう? じゃあ、先へ行こうか。少年」


 ルカがT字に分かれた通路のひとつに向かおうとしたとき、ショウタがぽつりと呼びとめた。


「あのう、ルカさん」

「ん?」


 ショウタの視線は、二体のコボルトが守っていた扉の向こう、すなわち貴族騎士の居住区画に向けられている。


「服とか奪っていった方が、良くないですか?」


 正直、こんな頼りなさそうな少年からそんな言葉が出てくるとは思わなかったので、驚いた。ルカはにやりと笑う。


「良いね。トリルやキャロルは、なかなかそういうこと言ってくれないんだ。あいつら生真面目でさ」

「奪うって言っても、アレですよ? あくまで変装というか、バレにくくするとか、そういうのですからね?」

「キミ、ボクをコソ泥かなんかだと思ってるの?」

「いえ、あんまり嬉しそうに言うので……」


 こいつ、と思った。双子の弟にもよく言われるのだ。ルカは悪さをするときいつも嬉しそうな顔をすると。


「少年は、ボクの弟に似てるね……」

「そんなに頼りない弟さんなんですか?」

「そんなことを言うところが特に似ている」


 肝の太さまでそっくりだ。あと、自分より繊細な配慮ができるところとかも。

 故郷の弟を思い出すと急に腹が立ってきて、ルカはショウタの頭を小突いた。

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