第2話 死霊魔導師は剣で戦います。
職業を授かり前世を思い出し、息の詰まる抱擁で締めくくられた翌日は、父様不在のため報告は先送りになった。
「ネクロウ様、寝てなくていいの?」
セレスは敬語練習中だが、俺と二人きりの時は普通でいいとメイド長の許可ももらっている。
だって遊び相手なのに敬語じゃ、ねぇ。
「うん、もうなんともないからな」
母様と兄様たち、セレスも一緒に朝食を終えた俺たちは暇を持て余している。
母様監修で双子である兄様たちは学園入学に向けて勉強だそうだ。
相談しながら部屋に向かう廊下をセレスと並び歩く。
「じゃあ……森に罠を見に行く?」
ぴょこんと一歩前に飛び出して、俺の方を向き直り提案を出すセレス。
スカートの前をつまんで歩いていたが、後ろへつまむ手を変え、器用に後ろ向きで進んでいくから転けないか心配だ。
実際よく転げてるしな……。
いつでも助け手を出せるようにしておきながら話題の森の事へ考えを広げる。
「罠、か……」
ホーンラビットとワイルドボアを捕獲するためのものだ。
モンスターだが、その肉は家畜に負けず美味い。
朝食を食べたところだと言うのに、口の中がジューシーな肉汁を求めだした。
朝食は魚だったのも原因かもしれない。
「そうだな、森、行くか」
「うん。じゃあ着替えなきゃだね」
そう言ってくるりとスカートが広がる様に一回転すると、ふわりと甘いセレスの香りが広がった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
装備を整えた俺とセレスは森に入り、炭焼き小屋を横目に奥へ進んでいく。
罠は五ヶ所仕掛けてあり、まずは遠くの罠に向かっている途中だ。
「あ! キノコだよ!」
セレスの指差す先のキノコは毒々しい赤と黒の縞模様だ。
「収穫していこう」
倒木や切り株に生え、その見た目に反して香りよし、味よし、歯ごたえよしのキノコだ。
大きく笠の広がったものだけを選び摘み取っていく。
伐採跡だからか、そこかしこから生えている……場所を使用人たちに教えておけばしばらく美味しいキノコが食えるな。
ある程度の採取を終え、罠に向けて移動を再開した。
小一時間で罠までたどり着いたんだがエサだけ失くなっていた。おそらくビッグラットに食われたのだろう。
ヤツの肉は硬く臭いから好きではない。が、好んで食べる者も多い。
癖のあるものってハマると抜け出せないと聞くけど俺は遠慮しておこう。
当然罠にかかっていれば持って帰るんだがビッグラットは器用でエサだけを持っていくことが多い。
「ビッグラットが出たなら今日は駄目かもな」
「諦めるのは早いよ、仕掛け直して次に行こ」
罠に仕掛けたエサを新しいものに変え、次の罠へ移動する。
二つ目の罠に近づくと様子が変だ。
鳥の声が全く失くなった……ヤバい雰囲気だな。これは罠を見ずに帰った方がいい気がする。
「セレス、帰――」
声をかけたタイミングで獣道に草をかき分けゴブリンが顔を出す。
「セレス俺の後ろへ!」
「うん!」
俺たちを見つけたゴブリンの顔が醜く歪み、獣道に完全に出てきた。
『ギャギャギャギャッ!』
身長も同じ程度の子供だとわかり笑っているかのようだ。
濁った緑色の肌に腰ミノだけを身に付け、手には太めの木の枝とはいえ武器持ちだ。
……突然の事で驚いたけど、思ったより威圧は感じない。
そのお陰か、これでもかと固まっていた肩の力がいい感じで抜けた。
そう、剣の鍛練で相手をしてくれる父様に比べ迫力は半分以下だ。
なに自分の子にゴブリン以上の殺気や威圧をぶつけてるんだよ!
と、少し言いたいこともあるけど、この状況では感謝しかない。
それに今はなんとしてでも守りたいセレスもいる。
リラックスしながらもよい緊張感の中、腰のショートソードを鞘から抜き放ちつつゴブリンの視線からセレスを守るように前に出た。
「ネクロウ様」
心配そうな声が背後から届く。
「大丈夫。安心して見ててね」
ゴブリンまでは七メートルほどしかない。逃げるにしても、大人ほどの力があるためまず無理だ。
だけど相手は一匹。一対一ならやってやれないことはない。
戦闘の本番、はじめての事で手には汗、鼓動も早い。
ニヤニヤと厭らしく下品な笑顔でゆっくりと近づいてくる。
だけど俺の後ろにはセレスがいるんだ。
腹をくくれ俺! 絶対守る! 気合い入れろ!
荒くなった呼吸を深呼吸で落ち着かせているうちに残り五メートル。
『ギャッギャァアアアア!』
雄叫びをあげ、一気に走り込んで来る。
振り上げられた木の枝をぐるぐる回し突っ込んでくるから隙だらけだ。
覚悟が決まったからか、集中力が今まで以上に高まっているからか、ゴブリンの動きがゆっくりに見える。
その好機を黙って見ているだけとか間抜けなことはしない。
弓を引くようにショートソードを引き付け、素早く一歩前に踏み出す。
「はっ!」
無防備にがら空きになった胴体にショートソードを突き刺す。
ズブリと体験したことの無い感触が手に伝わってきた。
『ギギッ!?』
「ふっ!」
剣先二十センチほど刺さったショートソードを抜きやすくするため捻り、バックステップで素早く元の位置に戻る。
『ゲ、ギャ……』
フラフラとあお向けに倒れていくゴブリンを見ながらも警戒は解かない。
ゴブリンは単独行動をあまりしないモンスターだ。
それに鳥の声が止まった森の雰囲気も気になる。
剣の修練で気配を感じることができる俺でも出てくる直前まで気づけなかった。
気配を感じられる範囲は十メートル無いくらいだろう。
「ネクロウ様」
心配そうな声のセレスに『まだ油断はできない』と返し、周囲の気配に神経を研ぎ澄ます。
「森を出よう。絶対に守るから離れないでね」
「う、うん」
一分ほど留まっていただろうか、倒したゴブリンが動かなくなるまで見届けたからだ。
だが、これ以上この場に残るのは得策ではない。ゴブリンの流した血の臭いに他のモンスターが誘き寄せられる可能性が高い。
今更ながら見届けるのではなくとどめをさせばと後悔が湧く。
「なるべく静かにだけど、急ぐよ」
獣道を早足で森の外を目指す、が、森の嫌な緊張感は晴れない。
これは本格的にまずい状況だ。まだ森の外まで三十分はかかるだろう。
嫌な予感が高まっていくのを感じる。
セレスに目をやった時、最悪なものが目に入った。
「くそ! セレス走るよ!」
返事も待たず手を引き走り出す。
俺たちの背後にゴブリンの群れがいたからだ。
その中にひときわ背の高いゴブリンがいた。
ホブゴブリン。
大人数人でも手こずると言われるゴブリンの上位種だった。
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