表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士王国のぽんこつ姫  作者: 鰤/牙
第一部 勇ましきあの歌声
29/91

   第27話 ゲット・グローリー

 目を覚ますと、何やら廊下が騒がしい。ショウタは眠い目をこすりベッドから這い出た。扉の方に目をやると、姫騎士殿下アイカおじょうさまが甲冑を身につけ、既に部屋の外に顔を出していた。扉の前には貴族騎士ノブレスの騎士将校が立っていて、なにやら真剣な顔で言葉を交わしている。どうやらただ事ではないらしい、と思えば、ショウタの頭も次第にはっきりしてきた。


 アイカはショウタの起床に気づいたか、将校が駆けていくやすぐに振り返り、にこやかに挨拶した。


「おはようございます、ショウタ」

「あ、はい。おはようございます」


 ショウタも丁寧に頭を下げる。


「あの、何かあったんですか?」


 ひとまず問いかけると、アイカはすぐに真剣な表情へと戻った。


「隣接する領地がオークの襲撃を受けたようです」

「あんまり穏やかな話じゃないですね」

「はい。現在駐留している将校以上の騎士は会議に呼び出されています」

「お嬢様も行くんですか?」

「はい」


 貴族騎士は爵位持ちが実質的な将校クラスの権限を持つ。子爵の娘という立場のアイカ・ノクターンまでが招集される理由はない。

 が、彼女は姫騎士プリンセスアリアスフィリーゼであり、また騎士将校の一人であるキャロル・サザンガルドと同等の戦闘能力を有する実力者でもあった。ミーティングへの出席を呼びかけられたのはそうした経緯だろう。表向きの理由付けがどうかまでは、知らないが。


「じゃあ、状況次第では、ぶっつけ本番でオーク討伐なんですねぇ」

「仕方がありません。民草を守るのが、私たち騎士の務めです」


 まぁ、予想通りの答えではある。アリアスフィリーゼ姫騎士殿下はそういう人だ。昨晩の妙に蕩けた姿からは想像もつかないが、この凛として清廉な騎士の一面も、彼女の持つ多面性のひとつではある。あるのだ。

 だが、そう語るアイカの表情は、真剣ながらどこか落ち着きがなかった。ショウタはその態度の理由わけに、なんとなく見当をつける。


「あのう、殿下」

「殿下じゃありません」

「でも、殿下」

「なんでしょう?」


 2度そう呼べば、アイカはプリンセス・アリアスフィリーゼとしてその翠玉色の瞳をショウタに向ける。


「殿下、状況が許していたら、自分一人で飛んでいっていたでしょう?」


 アリアスフィリーゼ姫騎士殿下がどういう人間かは、もうだいぶわかっているつもりだ。彼女は、村がオークの襲撃を受けたと聞いて、いてもたってもいられないはずである。例えばそう、数週間前にショウタを連れ出して、メイルオに盗賊退治に行った時のように。面倒な手順や手続き、騎士団の出動を待っているこの間にも、オークは更なる被害を出しているかもしれない。彼女の愛する国民が命を落としているかもしれない。

 そう思えば、アリアスフィリーゼはすぐにでも現地へ飛んでいきたいに違いない。だからこそ、ここでショウタがしっかり釘を刺しておく必要があった。


 昨晩のアンセムの話を思い出す。


「ダメですよ。そういうの。今は、殿下が殿下じゃないからとか、あとでまた宰相さんやアンセム将軍に怒られるからとか、そういうのじゃなくてですね?」


 身長差から、少し見上げる形になって人差し指を立てるショウタを、アイカはまっすぐと見つめ返してくる。


「殿下が一人で戦い続けても、きっといつか限界はきちゃいます。大事なのは、みんなで力を合わせることですよ? せっかく要塞線にいるんだから、それをちゃんと勉強しましょうね」

「でも、ショウタ……」


 心をすっかり見透かされているとなれば、彼女も素直な心情を吐き出そうとする。今なお、どこかで誰かが苦しんでいるのは事実なのだ。彼女はそれを我慢できない。

 だがそれでも、彼は立てた人差し指を挙げて、アイカの唇前でそれを停止させた。


「それでも今おびえている人々の苦しみには替えられないとか、命を数量で測れないとか、そういうのもわかりますけどね? 殿下一人ががんばって、それで村を助けて、それでみんな幸せかっていうとそうじゃないと思うんです。難しいですけどね」


 アイカはまだどこか、言葉を飲み込めていない表情をしている。だがしばらく、ショウタの言葉を反芻するように目を閉じ、やがて頷いた。


「わかりました、ショウタ。まだ心のどこかがウズウズしていますけれど、私が一人で無茶をすれば、ショウタが悲しむのですね?」

「んー、まぁそうです」


 それに、相手がオークと言うならキャロルの問題もある。騎士隊長ルテナントとして会議に参加するであろう彼女がどうするのか。それを確認するためにも、アイカはきちんと会議に出席するべきで、下手にはやる心のまま行動するべきではない。

 まぁショウタ自身、自分の言葉すべてに納得していたわけではない。事実、今どこかで誰かがオークに苦しめられていて、アイカが一人ですっ飛んで行って助けられるのなら、そうした方がいいかも、と思う気持ちはほんのちょっぴりあった。だが平和ボケした故郷で育ったショウタはそのあたりの想像力が非常に希薄だったし、何より、アンセムの言う通りのことが起きてしまったらイヤだし、アイカを一人で無茶させて彼女が大怪我するようなことがあったら、それが一番イヤだ。


 自分の言葉で、彼女をきちんと律せるのなら、それに越したことはない。


「というわけで、お嬢様はきちんと会議に出席して、作戦通りに、オークを討伐なさってきてください」


 ぴしっ、と慣れない騎行敬礼で彼女を見送る形に入る。


「ショウタは一緒に来てくれないのですか?」

「ご命令とあらば随伴します。ご命令がなくともまぁ、たぶん、ついていきます」


 アイカが寂しそうな顔をするので、そのように答える。オークという凶悪な生き物を見たことはないし、正直、話を聞く限りは好奇心よりかかわり合いになりたくない気持ちのほうが強いが、それでもアイカが行くというのなら、ついていく。騎士王陛下の言いつけでもあるし、おそらく言いつけがなくてもそうする。


「ではショウタ、私は行ってきます。出撃がいつになるかはわかりませんから、朝ごはんはきちんと摂っておくように。いいですね?」

「はい。いってらっしゃーい」


 ぴっ、とキレのいい騎行敬礼を返し、背中を向けるアイカを、ショウタは手を振って見送った。





 要塞線の中心部に存在する巨大な会議室に、数多くの将校が集められる。アイカは実際のところ、こうした場に足を踏み入れる経験も、初めてではない。彼女がプリンセス・アリアスフィリーゼとして王宮の政務に従事する際、貴族議会に顔をのぞかせることもしばしばであった。

 どうやら席の指定はないらしく、多くの将校たちは思い思いの場に座っている。貴族騎士ノブレスは貴族騎士、伝統騎士トラディションは伝統騎士。まぁ、当然の組み合わせだ。割合としては伝統騎士の将校の方が圧倒的に多く、貴族騎士は全員合わせてもその3割程度に過ぎない。


 ここに招集されている貴族騎士は、すべてが爵位階級を持つ。伯爵、侯爵クラスともなれば、アイカの正体を知らされているわけで、会議室に姿を見せた彼女には、彼らから複雑な視線が寄せられた。

 アリアスフィリーゼ・レ・グランデルドオはその常日頃の行いや、典型的な伝統騎士であるゼンガー・クレセドランに師事した経緯から、貴族騎士のウケが悪い。その彼女が貴族騎士として要塞線を訪れ、伝統騎士であるキャロルと剣を交え、事情を知らない貴族騎士達から賞賛を浴びていたのだから、事情を知る伯爵、侯爵達からすれば、まぁ確かに複雑であろう。


「ディム・アイカ、昨日の武勇、伺いましたよ」

「結構なお手前のようです。羨ましい限りですな」


 男爵や子爵たちは、貧乏子爵の三女でありながら、騎士隊長ルテナントキャロルと互角に張り合うアイカに興味を示し、近くの席を勧めてくる。が、彼女は丁寧にそれを断った。

 伯爵や侯爵達も、その人柄や思想はともかくとして、姫騎士殿下という重要な政治的人物と接触する機会ではある。こうした場を利用してなんとか懇意になろうと同じように声をかけてきたが、やはりアイカはそれを断った。


 アイカは周囲を見渡し、ようやく、目当ての人物を見つける。


「キャロル!」


 呼びかけると、鳶色の髪をひと房にまとめた女騎士が振り返った。


「アイカか」

「お隣、構いませんか?」

「ん、私は構わないが……」


 キャロル・サザンンガルドは、自分の周囲に腰掛ける他の騎士たちの反応を見る。

 騎士将軍アンセムの娘であり、伝統騎士の中でも指折りの実力を持つキャロルだ。やはりというか、彼女の周囲に群がるのは伝統騎士の将校たちである。彼らは、やおら近寄ってきた貴族騎士の存在に顔をしかめたが、それを口に出したりはしない。


 あるいは、この対立構造自体が、非常にみっともないものであるという自覚はあるのだろうか。キャロルが許可をした以上、アイカの存在にそれ以上口出しをしてくることはなかった。


「しかし、お前の方こそ構わないのか?」


 キャロルは眉にシワを寄せながら、隣に腰を下ろした(実は空気椅子)アイカに尋ねる。


「何がですか?」

「お前の家はその……、そんなに裕福ではない、と、聞いた……。メイルオは今はリコール参謀の領地だし、要塞線から離れているから、さほど気にするものではないのかもしれないが……」


 キャロルは口ごもる。ああ、と、アイカは納得した。にこりと微笑んで、いわく、


「ご心配、ありがとうございます」


 この場で、伝統騎士の有力者であるキャロルと懇意にすることで、アイカが貴族社会から爪弾きにされることを懸念しているらしい。事実、アイカの正体を知らない男爵や子爵達の多くは、その表情に嫌悪感を顕にしていた。その色合いは、こちらに腰掛ける伝統騎士達以上に露骨なものだ。


「ですが、せっかく剣を交えたのです。共に座るくらいは、よろしいでしょう?」

「仲良しごっこをやる場ではないんだがな」

「それは存じ上げております。ですが、こうした場で立場にこだわるのも、バカバカしい話だと思いますし」


 つい本音が口をついて出る。周囲の将校たちや、キャロルも少しばかり苦い顔をして目をそらした。

 その時である。


「それはまったく、同意申し上げる」


 後ろから、やや高めの男の声が、歌い上げるような調子で聞こえた。キャロルが、そらした顔を尚更歪め、バッと振り向く。アイカもそれにならい後ろを見た。


「ディム・アイカ。私も貴公のお隣、よろしいかな?」

「ええ、あの。私は構いません。サー・マーキス・ヨーデル・ハイゼンベルグ」


 妙にうねりのある金髪(この髪型をショウタの故郷では海藻になぞらえた呼び方をするらしいが、騎士王国に海はないのでわからなかった)を、人差し指でくるくるといじりながら立っているのは、侯爵マーキスにして百騎士長メイジャーの騎士階級を持つ貴族騎士、ヨーデル・ハイゼンベルグだ。

 侯爵であるからには、彼はアイカの正体を知っている。何度か王宮で見かけたような記憶はあるが、直接言葉を交わすのはこれが初めてだ。建前上、ヨーデルが上の立場であるような話しかけ方ではあるが、アイカ本来の立場を気遣った、丁寧な口ぶりであった。


 露骨にイヤな顔をして見せるのはキャロルである。周囲の伝統騎士達も然りであった。彼女が何か口を開く前に、ヨーデルは白々しい声でこのように言ってのける。


「これから話し合われるのは立場を超えた、我が騎士王国全体に降りかかる危機のことであって、当然、立場を超えた協力をするべきだ。まぁ、私は伝統騎士の野蛮人どもは嫌いだがね」

「私だって貴様のような髪の脂ぎった頭でっかちは大嫌いだ!」


 がたっ、と椅子を蹴立てるようにして、キャロルが立ち上がる。こうなると、さすがのアイカもちょっぴり慌てた。


「ま、まぁまぁキャロル」

「くっ……」


 剣友に諫められては、といったところか。キャロルは顔を真っ赤にしながらも席に着く。


「アイカに感謝するんだな。サー・メイジャー・ヨーデル! 貴様の顔など見たくもないところだ」

「ほら、ディム・アイカ。伝統騎士とはこうした感情的なところがある。上官に対しこのような言葉遣いをするところも、私は好きになれんな」


 ヨーデル・ハイゼンベルグは、その整った顔に嘲笑すら浮かべながら、背もたれに身体を預けた。


「力のあるものが常に前に立とうとする伝統騎士の姿勢は、どうも理解できんよ。強いだけのものに人が付き従うと思うのかね?」

「貴様らのような、小賢しいだけの臆病者になら従うと?」

「そうとも。人々を導けるのは強いものではなく弱いものではないかと思わないか。純然たる力に対して人々が抱く感情は、憧憬ではない。畏怖だよ。言ってしまえば貴公らは、あのオークと大して変わらん」

「私たちを侮辱しているのか!?」

「客観的に真実を述べているつもりだが」

「ここが会議の場でなければ、貴様を殴り倒している……!」


 喧嘩なら、もっと別の場所でやってはもらえないだろうか。いや、目の届かないところでいざこざを深められると困るから、これでいいのか。ヨーデルとキャロルの応酬は、そのように考えるアイカをはさんで行われていた。彼女はすっかり苦笑いだ。


 さて、ヨーデル・ハイゼンベルグである。要塞線内において、侯爵とは貴族騎士の中では最高の爵位となる。ゆえに、彼のシンパはそこそこ多い。ハイゼンベルグ侯爵の取り巻き将校、すなわち多くの男爵や子爵達が、ぞろぞろと彼の周囲に集まる。

 結果として、アイカ・ノクターンをはさんで、貴族騎士と伝統騎士が固まって座るという、王国内では非常に珍しい光景が完成した。これでにこやかに手を取り合ってくれればアイカとしても万々歳なのだが、取り巻く空気は険悪だ。


「諸君、待たせたな」


 そうこうしている内に、サー・ジェネラル・アンセム・サザンガルドが、補佐の騎士を連れて姿を見せる。アイカはホッとした。正直、この鷲鼻の巨漢の登場に、これほどまでの癒しを感じる時が来るとは、生まれて以来思ってもみなかった。


「起立!」


 補佐の、おそらく装いからして伯爵クラスの貴族騎士と思われる女将校が、声を張り上げる。一同が、がたがたと立ち上がった。


「礼ッ!」


 ぴしり、と一同が騎行敬礼を見せる。このあたりは、貴族騎士も伝統騎士も同様だ。ちらり、と、ヨーデル・ハイゼンベルグ侯爵の緊張した表情が垣間見えた。視線はまっすぐ、アンセムに注がれている。どうやら、立場を超えた正しい意味での畏怖を、あの騎士将軍は集めているらしい。


「結構、諸君。楽にしたまえ」


 騎士将軍アンセムは、会議室全体にもよく通る声でそう言った。一同は席に着く。


「既に多くのものは聞いていると思うが、近隣領地の村々を獣魔族が襲ったという情報が今朝入った。領内の騎士団では対応が追いつかない状況だ。また、この中には〝袈裟懸けスラントライン〟と思しき個体の目撃情報もある」


 かた、と、キャロルが小さく音を立てたのを、アイカは聞いた。ちらりとみると、彼女は片手で片手を、正確にはその震えを押さえ込んでいる。鎧が音を立てないよう、懸命な様子だ。アイカの心配そうな表情に気づいたか、キャロルは小さく『大丈夫だ』と言った。

 補佐の女伯爵が、騎士将軍の背後にあるボードに地図を貼り付ける。騎士王国西側の拡大地図であるそれには、マーリヴァーナ要塞線を始め、要塞線領と隣接するいくつかの領地が書き込まれていた。


 伯爵は、その地図の各場所に、旗印のついたピンを突き刺していく。


「現在、シロフォンがピンを立てたのが、襲撃されたという情報のあったところだ。ほぼすべてが昨晩の未明から今朝にかけて。現地の騎士団が駆けつけ、一部は村民の救出に成功しているが、村自体は陥落、また多くの場合、駆けつけた時点で既に手遅れとなっている」


 ピンの数は10以上にも及ぶ。会議室の中に動揺の声が立ち込めた。アンセムは構わずに続ける。


「情報がかなり錯綜しており、これらの襲撃情報にも信頼性がない。が、我々はこの村を襲った獣魔たちががすべて実在するものとして対応にあたる。ここまでの時点で何か質問は」


 アンセムがぐるりと周囲を見渡すが、特に声は上がらない。


「結構。サー・メイジャー・ヨーデル!」

「は、はッ!」


 突如名前を呼ばれ、やや上ずった声でヨーデルが立ち上がる。先ほどまでの嫌味ったらしい笑顔は、アンセムの威厳を前に吹き飛んでいた。が、伝統騎士の誰もが、それを笑ったりはしない。


「貴公の意見を伺おう。これらの獣魔の今後の移動経路だ。なお、ピンについている旗の色は、それぞれ緑がオーク、青がゴブリン、黄がコボルト。そして一本だけある赤がオウガを示している」

「オウガも出現したのですか……?」

「国内では根絶したはずだが、今回発見された。喜ばしくはないな」

「ふむ……」


 意見を振られ、ヨーデルは考え込む。どうやら彼は獣魔族の生態にそうとう明るいらしい。


「ちなみに、その黒のラインが入った緑のピンは、袈裟懸けと見てよろしいですか? 複数、刺さっているようですが……」

「うむ。袈裟懸けと思しき個体は、昨晩から今日の早朝にかけて既に複数の村を壊滅させている。一番最後に目撃されたのは、このゴンドワナ侯爵領南西の小さな農村だ」


 ヨーデルは難しい顔をしながら、前に出た。腕組みをし、片手でくせっ毛をいじり、地図とにらめっこをする。


「これほどまでに獣魔族の群れが同時出現するとは、あまり現実的ではありませんな」

「だが、先程も言ったとおりだ」

「はい。ジェネラルのおっしゃった通り、すべての情報が真実として考えましょう。サンダルフォン伯爵、別のピンをもらえるかね」


 ヨーデルの言葉に、補佐の女騎士が頷き数本のピンを手渡す。ヨーデルは地図を眺め、新たなピンを突き刺していく。ピンは、襲われた村の内外に点在する形で、数本ばかりが立てられた。


「獣魔どもの巣があるのではと目されていた地点です。本来、このように密集することは、縄張りの関係上考えられませんが、こうして複数の村が同時に襲われている以上、事実だったと考えるべきでしょう」

「すると、マーキス。これらの巣に向かうのが妥当なのでしょうか?」


 補佐を務める女騎士の言葉に、ヨーデルは肩をすくめて見せた。


「通常であればね。連中は大抵、村を襲い、食料等々を確保してからは巣に引き上げる。が、今回はそうはならないでしょう」


 含みのあるヨーデルの物言いである。それを聞き、キャロルがぼそりと呟いた。


「血の匂いか……」

「そう、血の匂いは獣魔を呼ぶ。これほど密集した地域で、村ひとつを壊滅せしめるほどの大量虐殺が同時に発生しているのであれば、連中は巣に戻らず、その匂いにあてられてこの狭い地域の中をぐるぐると移動し続けるはずです。血の匂いが乾くまでね」


 淡々と語るサー・マーキス・ヨーデル・ハイゼンベルグの言葉。会議室には、陰鬱なムードが漂った。多くの騎士が顔をしかめているのは、その嫌悪感の為だろう。おおよそ、理解しがたい、〝血に惹かれる〟という獣魔族の特性が、さらに理解の範疇を逸脱した醜悪なサイクルを生み出している。


「こんなところですな、ジェネラル。連中にも縄張り意識はある。おそらく、途中で同種同士が鉢合わせれば抗争に発展するでしょうが、そこを利用するかどうかはお任せします」

「結構。席に戻れ」


 アンセムに命じられ、ヨーデルは会釈をして戻る。


「ヨーデルの言葉通り、現状、獣魔どもはおそらくこの円状の範囲を出て行動することはないと思われる。このうちに、連中を叩かねばならない。貴公らはすぐさま部隊を編成し、これらの対処にあたって欲しい。作戦の総指揮官はディム・カーネル・シロフォン・サンダルフォン」

「はっ」


 補佐にあたっていた女騎士将校が声を張り上げる。彼女は爵位こそ伯爵カウンテスとヨーデルより下になるが、騎士階級は千騎士長カーネルとなるらしい。そこそこ難しい立場にあるようで、貴族騎士達からも必ずしも歓迎の視線を向けられてはいなかった。


「現場での指揮は貴公とヨーデルに任せる。そして、ディム・ルテナント・キャロル・サザンガルド!」

「は、はっ!」


 キャロルはピンと緊張の糸が張った声をあげ、立ち上がる。


「予定より1日早いが、袈裟懸けの目撃情報があり、またいくつかの村が犠牲になった以上、討伐を急がねばならん。討伐隊の編成は済んでいるか?」

「はっ! 完了しております!」

「結構。では百騎士長以上の将校とルテナント・キャロルはこの場に残り、厳密な作戦会議を行う。それ以外の将校はそれぞれの直属下の騎士に内容を通達の上、出撃準備を整えたまま待機!」

「あ、あの、サー・ジェネラル・アンセム?」


 アイカはおずおずと手を挙げる。その場の視線が、一斉に彼女へ突き刺さった。いささか、居心地が悪い。


「私は、どうすればいいでしょう」

「ふむ」


 アイカ・ノクターンは形式上会議ミーティングには参加したが、実際のところ話し合うようなことは何もなかった。ほぼ状況説明を受けただけだ。もちろん、実情がだいぶ掴めただけでもありがたいことではあるのだが、要塞線の騎士ではないアイカは命令系統には組み込まれていない。

 で、あれば、と、アイカは口にした。


「もしよろしければ、ディム・キャロルの討伐隊に……」

「それは認められん」


 アンセムはぴしゃりと言う。

 周囲には、アイカの提案に対する遅れたざわめきがやってきた。キャロルも目を丸くして彼女を見ている。

 オークに対する恐怖心を払拭できていないキャロルに討伐隊を任せることは、アイカも非常に不安であった。せめて自分が、そばで彼女の助けになれば、と思っての名乗り出ではあったが、結局アンセムには却下される。


「貴公の実力は重々承知の上だが、獣魔族との討伐経験が浅い貴公を袈裟懸け退治には向かわせられない。無論、ぶっつけ本番とはなるが、獣魔族退治の初歩を知ってもらうべく、貴公にも参加はしてもらう」


 方便だ。

 侯爵や伯爵などが多くいるこの場で、プリンセス・アリアスフィリーゼの袈裟懸け退治を認めることは、さすがのアンセム・サザンガルドとは難しい。騎士将軍という立場上、いかに実力があろうとも、彼はアイカに必要以上の危険を負わせることはできないのだ。


「しかし……」

「くどい」


 アイカの申し出を、アンセムは受け付けない。立ち上がろうとする彼女の甲冑を掴む手があり、思わず振り向いた。キャロル・サザンガルドは小さく首を横に振っている。彼女の金色の瞳は『いいんだ』と言っていた。

 何がいいものか、と思ったが、キャロル自身にそうした態度をとられては、アイカも引っ込まざるを得ない。忸怩たる思いで、彼女は唇を噛んだ。


「ディム・アイカの命令系統はヨーデルの下、階級は騎士隊長相当だが、貴公は小隊長チーフ以下の騎士に対して命令権を持たないものとする。ワガハイからは、以上だ!」


 その場の騎士将校たちはバッと立ち上がり、騎行敬礼を行う。サー・ジェネラル・アンセム・サザンガルドは、胸を張り、一同を見回す。

 そして、騎士団の慣例にならい、ミーティングの最後に告げるべき言葉を、鋭く低い、よく通る声でこう告げた。


貴公らの勝利を祈るゲット・グローリー


 その言葉を受けて、将校たちは弾けるようにして各々の行動に移った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ