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バレンタインデート当日②

朝はチュロス。昼はベーグル。おやつ時にはソフトクリーム。

スイーツ好きの来海は、順調にバレンタイン期間限定メニューを制覇していけて、ご満悦。

俺も、そんなお顔がゆるゆるになっている来海を脳とスマホでパシャリして大満足。


うむ、最高だ。


そして、夕方になってそろそろこのデートが終わりに差し掛かってるのが悲しいーーーーー。


「碧くん、行きたいところがあるの」

「行きたいところ?」


落ち着いたカフェの店内。本日ラストの、バレンタイン期間限定メニューは既に食べ終えたところだ。

バタフライピーティーにレモン水を入れて、彼女のグラスの中身の色がくるりと変わった。ブルーベリーのような青が、淡いサーモンピンクに染まった。


カラン、と彼女がストローを回したグラスが、軽快な音を鳴らした。


「ーーーーうん。私にとって、大事な場所に」


来海が大人びたように微笑んで、不意打ちに俺がドキリとしたのは、言うまでもないと思う。




彼女が言うのは、一体どこだろう。

電車に乗って、彼女が降りたのは俺たちの家の最寄り駅。つまり、慣れ親しんだ日常だった。


いつも学校から歩いて帰る道と、そう変わらない。

このままでは、自宅に着いてしまうだろう。

でも、彼女は住宅街を抜けて、ちょっと離れた公園に向かった。昔はもっと活発な印象があったが、遊具が経年劣化で使用禁止になっており、今は子供たちの足が遠のいている。


唯一使えるブランコに、来海は「座ろう碧くんっ」と俺を誘って、2人で並んで座った。

きい、とブランコのチェーンが軋む音。

あんまり振りすぎると落っこちそうで怖かったこのブランコが、今では何の怖さもなくて、自分って大きくなったんだなぁとしみじみ思った。


「2人で、沢山ここで遊んだよね」

「……ああ」


赤ん坊の頃はきっと母親同士に連れられてベビーカーで。ちょっと成長してからは、大人の監督つきで。

もっと成長してからは、2人だけで一緒に駆け回った公園だ。


砂遊びも、滑り台も、縄跳びも、四つ葉のクローバー探しだって。

全部、君と一緒に沢山の思い出を重ねた。


………幼稚園の途中から、幼馴染の陽飛(はるひ)も回想に登場してきたのは、いただけない。

今、めっちゃいいところだったのに。来海との2人の思い出劇場してたのに。

こっそり消しといた。


……まあ、流石に可哀想なので、それはやめとくか。


とにかく、来海との思い出は、この場所にいくらでも詰まってる。

大切な場所だ。


きい、と来海のブランコが揺れた。ぷーらん、ぷらーんと、隣に座る彼女が風に髪を靡かせた。


「和泉が生まれたばかりの頃……、私…良いお姉ちゃんになれなかったの。お父さんもお母さんも和泉にかかりっきりで、何で私のこと構ってくれないんだろうってーーーー」


ああ。

年の近い弟や妹が居る姉や兄とっては、よくある話だと思う。上をぞんざいにしているわけではなくて、どうしても赤ん坊の方に大人たちは意識が持っていかれてしまう。

だけど、子供はそれを分かっていつつも、親の愛を疑ってしまうのだ。


「ある日ね、和泉が…私の持ってた人形のおもちゃの靴…家のどこかに投げちゃって。赤ちゃんのやることだから、仕方なかったの。なのに、私、すごく怒っちゃって。『パパやママだけじゃなくて、私のモノこれ以上取らないでよ!』って………、ひどいよね……」


そういえば、来海はお人形遊びが好きだった。お人形の靴もお洋服も、失くさないように大事に大事に使っていた。

でも。


「……そうか?怒ったのはあれだけど………、でも、来海だってまだ4歳とか5歳とかそのあたりだろ?仕方ないよ」

「…うーん、翠ちゃんに怒ったことのない偉いお兄ちゃんの碧くんに言われてもなあ……」


来海が苦笑を浮かべた。

うむ、別に偉い訳ではないと思うんだがな。

俺の場合、来海が幼い頃からそばに居て、母親にもよく言われてたから「女の子は大事にしなきゃいけない」という意識があっただけだ。

だから、妹にも怒ったりはしなかった。

翠が静かで、あまり手のかからない子だったっていうのもあるけど。


「………私がすごい剣幕で怒ったから、和泉泣き出しちゃって。お母さんにも怒られて、でも、私は悪くないって私絶対謝らなくてね。それでさらに怒って、私家飛び出して、ーーーーー覚えてる?」

「……あ、そうだった。来海が俺の家の前で大泣きしてたから、そういやびっくりした覚えがある」


来海がバツの悪そうな顔をした。しゅん、と肩を縮こませた。


「う……っ、恥ずかしい。ご、ごめんなさい…」

「くく、別にいいよ。泣いたら俺のところに来てくれるんだなーって、可愛かったから」

「もう、碧くん……」

「はは」


嬉しかったんだ、ほんと。

俺のもとに来てくれて。

泣いてる君が「碧くん〜……」って、呼ぶから。


「……で、2人でこの公園来たんだっけか」

「うん。それでさ、私の涙を拭いてくれながら、碧くんが言ったの。『来海ちゃん、何かしたいのある?』って。私が滑り台って言ったら、2人で滑り台して。砂で絵描きたいって言ったら、碧くんが木の棒探してきて。四つ葉のクローバーを今日こそ見つけるって言ったら、夕方まで探してーーーーーーって、碧くん私のワガママ当時から聞きすぎじゃない!?」

「……いや、まあ、………そんなもんじゃない?」


もはや魂に刻まれた、ある意味…性癖なのかもしれない。

全然ワガママとすら思ってなかった。

寧ろどんどん言えとまで思ってた。

だって、可愛いんだもの。

べそべそ泣いてた子が俺と遊んでたら笑顔になっていくんだもの。…可愛いだろ。


来海は、過去にやや恥入りながら、話を進めねばならないと思ったのか、わざとらしく咳払いした。


「…こ、こほん。…それで、帰る間際に、碧くんが四つ葉のクローバー見つけてくれてさ。私にそれを渡してくれて、ーーーーあの時、私に何て言ってくれたか覚えてる?」

「………………」

「あ、え、!わ、忘れちゃった…っ、?」

「いや」


俺は自分の口元に手を当てた。膝の上に肘を立てて、やや俯いた。恥ずかしさのあまり、頰が熱を帯びていく。……赤くなってないと思いたい。


お、覚えてる……けど。


「ま、まさか、覚えてる……のか、来海……」

「ばっちり、覚えてるよ……?だって、大事な思い出だし」

「……くっ、できれば、忘れてくれっ、……今の俺を超えるレベルでキザなことを言ってしまったんだリトルの俺は……」

「ふふ、やだー。だって、すごく大事な碧くんとの思い出だもーんっ」

「く、来海……」


やだ。恥ずかしさで猛烈に死にたい。

穴があったら入りたい……。


現在の俺も結構、来海に対してはアホだし、素直すぎるし、デレデレしすぎだし、カッコつけだし、なかなか業が深いがーーーーー、当時もなかなかだ。

いや、子供らしく、より無邪気で、素直だっただけに、本音全開だったのだ。


来海が「ねぇ」と俺に身体を近付けた。よく知ってる彼女の匂いが俺の鼻腔をくすぐる。

コツン、と2人のブランコがぶつかった。


「碧くん、こう言ってくれたんだよ。

ーーー『こんな風にさ、僕が来海ちゃんのこと甘やかしてあげる。来海ちゃんのパパとママの分まで、甘やかしてあげるね!寂しくないよ!だから、和泉にごめんなさいしてきてね。そしたら、僕が誰よりも来海ちゃんのこと褒めてあげるから!』ーーーーって」

「………」


やめろぉぉぉぉい、俺の黒歴史ぃぃぃー!!!!

黒歴史語録ぅぅぅぅ!!!!!


死ぬ死ぬ、死ぬ、マジで死ぬ、死にたいぃぃぃ!!

誰かタイムマシンを発明してくれぇ!

あの青い猫型ロボット呼んできてくれ頼むからぁ!


「私、だからもう寂しくなかったよ。家に帰って和泉に謝ってね、そしたら次の日碧くんが褒めてくれて。碧くんのこと……すごくキラキラして見えたの」


来海は、笑った。

過去の思い出を慈しむように、彼女は目を細めた。


「昔から貴方は優しくて、落ち着いてて、誰より気遣い屋さん。自分だって妹が生まれたばかりで親に甘えたいの我慢してるはずなのに、ワガママな私に寄り添ってくれて。すごく、すっごく私……そんな碧くんのことがすーーーーす、…………す………す」


ん?


「す」の音階みたいになってしまった。

来海の口が、止まっていた。


何だろ。何を言ってくれようとしてるんだ?


………まさか、す、好き、とか?

いやいやいや、これは相場が決まってる。「すごくカッコいい」だ。うん。……自分で言っててだいぶ恥ずいけど。


来海の性格なら……

今日を選んだってことは、チョコと一緒に告白してくれそうな気がするーーーーとかめちゃくちゃ自惚れたことを言います、すみません。

多分両想いだと思ってるので。


困ったな、俺…1ヶ月後の来海の誕生日に、指輪と一緒に告白するつもりだったんだが。

デートの最後、夕日、後ろからバックハグ、耳打ち。

この幼馴染に、理想の告白を指定されてるので、実行しようとしてたところである。


いや、う、嬉しい……けど。

まさか、本当に……?


来海は硬直状態を解除して、は!と叫んだ。

俺とぶつかっていた彼女のブランコが離れて行った。


「いけない。先走っちゃった………、碧くん、ちょ、チョコ。チョコ、今渡していい?私の、貰ってくれる?」

「…あ、ああ。もちろん!」


俺はこくこくと頷いた。

毎年くれているチョコーーーー



俺は、小さく目を開いた。

忘れていた。


違う………、

多分俺は……忘れたかったのだ。



ーーーああ、()()()()()、なかった。




「………………」

「碧くん?」

「………え?……ああ、いや、…」



何でもない。


自分の口が、嘘と虚勢の言葉を紡ぐ。

来海は不思議そうにしながらも、俺の言葉は疑わず、自分のバッグを開いて探し物をしていた。



俺はどうして………自分を取り繕うのが上手いのだろう。


嫌だ、思い出したくない。

こんな日に、思い出したくない。


「はい、碧くん!今年のバレンタイン…ですっ」


君が差し出した青い箱を、俺は多分、ぼんやりとした思考のまま、見つめていたように思う。




ーーーーああ、だからか。


俺がバレンタインの来海の言葉に、気付いてやれなくてあんなすれ違いをしてしまったのは。




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