颯は意外と興味津々
突如として、始まったバレンタイン闘争。
その弊害で、来海は「恋人じゃなかったんだ」などという世にも奇妙な勘違い炸裂。
その誤解をとくために奔走していた俺だが、キスマ騒動で、来海のファンクラブからは袋叩きにされそうになったり、当時のエピソードを俺から聞いて会報誌をさらに厚くしようとするくるあお親衛隊トップである理事長の息子を蹴飛ばしたり。
誰か、俺に平穏をくれ。
どうしてうちの学校はこんなクセの強い奴らばかりなんだ……?
来海が美少女すぎるあまり、狂ったのか。じゃあ仕方ない。
「ぜぇ、はあ、ぜえ……かは、こほ、こほっ…」
「だ、大丈夫…碧?」
「正直体力の限りを尽くしてるが…ぜぇ、はっ、だ、大丈夫だ………」
「はい、まあひとまず水でも飲みな?」
「さんきゅ……」
昼休みも、もう終盤。
来海のところに行って話をしたかったのに、障害が多すぎた。全然近付けない。おまけに追いかけ回されて、俺は疲労困憊の身だった。
優しい親友の颯は俺を見かねて、教室から俺の弁当を持ってきてくれた。誰も居ないことを確認して、俺と颯はスマホで連絡を取り、この体育館横の非常階段で落ち合った…というのが、一連の流れである。
前にも桜井さんとここで話したっけか。
まだ俺が来海に他に彼氏が居ると思い込んでいた時期の話だ。
その放課後、俺が猫にさせられたのは記憶に新しい。
あ、訳の分からない人は、気にしなくていいぞ。
とにかく、意外とここは、誰も知らない穴場だったりする。
俺は颯が救出してくれた弁当の蓋を開けた。都さんは優しいことに、娘の来海の分だけでなく、俺の分まで作ってくれていた。
開けてみると、鮭の塩焼きに、卵焼き、ウィンナー。弁当の代名詞が彩り豊かに、詰められていた。
「腹減った……そして、都さんの弁当……う、沁みるぅ…んぐ…、これがおふくろの味ってやつか……」
「……都さんって、確か…えと、宮野さんのお母さんだったよね…?」
「ああ。昨日は宮野家に泊まったから、俺の分まで作ってくれたんだ」
「え」
「いやー、うちの母親は海外飛び回ってるから、もうガキの頃から半分都さんのご飯で育ったようなものなんだ……」
「………」
まあ、仕事だからしかたないけど。
うちの母親は医者で、色んな国を回ってる。定期的にメールは来るし、俺も高校生なので別に寂しいという訳ではない。
もうちょっと家庭に寄りついてもいいんじゃないかと思うが、仕事柄難しいから不満はない。
その分父さんが仕事しながら家庭のこと殆ど完璧にこなしてるから、いささかの不平等感はある気がするけどな。
おかげで、俺も父さんには頭が上がらない。
俺は弁当をかけこみながら、ぽかんとしてる颯をちらりと見た。俺はごくんと飲み込んだ。
「………どうしたんだ、颯?」
「え?いやー、幼馴染って凄いな……と。いや、まあ多分、碧の場合が特殊なんだろうけど……」
「………まあ、それは否定しない」
「あれ、自覚あったの」
「まあな」
俺は苦笑して、残りの弁当をつついた。
颯よ馬鹿にするな。俺も常人の感覚くらい、持ち合わせてるつーの。
幼馴染だからと言っても、俺と来海の関係の方が珍しいんだと思う。だが一方で、幼馴染でなければ、俺と来海は多分……こんな関係にはなれなかったんだろうなとも思う。
昔、中学の生徒会で一緒だった守下には一度ポロッと言ったことがある。
それを考えると……ぞっとする。
だから、幼馴染で良かった。
俺が1人でそんなイフの世界を考えていると、颯が俺をまだじっと見ていた。何だよ、颯くんや。
「………凄いね。碧って、躊躇いとかないよね…」
「え。貶してる?」
「いいや、褒めてる。好きな人を前にしてさ、変な態度取ってないかとか、緊張とか、……何か、誰しも思うじゃん?相手が同じ気持ちかで不安になることって、あると思うんだよ。…碧はそれがなくて、…ちゃんと彼女と信頼関係築けてて凄いな、とね?」
「……颯。…この際だから、言っておくぞ」
俺は箸を置いた。
何だか普段アホみたいなことしかしてないので、俺がまるで無鉄砲な坊ちゃんみたく扱われてるが、それは違うと申し上げておく。
「緊張するに決まってるだろ、馬鹿野郎ぉっ……!?俺のことどんだけアホの子と思ってんですかお前は、ええ!?」
「え?そ、そうなの?」
「そうに決まってんだろ!寧ろそれしかないわ!来海に嫌われないか毎日毎日不安だわ!よく大反省会してるガラスのハートを宿してる男だ俺は!」
「え。嘘でしょ。付き合って5日足らずでお泊まりとキスマまで済ませる奴が?」
「あんまキスマキスマ言うな!今日何回言われたか!俺、すげー心がやられてるの!多方面からスナイパー向けられてんの!分かるか!?」
「いや、全然分からない……」
「だぁぁ!何でだ!」
「えっと……意外と全然顔に出ないからじゃない?」
「なるほどな!理解者を得られない自分の性格が憎い!…くっ」
もっと分かりやすい性格になりたかった。
分かりやすいとよく思われてるぽいけど、多分それって、来海以外には分かられてないんだよなと思うことは多々あり。
あ、来海のことに関して分かりやすいのは、本当にその通りなんですが。
それにしても……
「…………何だ、颯。珍しいな。俺と来海の話が、気になるのか?」
「………………」
お。
「……あ、察した」
「いや、違う。興味ないです、僕は砂糖を吐くつもりはないです」
颯はあくまで否定した。しかし、興味の色を隠せた訳ではなかった。俺も結構、これでも恋バナは好きなんだぞ?
「まあまあ、颯くんや。いいじゃないかー、気になるんだろー?いいぞ、颯になら特別に教えてやろう。俺と来海の『お風呂一緒入ろ?』から始まる分からせストーリー〜!」
「どこのラブコメだよ!?現実でそんなことあってたまるか!?」
「あるんだよなーそれが。ごめんな、一足先に行っちゃったよ!」
「何だこの主人公は!はあ、こちとら、未だに知り合い止まりなのに…!」
颯の想い人は、来海の親友の桜井さん。
親友同士の恋って、それはそれでラブコメぽくないかとひそかに思ったり。
前に桜井さんに彼氏が居ないことは確認済みで、颯みたいなのが彼氏に欲しいという言質も取ってある。俺に感謝してくれてもいいんだぞ親友よ。
なので、俺はガンガン、颯と桜井さんをくっつけるために動くことにしていた。
手始めに、昨日の保育園ボランティアの帰りだった。来海の付き添いで来た桜井さんに、俺が来海を引き取り、『俺の親友が代わりに送ってくれるよ』『あらいいわね』的な会話を俺と桜井さんは交わしていた。
俺はあの後急遽宮野家に泊まりが決定したり、てんやわんやだったので、その後を知らなかった。
シンプルに結果が気になる。
「ええー、俺昨日アシストしたよな。保育園のボランティアの帰り、桜井さんと2人で帰ることにさせたろ?デートの約束くらいできたか?」
「そんな上手く行くわけないだろう!?碧じゃないんだからさ?普通はそんな上手く行かないんだよ…」
「いや、デートは行けると思うんだが……」
「うるさいな、この主人公!」
「こっちはお前のことアシストしたんですけど!?」
その言い草はなくないか?!
颯は、悲しげな顔を浮かべた。
いや、どちらかというと悔しさが溢れ出ているな。
やるせない気持ちを吐き出すごとく、「はあぁ」と溜め息を吐いた。
「2人で帰ろうとしたら、谷山君もついてきたんだよ!多分向こうは何も考えてないだけど、言えないだろう?桜井さんと2人で帰らせてくれなんてさー!!」
「おい、谷山ぁー!お前何してんの!?空気読めや、いや、俺も言っておけば良かった……っ、」
「てことで、3人で帰って終わりました……」
「落ち込む必要はないぞ颯!次だ、次はデートだ!俺が用意する!」
「よろしく頼むよ………」
部活仲間の谷山が、親友の恋路を知らんうちに妨害してた。今日の部活で言っておこう。
ギルティ。




