第8話 死霊魔導師は驚愕する。
「単刀直入に言おう。昨日聞いたのだが、ネクロウ、小回復を使えるそうだな」
顔までデカイ。首元の拳大はある怪しく光る宝石が小さく見えるほどデカくパンパンだ。
意識を持っていかれて返答を忘れていたため慌てて返す。
「あ、はい」
何を言われるのかと身構えたが、特に警戒は必要なさそうだ。
小回復の有無を聞いてきたと言うことは従者の打診が濃厚か。
王族の従者に選ばれる者の中でも回復系と結界系を持つ者は外せない。
「事実だとは聞いていたが、実際に見せてもらえるか?」
そう言って差し出された人差し指の先をよく見ると、逆剥けができていた。
少しひび割れも見える。
これを治せばいいのだろう。逆剥けやひび割れなら治せる自信はある。
うちの団長さんの骨折は無理だったが打ち身は治せたし大丈夫だろう
「ここ、ですね。いきますよ。……小回復」
逆剥けとひび割れに手をかざしスキルを発動させる。
淡い光が指先に吸い込まれ、時間を巻き戻したように一瞬で逆剥けがキレイに治り、ひび割れも隙間が無くなるようくっついた。
「おお! これはまことに回復魔法だ!」
ソファーのクッションです弾みながらパンパンと膝を叩き喜んだと思った次の瞬間、今度は広げたまま両方の手の甲を差し出してくる。
先ほど治療した右手の人差し指以外の指先に逆剥け、指先を含む手の甲にまでひび割れがあった。
……栄養バランスが崩れてるんだろうな。
ん? あれ……右手の人差し指に違和感が……なんだろうか……。
『主の小回復すごいっすね、こりゃ女性に使ったらモテモテっすよ』
『ふむ。怪我に肌の荒れどころか肌質まで治療してしまうとは、流石主よな』
『前代未聞、凄すぎる』
肌質まで治していたのか。そう言われれば他の指より決めが細かくなっている。
肥っていてパンパンだから分かりにくいけど、コレ、普通の人にやれば劇的に変わったのが分かるだろうな。
「では参ります。小回復っ!」
手の甲全体を包み込むように意識してスキルを発動させた。
「……シュヴェールト辺境伯よ、ネクロウの小回復は唯一無二かもしれん」
治療のあと、王子殿下も肌質改善に気がついたのか、サワサワと手を撫で付けながら、手と俺の顔を何度も行ったり来たり。
呟くようにそう言ったと思えば真剣な顔を向けてきた。
「ネクロウよ、解毒は使えるのか?」
「解毒、ですか」
解毒は無いが小解毒はレベル10で覚えたから使えないわけではない。
一度も試していないから、小の解毒がどこまで有効か判断できない。
「解毒、小解毒のスキルは使えると思うのですが、まだ使用したこともないので、どこまで解毒できるかは分からず、やってみないことには、ですね」
「ほう。使えるか。シュヴェールト辺境伯よ、しばしネクロウと二人にしてもらえぬか護衛も含めてだ」
「ネクロウと二人に、でしょうか、それは……」
「なりませんヘルトヴァイゼ殿下! 護衛が席を外すなどもっての他でございます!」
当然の反応だよな。俺の身分や素性は分かっているが、初対面でもある者と二人きりは無い。
「黙れ。我が良いと言っている。扉の前で護衛すれば良かろう。シュヴェールト辺境伯、良いか?」
再度父様に問いかけ、頷くしかない父様。
「承知いたしました。ここの入口はその扉のみ、ネクロウがヘルトヴァイゼ殿下に害をなすことなど無いと信じております」
「すまないなシュヴェールト辺境伯よ。さあネクロウと二人だけにさせてもらおう」
王子殿下は自分の二人の護衛たちに向けて指を指し、スーッとそこから扉に向けて移動させた。
「ヘルトヴァイゼ殿下……はっ。扉前での護衛に移ります」
うなだれ、悲しげな鎧が擦れる音を立てながら出ていく護衛たち。
「ではヘルトヴァイゼ殿下。私も扉前でお待ちしておりますので、ご用があればお呼びしてください」
父様も待つのか。二人きりで何をさせるのかわからないけど、早めに終われるように頑張ろう。
父様が部屋を出たあと、ゆっくりと扉がしまっていく。
中の様子を少しでも長く見張ろうとする護衛の視線が消えたと同時にカチャと音を立て、扉がしまった。
「これで二人きりだ。ネクロウ。これから見ること、頼むことは誰に対しても口外禁止だ。もちろん文字にすることも、魔道具で声を、映像を残すことも禁止だ」
ギシッとソファーを軋め半身俺の方を向いた王子殿下。
顔の前にキレイになった人差し指を立て、先ほどまでのニコニコ顔から一変、真剣な表情だ。
「は、はい。この後のことは秘密にします」
ぐいっと寄せられた顔圧に負け約束をかわす。
「まずは部屋の声が外に聞こえなくすると共に、部屋に入れぬよう結界を張るとしよう。密室結界!」
そう言ったと思った次の瞬間、床と天井に淡く光る魔法陣が現れた。
『密室の結界、中々強力』
凄い。外の音がまったく聞こえない。さっきまでは扉の向こうの音が微かに聞こえていたのにだ。
『これは前言を撤回せねばならぬか。魔法職で有り、結界魔法が使えるとなれば王の資質はあるだろう』
そうだね、護衛が護り、自身も結界で攻撃を防げるなら言うことはない。
『やるっすね。でもちょっと隙間があるっすから完璧じゃないっすね。よっと。塞いでおいたっす』
……せっかく褒められていたのにジェイミーに駄目出しされた。
でもちゃんとフォローしたようだし、良いことにしよう。
「ふう。少し魔法陣に干渉された気もするが気のせいか?」
あ、ジェイミーのフォローにも気づきかけてるなんて魔法、凄く得意なんだろうな。
「解毒を我にかけてもらいたいのだが、驚くでないぞ」
「え、は、はい」
王子殿下は首元の宝石をおもむろに外しテーブルの上へ無造作に放り投げた。
「んっ、くぅ。久々の解除がこれほど苦しいとは」
「王子殿下! だ、大丈夫ですか!」
胸をかきむしるように銀糸の刺繍が施されたシャツを握りしめ呻き、額からは脂汗が滲み出てきている。
「結界を解いてください王子殿下! 治療できる者を呼びます!」
「待て、もうすぐ終わる、さ、支えていてくれ……」
ソファーから落ちそうになっている王子殿下の下に体ごともぐり込ませ、持ち上げる。
思ったより軽くソファーの背もたれに背を付けることができた。
「いやいや嘘だろ……」
『なんと、これは……』
『信じられないっす』
『これは、予想外』
ソファーの背もたれに身を預け、脂汗を流す、セレスと同じくらいの体型で、金髪碧眼の美少女がニヤリと笑った。
「ネクロウ。この事は父上と母上に乳母、後、ごく一部、身のまわりの世話をするものしか知らぬことだ」
「え、あ、はい……ええぇ……口が裂けても口外いたしません……王女……殿下」
「それでよい。では解毒を頼む」
俺はとんでもない秘密を無理矢理共有されたようです。
さらっと流すように解毒を促しブカブカになったシャツを脱ぎだした。
「ちょーっとまったー!」
これは絶対目にしちゃヤバいやつだから!
無情にも目を閉じる前に銀糸の刺繍が施されたシャツはスルリと肩を過ぎ、腰で止まった。
「あっ……しもうた……ネクロウ。見たな」
ネクロウ・フォン・シュヴェールト、年貢の納め時のようです。
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