第19話 死霊魔道師の胸の奥のマグマ。
「あ、あの……その者たちはなぜ縛られているのでしょうか?」
森からの帰り、炭焼き小屋前で巡回中のうちの騎士とすれ違った。
俺だと気がついたみたいだけど、他の冒険者もいたことに気付き、出掛ける前に言っておいたことを守り名前を呼ばなかった。
その騎士が指差す先、ここまで引きずって来て、少々擦り傷だらけになってる男たちだ。
「森の出口付近でですね――」
足を止め、あったことを話していく。
当然、闇の奴隷商のことも話したのだが、眉間に皺が入り、おでこに青筋が立っている。
違法奴隷はシュヴェールト辺境伯騎士団でも取り締まっているから当然だ。
さらに奴隷商に俺たちを売る相談もしていたと話した時には剣を抜きそうになっていたほどだ。
なんとか踏みとどまった、その騎士が近づいてくると、そっと他の人に聞こえないよう話しかけてくる。
「ネクロウ様、色々とお聞きしたいこともありますが、この事はヘルトヴァイゼ殿下の護衛騎士には……」
職務上、そりゃ聞きたいだろうな。あとで時間を取ろう。
「黙っていてくれると嬉しいかな。できればこれからも俺たちだけで冒険したいからね」
「でしょうね」
くすりと笑う騎士。
「では、私どもが捕らえたことにしておきますね」
本当にうちの騎士でよかったよ。
これが護衛騎士だったらと想像してみる。
うん、駄目だな、まったく違った結果になるのは目に見えてる。
もし、ここでこの者たちに会わず、捕まえたコイツらを連れて街を歩いたとしても、護衛騎士の耳に入るのは時間の問題だろう。
そうなれば近いうちに自由に動くことはできなくなっていたはずだ。これはもう感謝しかない。
「ありがとう、助かったよ。それと、捕まえた報償金があるならみんなで分けてもらっていいからね」
「いえいえ。当然出ると思いますので、後でお持ちいたします。それはネクロウ様のパーティーの皆さんがもらうべきものですからね」
そういうと笑顔でパチリとウインクする。
このイケメンめ、感謝の気持ちが揺らぐじゃないか!
……が、この者たちには内緒でボーナスでも出そうと決めた。
まだ意識を取り戻さない擦り傷だらけの四人を引き渡し、身軽になり、ロープを掛けていた肩を回す。
レベルアップの恩恵か、痛みも怠さもない。
それに冒険者としてはじめての依頼は、ちょっとトラブルはあったが予定通り完遂だ。
初報酬はどうしようか。特に不足と感じたものも無かったし、武器の痛みも軽微de鍛冶屋に持ち込むほどでもない。
これは今後のために俺たちでやる方がいいだろう。
そんなことを考えてると、ヘルヴィが服の裾を摘み、つんつんと引っ張ってきた。
「ネクロウ、こそこそと騎士と何を話していたんだ」
「あー、あれね、ヘルヴィの護衛騎士に伝えるかどうか聞いてきたんだ」
「なんだと!」
「嘘っ! 止めなきゃ!」
俺に顔を寄せていた二人はガバッと顔を上げ、街へ戻り始めた騎士たちに目を向ける。
セレスなんて今にも走り出しそうに、その場で駆け足を始めたほどだ。
「大丈夫だ二人とも、内緒にしてくれる。それに騎士たちが捕まえたことにしてくれるそうだ」
「ふう、それを先に言え。ヒヤヒヤしたぞ、まったく」
「良かったよー」
あからさまに肩の力を抜いて『ふう』とため息を吐くヘルヴィの横で胸に手を当てこちらも大きく息を吐いた。
捕まえた男たちを連行する騎士たちを追いかけるカタチデ一緒に街へ戻る。
街に入ると騎士たちは騎士団の詰め所へ、俺たちは冒険者ギルドに向かうため別方向に歩き始めた。
途中、黒塗りの大きな馬車が前から相当な速度で迫ってくる。
「セレス、ヘルヴィ、こっちへ!」
左手でセレスの腰を、右手はヘルヴィの手を引き大通りの端へ素早く移動させた。
綺麗に並べられた石畳に大きな車輪と蹄の音を刻み、人の波を撥ね飛ばす勢いで真横を通りすぎる馬車。
その側面には長距離を急ぎ跳ね上げられた泥汚れがついていた。
「危ないじゃない! どこの馬車よー!」
「なんだあの馬車は。いや、あの家紋はティウス公爵家のもの、だがシュヴェールト辺境伯と
あまり繋がりは無かったはずだが」
腕の中で体温を上げて怒るセレス。
じっと走り過ぎた馬車を見つめ、ボソボソと呟くヘルヴィ。
ティウス公爵家、か、その家名は知ってるが、確かにほとんどうちとは交流は無かったはずだ。
確か貴族派のトップで、陛下と仲の良いうちは王族派寄りの中立派だ。
しかし公爵家のものがシュヴェールトに来て、向かうなら、うちだよなぁ。
進行方向に屋敷があるし、まず間違いは無い。
考えられるとすればヘルヴィの関連だと思うのが自然か。
「まさか我の召喚が成されたか……」
「え? ヘルヴィ帰っちゃうの?」
「まだ帰る気はないが、父上が呼んだならそれも仕方がないことなのだが……」
「ううっ、やだよぉ、せっかく仲良くなったのにぃ」
俺の腕の中で器用に手を伸ばし、俺が掴んでいたヘルヴィの手を重ねるように添えた。
「セレス。我も同じ気持ちだ。セレスとネクロウとはまだまだ離れたくない。だが、ここで悩んでいても結果は変わらん」
「そうだな。依頼の報告は後でもいい、屋敷に戻ろう」
暴走馬車の通りすぎたあとを、住民たちのざわめきを聞きながら屋敷へ急ぎ、屋敷に着いた時には正面の玄関前にあの黒塗り馬車が止まっていた。
冒険者の格好の俺たちは急ぎ裏口から入り、着替えのために部屋に戻る。
二人と別れた俺は空いていた部屋に入り影にしまっている服を取り出してもらい着替えを済ませ、正面玄関ホールに足を向けた。
ギリギリ走らない速度で廊下を進んでいると、角からメイド長が現れた。
向こうも俺に気づいたのか俺に向けて歩いてくる。
お互い近づくように歩いてるため、あっという間に目の前だ。
ピタリと俺の前で止まり、すぐさまカーテシーで挨拶したかと思えばすぐに体勢を戻し口を開いた。
「ネクロウ様。当主様より、ネクロウ様とヘルトヴァイゼ殿下を応接室に連れてくるようにと仰せつかっております」
あれ……メイド長の頬……赤い……血?
「ねえ、その頬、どうしたの? 父様に叩かれた?」
「っ! いえ、これはその……」
さっと血が滲んでいた頬を手で隠してしまう。
今さら隠してももう見ちゃったんだよな。それに血が固まってないようだし、直近で受けた怪我だ。
父様の命令を伝えに来たということは、会ってたのは父様だ……いや、父様はそんなことをする人じゃない。
部下たちとの剣の修練では平気で骨くらい折るのは日常茶飯事だが、女性に手を上げているところは見たこともきいたこともないからだ。
「教えて。俺が知る限りメイド長が暴力を振るわれるようなことは絶対にしないと知ってるし、なら理不尽なことで殴られたってことだよね」
頬を隠したままうつむき、言葉がつまり返事は聞き出せそうにない。
ほぼ間違いなく父様ではない。父様と一緒にいる執事も違うだろう。
他のものかと考えてみるが、物理的な暴力沙汰がこの屋敷で起こった記憶がない。
なら、ほぼ間違いなくティウス公爵関連だ。
あとはヘルヴィの護衛騎士という可能性も低いが無くはない。
しまったな、ジェイミーたちに先行してもらって見ていてもらえば良かったな。
「ごめんメイド長、困らせてしまったね」
謝った時、少し離れた背後から声がかかった。
「ネクロウ、廊下の真ん中でメイドを苛めるのはどうかと思うぞ」
「そうですネクロウ様、メイド長に謝ってください」
……いや、俺じゃないって……。
「聞いているのかネクロウ」
「ネクロウ様?」
「ヘルトヴァイゼ殿下、ネクロウ様に苛められていたわけではございません」
『犯人、馬車で来た騎士』
え?
『覗いてすぐに殴られてたっす。それも拳でっすよ? ありえないっす』
頼む前に行ってくれてたようだが、ティウス公爵家の騎士がメイド長を殴った?
メイド長は俺が本当に幼かった頃から面倒を見てくれてる人だ。
家族と同等に大切に思っている。
例えようのない怒りがマグマのように沸き上がり、胸の奥でピシリと今、何かが切れた。
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