私はサンドバッグではありません
聖女フローラに対するマリンの訴えは概ね理解できるものであったため、議会は早々に世話係の派遣を決定した。
すでに出立日が決まっているのに、今からフローラが一人で自分のことをこなせるようになるかといえば、まあ無理だろうと。
討伐隊には侍女と、さらに彼女らの護衛と伝令を兼ねて騎士団員も一小隊が同行することになった。
ちなみにフローラの父である侯爵は、あからさまにほっとした顔をしていた。
はぁやれやれ、これで問題解決と肩の力を抜いたところで「それでは続きを読み上げます」と騎士団長の声が響いた。
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これまでの遠征では各地の魔物討伐に参加し、私たちの能力は大きく成長しました。
特に討伐隊最年少であるニール様は、剣技だけでなく身体的にも逞しくなり、皆様驚かれたのではないでしょうか。
国の安全を脅かすドラゴンを討伐し、平和をもたらしたいという高尚な思いが、ニール様を突き動かすのでしょう。
理想を高く掲げるのは良いことです。しかし、何事にも限度があります。
ニール様の一日は稽古に始まり稽古に終わると言っても過言ではありません。
学園の騎士科に在籍されているニール様ですので、普段は同じような学生と切磋琢磨して腕を磨いていらっしゃいます。
そしてその習慣は遠征中も続いていました。昼間に魔物討伐を挟んでいても、わずかな休憩時間もです。
私は魔術師ですので一般人より体力はある方です。しかしフローラ様の治癒魔術があるとはいえ、体力や魔力を使った後は体を休めて回復させなければなりません。
それなのに、ニール様は共に更なる高みを目指そうと「まだやれるだろう」「これでは到底ドラゴンなど倒せぬ」となかなか稽古を切り上げて下さらないのです。しかも討伐隊の中で声をかけるのは私だけ。
確かにドラゴンという未知の強敵に立ち向かうには、各々の能力の底上げ、討伐を想定した連携確認などやれることはいろいろあるでしょう。
ですが私は物言わぬサンドバッグではないので、きちんと休める時に休みたいのです。
というわけで「討伐における心身への必要以上の負荷を禁止すること」を付け加えて頂きたく思います。
さらに、これはあまり大きな声では言えないのですが、ニール様はある病に罹患しているようです。
その証拠に、ニール様はドラゴンを「死界の王」と呼び、剣を振るう際は「燃え上がる一閃(バーニングライト)」「氷の息吹(アイスキャノン)」などの技名を大声で叫んでおります。
そうです、ニール様は思春期特有のアレを患っていらっしゃるのです。
私にも兄がおりますので、このような症状には覚えがあります。後になって恥ずかしさにのたうち回ることもです。
後生ですから孤高の鷲(ニール様の自称するお名前)をさりげなくフォローする騎士団員の派遣をお願い致します。
さもなければ、無事に討伐したとしても、これ見よがしな眼帯と両腕の包帯を付けた剣士が凱旋することになります。
王国の威厳と孤高の鷲の尊厳のため、どうぞご一考下さい。
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会議室は笑いの渦に包まれた。
ニール君(16)「死界の王と我が出会うのは運命」




