バレンタインデート当日①
約1ヶ月前の回想中。
2月14日。
日本では、女子が想う男子にチョコレートを贈る日だ。冬の風物詩の1つに数えられる。
ただのチョコレートメーカーの販売戦略だなんて無粋なことを言う連中もいるが、こうして明確に特別感のある日が設定されているからこそ、浮かぶ男女の想いがあるというものだ。
俺は今、幼馴染と待ち合わせをしている。
俺の最愛の幼馴染の女の子。
宮野来海だ。
白い陶磁器のような肌に、黒髪のロングストレート。
スタイル抜群にして、何よりあの天使的造形。
神様が丹精込めてつくった、地上に舞い降りし天使。
あの真ん丸の二重の瞳が、もう何より、たまらない。
兎にも角にも、可愛い女の子である。
その美少女とバレンタインデート!
俺ほど今日という日に恵まれている男が居るだろうか。否、居ない。あの美少女がデートしてくれるなんて、バレンタインの勝者と言っても過言ではない。
しかも、断っておくが。
バレンタインに男の方から休日とはいえ、デートに誘うのはちょいとハードルが高い。んなもん、チョコくれと明言してるようなもの。
来海がチョコをくれるのは毎年の慣習なので当たり前として、デートに誘うか否かは俺は迷った。いいだろうか諸君。来海がチョコをくれるのは確実だ。でもあからさまに期待してるごとく、こちらの意思が向こうに伝わってしまうのは、不本意だ。
でもせっかく、今年のバレンタインは休日なのだ。
迷った。
それがなんと、来海の方から誘ってくれたのだ!
俺が誘われた日から、今日に至るまで、もうそれはそれはうっきうきだったのは言うまでもない。
くく。
バレンタインの勝者にやはり相応しいと言えよう。
……………。
……何だかどこぞの男どもに集団リンチされそうなので、これ以上はやめておこう。反バレンタイン勢にやられてまう。
…幼馴染同士という、恵まれた星のもとに俺が生まれたというだけだし。確かに。じゃなかったら、今頃俺は女子にチョコを貰えなくてバレンタインを恨む男と化してるに違いない。バレンタイン撲滅運動を展開しているかもしれん。
ありがとうお父さんお母さん。僕は2人のもとに生まれて来れて幸せです!だって、来海と幼馴染になれたんだものーっ。
親とコウノトリへの感謝を心の中で叫びながら、俺は駅前で来海を待っていた。家は近いので迎えに行って行こうと思ったのだが、来海は敢えて待ち合わせするのが好きらしい。
確かにデート感が増し増しです。この待っている時間が緊張と期待で楽しみだが………俺はやっぱり心配だった。
電車大丈夫か…変な男に声かけられてないか…チョコの亡者にチョコを要求されてはいまいか……
こんなことを言ったら、来海の弟の和泉には「過保護すぎでしょ!」とお叱りを受けそうなので、俺の心の中だけにとどめてある。
うう、あんな美少女を1人で歩かせるのが、心配なんだ……誰か〜、誰か共感してくれー。
「碧くーんっ!」
はっ、!
すっかり耳に馴染んでいる声に、スマホから顔を上げると、来海が駅舍からこっちに向かってきていた。
長いロングの黒髪を靡かせて、にこにこと俺に駆け寄ってきた。
来海は俺のそばまで来ると、ふぅ…と息を整えた。
「ごめんね、待たせちゃった…?」
「………あいや、全然、ま、待ってないぞ…?」
受け答えがぎこちなくなった。
何せ、俺は緊張メーターがぐんと上がってしまっていた。俺の目の前に居るのは、人生のほとんど一緒に過ごした幼馴染。されど、あまりの彼女の美少女ぶりに、いつまで経っても慣れやしない。
しかも、高校に入ってから化粧まで覚えてしまったのだから、………ええと、やばい。可愛い綺麗すぎて、困る。
「うーん、碧くんがそう言う時は大抵待ってる時な気がする………ごめんね。碧くんに可愛いって言ってもらいたくて、準備、時間が掛かっちゃった…っ…」
来海は手を合わせて、ごめんなさいのポーズ。
か………っ、かわ……その動機が、かわ……。
ああー、何でそーゆうこと言っちゃいますかねお前は…!
もこもこのニットのカーディガンに、プリーツのロングスカート。しかも、耳元に揺れるイヤリングは、前に2人で出掛けた時に俺が買ってプレゼントしたものだ。
「ちなみに碧くんから見て、ど……どう、かな……?」
来海が手を合わせたまま、ちょっと俺から視線を逸らして俯きがちに、俺にコーデの是非を尋ねた。
諸君。この、俯きがちなとこがポイントだ。
来海は俺が上目遣いに弱いと知ってるので、俺を照れさせるためには、よく身長差を利用して上目遣いをしてくる。
……しかし、今日は俯きがち!
これは、本当に来海自身が照れながらも、勇気を出してる証拠なのだ。
上目遣いは勿論あの構図自体が良いのだが、俯きがちは、その行為をしてきた背景と来海の心情が可愛くて浄化される。
俺は、満面の笑顔で言ったーーーーー
ーーーー、言おうとした。
「か………か………っ、い、いい、ぞ……!」
おおぉぉぉい!!?
俺何照れてんの!?いやっ、照れるのは当たり前だが、こんなところでシャイボーイかますな!
そこはさらりと「可愛いぞ」って言うところだろうがこのどアホ!
俺は自分で自分を張り倒したくなった。
俺はどうして肝心なところで、こう………上手く言ってやれないんだ……!
俺が働きかけたでもなくて来海が既に照れてると、謎に照れてしまうこのシャイ発動現象やめてほしい…。
ごめんなさい、来海ちゃま……
俺は自分が情けないよ……。
女の子に褒め言葉1つ掛けれない俺に対して、来海は呆れるーーーーーではなく、瞳を輝かせた。
わぁ、とぴょんぴょんと跳ねた。
「碧くんが、本気で照れてる……っ、やったぁ!」
……。
良かった。君が俺のことを分かり尽くしてる幼馴染で良かったと思いました本気で、ええ。
俺、情けないだけなのにすごい喜んでくれてる。
こうやって言葉足らずですれ違っていく男女も居るというのに……俺は君に甘えきってます。すまん。
そんなお約束を済ませて、俺と来海は駅前を歩き始めた。手を繋いでる男女とすれ違うと「いいなぁ」という羨望が湧いてくるけど、何だかんだで俺たちはまだ幼馴染なのであって。
自然と、手を繋ぐなんてことは、ない。
相手がきっと受け入れてくれるのはお互い知っているが、お互い言い出さない。
そういうやり取りが相手の好意を確かめてるみたいで、気恥ずかしいのだ、何だかんだ。
「今日は付き合ってくれてありがとう碧くん!カフェ巡りになっちゃうけど……」
「いやいや、来海が誘ってくれてめちゃくちゃ嬉しかったぞ?頑張って制覇しような」
「うんっ」
そう、今日はスイーツ好きの来海が『色んなところのバレンタイン期間限定メニューを食べ尽くしてみたいの!』ということで、2人でカフェ巡りだ。
実に素晴らしい提案……!
バレンタイン期間限定メニューだから、バレンタインデーに2人で出掛けるのがごく自然な流れであるとさせることができる。
各地のカフェの店主に感謝を述べて走り回りたいくらいだ。
来海は店を事前にピックアップしていたようで、俺を案内してくれた。
まずは、駅前のキッチンカーでチュロスを購入。
俺は甘すぎるのはあまり得意ではないので、シナモンシュガー味、来海はストロベリーとチョコの両方のソースが掛かったチュロスにしていた。
渡されたチュロスの形が、バレンタイン限定でハート型になっているのを見ると、やや気恥ずかしくもあった。しかも2人で仲良く購入したので、店主の女性が微笑ましそうに俺たちを見ていたのも、若干。
……まあ、それも含めて楽しくはあるんだけどな。
キッチンカーの前の席に座って、来海はニコニコだった。えへへ、とチュロスを眺めていた。甘いものに、とことん目がないのである。
「朝ごはんがチュロスなんて、夢みた〜い…」
「今日だけ特別だぞー?…都さんに俺、軽く言われてあるからな…?」
「えへ、ごめんなさいー!」
来海の母親の都さんはのほほんとしていて、意外ときっちりしてるタイプなのだ。朝食にスイーツだけを食べるのは「もう」という感じである。
恐らく来海が昨日の時点で『明日朝ごはん大丈夫ー』とでも言ったからか、同行者の俺に都さんから連絡が入っていた。
これが幼馴染のすごいところ。
当たり前のように彼女の母親から連絡がある。
まあ、俺的には公認のようで、嬉しいけど。
「碧くん、写真撮っていいー?」
「ああ」
俺がちょっとチュロスを持ち直すと、来海のチュロスが俺のに近付いた。そこをパシャリ。
チュロス同士が近付いたその分だけ、俺と来海の距離も近くなった。…………心臓に、悪い…。
俺がどきまぎしていると、もう一度シャッター音。
驚いて顔を上げると、来海がいたずらっ子のように笑って、俺に向けてスマホを構えていた。
……撮ったな。
「俺、今変な顔してなかったか…?」
「ううんっ!碧くんは、どの瞬間撮ってもカッコいいのー!だから……思わず撮っちゃった…えへへ」
チュロスに向けてたのと、同じ蕩けたような笑みを彼女に向けられて、脈が波打つ。
スイーツに目がない来海。
それと、同じような目で俺を見てる……。
だから、心臓に悪いっての………。




