カカシ、ブリキ、ライオン
「あわわわ……」
いきなり路地裏で複数人のゴロツキに待ち伏せされ、逃げ道まで塞がれてしまった。
それに一番ショックなのは、綺麗なお姉さんと言ってきた少年もゴロツキの仲間だったということだ。
綺麗なお姉さんと呼んできたのは嘘だったのだ。
メンタルが揺さぶられて平静さを保てない。
それでもローズの頼み――アルケイン王国で情報を集めていけば行方不明になったノアクルの手がかりにもなるというのを思いだして踏ん張った。
「こ、こうなったら切り札の神術を使ってやるにゃ……!」
「し、神術……!?」
ゴロツキの一人が驚きの声をあげた。
「し、知っているのか!?」
「ああ、魔術よりも上位の力で猫神が使うらしい……。その効果は人知を越えたもので、千人が束になっても敵わないらしいぜ……。語源は猫事記によるとGH2222年、猫記念日に貴夜津徒と呼ばれる古の競技が――」
「コイツの話は長いからいいや。だが、神術というのを本当に使うなら厄介だな……」
「ど、どうする!? 逃げる!?」
「にゃはは! 恐れ戦くがいいにゃ!!」
やった! 発動! 勝った!
……と思ったところで、ふと手が止まる。
神術は強力だが、素の状態で使うと脳が焼き切れて死ぬと猫神に言われている。
そこでジーニャスはゴールデン・リンクスをその場に召喚して、その船の上でなら天才になれるという特性でギリギリ使えるのだ。
しかし、そこで問題があった。
ゴールデン・リンクスを地上で召喚すると、手作業で回収して海に戻すまで二度と召喚できない。
陸から陸へ召喚は、神聖なる海の力を借りることができないので無理だ。
前回の召喚は、比較的海が近い死者の島で使ったのだが、海賊たちが頑張って回収してもかなり時間がかかってしまった。
……なので、ここぞというときに一回だけ使える切り札として考えた方がいいだろう。
「……そもそも、狭い路地だと船が挟まって大変なことになりそうにゃ。ヤバい……ヤバいにゃ……」
「お、コイツ。神術を使えないっぽいか?」
「なんだ、ハッタリだったか」
「ハッタリじゃないにゃ!! 神術使えるにゃ! 神術はあるにゃ! ちょっと実際にここで使えるか何も考えてなかっただけにゃ!」
「致命的だろ……」
ゴロツキからも突っ込まれても、何も言い返せない。
それほどまでに陸の無能っぷりが出てしまったようだ。
「さてと……それじゃあ、何もできない仔猫ちゃんを……」
チンピラたちが近付いてきた。
ジーニャスは腰に帯びていたサーベルを抜くが、メンタル的に完全敗北しているので、へっぴり腰で震えてしまい戦えそうにない。
案の定、ゴロツキが持っていた剣ではじき飛ばされてしまう。
「にゃー!?」
「よ、よわ……」
「おしまいだにゃー! もうダメだにゃー!! 私の猫生終わったにゃー!! 遺言は『陸だとゴミで失礼しました』だにゃー!!」
猫耳と尻尾をヘニョっとさせながら、びえんびえんと大泣きしてしまっていた。
――そのとき、頭上から声が聞こえた。
「待ちな。この街にあーしがいる限り、好きなことはさせないっしょ」
「な、何やつ!?」
見上げると逆光で遮られているが、その飜るスカートのシルエットと声で若い女性だとわかる。
「とうっ!」
建物の上から回転しながら飛び降りてきた。
ジーニャスの近くに綺麗なヒーロー着地を決めたあと、可愛らしいウィンクを見せてきた。
「キミ、観光客っしょ。フツーならこんなエグちな手段に引っかからないはずだし。知らんけど」
「な、なんか独特な喋り方だにゃ……さすが都会……」
その少女はジーニャスと同い年くらいに見えた。
ただ、身長も胸も太ももも態度もすべてがジーニャスより大きく、圧倒されてしまう。
加えて目立つ紫色の眼にハートマークの瞳孔、髪にジャラジャラとアクセをつけていて全体的に地味なジーニャスとは対称的だと言えるだろう。
服装も学生が着るようなものだ。
知り合いにはいないタイプで困惑してしまう。
「げっ、お前は領主の――」
「さて、あーしは強盗キャンセル界隈の娘なので、ビシッとスキルを使ってお仕置きをしたいと思います! 来て、カカシっち、ブリキん、ライオンちゃん!」
少女の周囲からドス黒い影が三つ現れた。
それは知的そうなカカシ、優しそうなブリキの兵隊、勇気を持っていそうなライオン。
「や、やべぇ……ギャッ!?」
三体は次々とゴロツキを蹴散らしていく。
圧倒的なパワーだが、よく見ると急所を外していて、必要以上に怪我をさせないようにしているのがわかる。
コテンパンにのされたゴロツキたちは捨て台詞を吐き――
「覚えてろよ!!」
情けない姿で逃げていったのであった。
少女はそれに向かって明るく大きな声でアドバイスをする。
「お前ら、もうこんなことすんなよ~。世界は愛で出来てるっしょ~。……さてと」
それまで流れに飲まれていたジーニャスだったが、少女がジッとこちらを見ていることに気が付いてお礼を言うことにした。
「た、助かりましたにゃ……。ありがとうですにゃ……」
「りょ! そんなことより、アルケイン王国に獣人がいるなんて珍しいね」
ジーニャスは『しまった』と思った。
獣人が珍しい地域では、悪い感情を持たれている場合もあるのだ。
海軍学校でも次席のミディ以外からは奇異の目で見られたりもしていた。
そんなこともあり、少し身構えてしまったのだが。
「ガチで可愛いじゃん! フワフワの耳と尻尾、アクセじゃどうにもならないキュートさ!」
「えっ?」
「めちょ羨ましいっしょ~! あ、一緒に勝利のギャルピしよ!」
「ぎゃ、ギャルピ?」
「あ、知らないかー。古代文明のイカした文化っしょ。こうやって、指を……」
ジーニャスの手を、少女が触れてきてビクッとしてしまった。
白くてすべすべしていて、大切にされているお嬢様の手だとわかる。
指が絡み合い、されるがままになっていると、どうやらピースサインを逆向きに作ってするポーズらしい。
「はい、勝利のギャルピ!」
「ぎゃ、ギャルピだにゃ~……」
相手が恩人なので逆らえず、何か気恥ずかしさを感じるも従うことにした。
「あ、紹介がまだだったね。あーしはここの領主の娘でドロシーって言うんだ」
「えっ!? 領主様のご令嬢だにゃ~!?」
ジーニャスはビビり散らかしてしまったのであった。





