第20話 死霊魔道師はやっちゃいました。
メイド長の怪我を小回復で治したあと、呼ばれたという応接室に向かう。
少し腫れていたから心配したけど頬の骨は幸い折れてはいなかった。
もし骨折していたなら父様に呼ばれていたとしても、回復魔法の得意な母様のところに行っていただろう。
何度も小回復を繰り返し、小さな傷一つ残すもんかと頑張った。
そのお陰かもうすぐ三十にさしかかるというのに十代でも通じるような肌艶になったのにはその場にいたみんなが息を飲んだほどだ。
少々応接室に向かう時間が遅くなったが問題ないだろう。
それと、最後まで一緒に行くと言っていたセレスには悪いけど、今回呼ばれているのは俺とヘルヴィだ。
俺の部屋で待つよう言い聞かせ、納得しない表情だったが我慢してもらった。
ティウス公爵家の者に手を出すにしても、セレスだと駄目だ。
貴族の子息である俺でも格上の貴族に手を出せばただではすまないだろうからな。
メイド長のピンと伸びた背を眺めつつあとに続く。
ヘルヴィの護衛は二人、当然ついてきているが、あの態度の悪い騎士もいる。
最近は特にその傾向が強く感じる時があり、見違いでなく、ヘルヴィに対しても見下したような目を向けていた。
ヘルヴィに相談もしたんだが、『可能性は可能性だ、真実がわかるまで無もしない』と、放置を決めている。
メイド長が受けた暴行で、つい暴走しそうだった俺が踏みとどまったのは、ある意味その騎士がいたからだ。
これから何が起こるか分からないところに不安の種がもう一つ増えたお陰か、少し冷静になった。
そうでなければ応接室に入ってすぐに、暴行した騎士をどうにかしていただろう。
「っ! ……しかし、我を呼び出すとは何様のつもりだ」
ヘルヴィはこっちを見て何か驚いたようだが言葉を続ける。
「そう、だよね、公爵本人が来ていたとしても、ヘルヴィ殿下のところに伺いをたてて、向こうから来るべきだよな」
まだ、胸の奥のざわめきは治まらないが落ち着いて返事はできたと思う。
「そうなのだ。ティウス公爵だとしても、二代前の王の流れを組む家柄で、王位継承権も一応あるにはあるが……」
「継承権はヘルヴィ殿下より下ってことか」
「その通りだ。それにな、第四王子といえど、すでに公爵位を持ち、領地も小さいながら持っている」
「え? そうなの?」
思ってもみなかった告白にちょっと変な声が出てしまった。
「なんだ、知らなかったのか? あまり広めてはいないが、一応シュヴェールトの隣、グラント領を管理しているんだぞ」
グラント領、ただの国有の領地だとばかり思っていた。
「そうだネクロウ、グラント領にもいくつかダンジョンがあるのだが、セレスも入れて三人で行ってみないか? 楽しそうだろ?」
「グラント領のダンジョンか」
確か湖のダンジョンが鉱石や貴金属を落とすように、肉を落とすダンジョンがあったはずだ。
言われてみれば、その肉をみんなで食べたりすれば楽しそうだな。
肉なら、バーベキューか……いいな。
「くくっ、いいぞネクロウ、いつもの顔に戻ったようだな」
「あ……」
「ネクロウは先程までオーガのような顔をしていたからな。あのような顔で客に会えば喧嘩どころの騒ぎじゃなかったぞ」
そうか、突然ダンジョンの話とか、ちょっとおかしいなとは思っていたが、ヘルヴィがこんな話を振ってくる理由がわかった。
思い返せば俺はメイド長のことで怒りを全面に出していたことがわかる。
唇を噛んでいたのか、痛みに手を持っていくと血が滲んでいたほどに。
ダンジョンのことを考えて落ち着くとか、我ながら変わってるな。
そんな考えに笑顔を思い出し、肩の力も抜けたようだ。
「ふぅ。ヘルヴィ、殿下、ありがとうございます。落ち着いてるつもりだったけど、まだまだ暴走一歩手前でした」
素直に感謝を伝える。
するとヘルヴィはほんのり頬を染めプイッと顔をそらしてしまった。
今は肥った大男の姿だから似合ってないが、照れてしまったようだ。
噛み切った唇を小回復で治療し、ハンカチで口もとを拭うと結構な量の血が出ていた。
怒りで痛みが麻痺するなんて知らなかったよ。
その後会話は無くても怒りが再燃すること無く応接室に到着。
見覚えの無い鎧の騎士が二人、扉の前に立っていた。
初めてあった時のヘルヴィの護衛とは違い、しっかりといつでも戦闘状態に入れるよう構えている。
「メイド、ヘルトヴァイゼ殿下と、その子供がネクロウか?」
『主のことを呼び捨てにするとは何事か!』
『ヤっていいっすか? 主、ヤっちゃうっすよ、いいっすよね?』
『待て! 大丈夫だ!』
大丈夫、ヘルヴィが一歩前に進んだからだ。
「キサマら! 我がシュテルネ王国第四王子、ヘルトヴァイゼ・フォン・シュテルネと知り、我の前でなぜ剣に手を掛けている!」
俺と話をしていた声色から数段低くなった声で騎士を怒鳴り付けた。
そして後ろを振り向き、護衛騎士たちに向かって口を開いた。
「第四王子ヘルトヴァイゼ・フォン・シュテルネとして命ずる! 抜剣を許可する! ただちにこの者たちを捕らえよ!」
「はっ!」
「えっ、いや、それは――」
「な、何っ! 正気か!」
一人の護衛はすぐに返事をし、躊躇無く腰の剣を抜き払い、扉前で狼狽える騎士に詰め寄る。
が、もう一人の護衛騎士、見下してきていたヤツは返事すらまともにせず、その場でオロオロとするのみだ。
「アイツは駄目だ! ヘルヴィ、俺にも命を!」
「ネクロウ! 命を下す! その礼儀知らずどもを捕らえよ!」
剣は無いが、これで心置きなくぶっ飛ばせる!
「はっ!」
返事と同時に床を蹴り、前に出ると共に俺も念話を送る。
『デバン、ジェイミーはヘルヴィとメイド長を見てて!』
『任せよ!』
『ういっす!』
間髪入れずに返事が来た。それに加えてヘルヴィが『物理結界!』とゴブリン戦で使った結界を張ったようだ。
飛び出した護衛騎士は俺を呼び捨てにした騎士に詰め寄り、剣を抜こうとした手を切りつけた。
「ぐあっ!」
「お、おい! 何をする!」
もう一人の騎士が助けようと俺から目を離し、剣へ手を伸ばす。
「お前の相手は俺だ! はっ!」
剣を抜く構えだからか、がら空きになった右脇腹に、走り込んだ勢いのまま思い切り蹴りを入れた。
「ぐぼっ――」
吹き飛んだ騎士が応接室の扉にぶち当たり、バタンと勢いよく扉が開いてしまった。
開いた扉の向こう、驚く父様と見たことの無い白髪の男、そして騎士が二人見えた。
あ……やっちゃった、か?
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