とあるカップルが校内にもたらした混沌
運悪く来海が乗っているであろう電車が目の前で発車したために、俺はタイムロスをしてしまった。
次の電車に乗り、俺は急いで学校へと走った。
何の躊躇もない。今の俺を突き動かすのは誤解をとかねばならないという使命感。
俺は、他クラスの来海の教室に、まるで自分のクラスかのごとく駆け込んだ。
「来海!何で俺を置いて行ったんだー!」
ざわざわ、とざわつく来海のクラスの生徒たち。
ああいつものやつねみたいな生温かい目を向ける者。状況が飲み込めない者。学内1の美少女を彼女にした俺を恨めしそうに見る者。
三者三様であるが、んなもんはどうでもいい。
髪も結ばずに飛び出した来海は、ちょうど桜井さんに髪をセットしてもらっているところだった。
桜井さんはルンルンで来海の黒髪を結っていた。サイドに分けられてるから、多分ツインテール!来海が恥ずかしいからちょっと……と言って普段なかなかしてくれないツインテ!
桜井さん神か?気が合いそうだぜ!
来海は、俺から視線をそらした。俺は席に座ってる来海の前に屈んだ。2人の目が合う。
「………だ、だって……っ」
「だって、じゃないだろまったく。せめて朝ご飯は食べろ。…ほら、都さんが作ってくれたから」
俺は都さんに持たされたランチバッグの中から、朝食用にと貰ったおにぎりを取り出す。ラップを剥いで、来海に差し出す。
「うう……いい、要らない……」
「……来海」
はあ、仕方ない。実は、あまたのプライドを捨ててきた俺が、何故か恥ずかしくなってあんまりしたことのない秘技を使うしかない。
というより、苦手なのだ。
「………」
「来海。はい、ほら、あーん」
「……っ!」
来海の瞳が揺れた。もう、既に口が開きかけていた。
うん、そういうとこが可愛い。
でも、俺すごい恥ずかしいから、早く。
「はい、あーん」
「あ、碧くんが……っ、珍しく、碧くんがあーんしてくれてる………っ、こ、こんなこと、なかなかないよぅ……、私はいつになったら碧くんに勝てるの…?」
「いつも来海の大勝利だけどな。……はい、ほら、あーん」
「あー……むぐ……ん」
俺の手のすぐそばで、おにぎりをもぐもぐしている来海。箸とかスプーンじゃなく、ラップ越しにじかで持ってるおにぎりを食べさせてるって、俺的にすごいアレなのよ。だいぶ高難易度な行為なのよ。
シャイボーイは、今日1日分の勇気を出し尽くしました、はい。
うん、もぐもぐしてる来海が可愛い。
生まれたての雛鳥みたいだ。
よし、今のうちに全ての誤解をとかねばならない。
俺も何故、来海からの告白の言葉が書かれたメッセージカードが俺の元に渡ってないか知らんが、ひとまず俺たちが恋人でないなどという不思議な勘違いをやめさせなければ。
「……来海、俺はーーーーーーー」
その時、俺は来海の首筋に視線が行った。
来海は基本的に髪を下ろしてることが多い。だから、忘れてたのだ。
あ。
桜井さんは気付かずに、上機嫌で来海の髪をサイドに高く結んでる。これがせめて、低い位置であったなら、良かっただろう。
髪が流れていた来海の首筋が、露わになっーーーー
「さ、桜井さん!ツインテは即刻中止だ!いつも通りのロングストレートを要求する!」
桜井さんは、不服そうな顔をした。
「何でよ。珍しく来海が無抵抗だったのよ?今日はツインテ以外あり得ないてしょう?」
「その気持ちはすごく、もうマジで、分かるが、やめよう!首は髪で隠すのが今日はマナーなんだ…!」
「はあ…?どこの世界線よ。首は出してこそ、至高なの。今日は来海をアイドルみたいなツインテにさせるの」
「気持ちはすげー分かる!が、今日は駄目だ!」
「何でよ」
俺の抗議に桜井さんは顔をしかめて、手を止めてくれなかった。ああ…!
櫛で来海の首元の髪まで結い上げられて、万事休す。
桜井さんの手が、そこで止まった。
「え……あ、……そ、そ、そういうこと……?」
桜井さんは動揺しながら、俺と来海を交互に眺めた。
く、見られてしまったが、致し方なし。
うん、そういうことだ桜井さん。
俺も忘れてたのが迂闊だった。
肩は制服で隠れるとして、来海の首筋に昨夜俺がつけた跡は髪で隠すしかない。
でないと、キスマがすれ違う生徒全員に晒されてしまう。そうなれば、もはや大事件である。
俺は、来海ファンクラブからぼこられ、カプ厨たちからはそのエピソードトークのためにどこかしかの教室に軟禁されるだろう。
何で昨日我慢できなかったんだ俺は…!
もっと上手い場所につけれたろ!
などと、過去の自分への後悔が押し寄せるが、今考えたところで仕方ない。
大事なのは、その後の対処だ。
来海は多分何も気付いてない様子で、おにぎりをもぐもぐ。そういうところ、可愛い。
「あ、あらぁ…そ、そういうことなら、し、仕方ないわね……。まったく大倉くん、貴方って人は……次の日学校なことくらい考慮しなさい」
「う、…!す、すまん、桜井さん」
正論。圧倒的正論で俺はやられた。
決まりが悪いぜ……。
ちょっと残念そうにしながら、桜井さんが結い上げていた髪を下ろそうとした時ーーーーーー
他クラスのくせに俺と同様に、教室に堂々と入ってきた子供好きの茶道部部長。
俺は彼女を視認した瞬間、マズいと思った。
「げ」
「宮野さんー!今年の文化祭の件でーーー、え?」
茶道部部長ーーーーそれは来海ファンクラブのトップと同義であるーーーー那須の表情が一気に固まった。
一瞬にして、彼女は目敏く来海の露わになっていた首筋の異変を、見つけたのだ……!
「は?」
那須から、ガチトーンの低い声が漏れた。
はは。
わー、表情は笑ってるのに、目が笑ってないわー。
殺意増し増しの、視線が俺を貫く。俺は身震いした。女の本気、怖いです。
「さて、大倉?弁明はあるかしらぁぁぁぁ!!!」
「弁明の有無を尋ねながら、俺を資料の束で殴りかかろうとするのはどうかと思うんだ!?那須よ、鎮まれ!ていうか、何で俺怒られてんの!?彼女だよ!?」
「滅殺!!」
「いや、怖えーよ!!」
俺は右手で来海におにぎりを食べさせながら、左手で那須の持っていた資料を奪い取る。那須は無力化された。良かった。
ちっ!と那須が親仇を見るような目で、俺を睨み、挙句舌打ちしてきた。酷くないか。
「………大倉、私言ったよね?宮野さんという天使のごとき存在に、心の中でゲスい気持ち持ってるんでしょって、一昨日聞いたばかりよ?」
「いや、これでゲスい認定されるって……」
「シャラッッップ!!!どうせ大倉もケダモノだったということよ!私の元かえ…っ、みたいに、わーん!!」
「浮気した挙句に元カノに今カノとのやり取り見せるような男と一緒にしないでくれるか!?どう見ても違うだろ!?てか、また振り出し戻って泣くか那須お前!」
保育園のボランティアで失恋の傷、回復したんじゃなかったのかよ、面倒くさいな!?
俺はもう既に、一度手を尽くしたから、知らんぞ、それ以上は。
俺の手の中にあった物質がいつの間にか消え、来海はちょうどおにぎりを食べ終わっていた。来海はラップを丁寧に伸ばして折りたたみ、那須に困惑した表情を見せた。
「……那須さん。碧くんは、その、私の彼氏なの…!だから、駄目!碧くんは譲れない!」
「宮野さん!どうして大倉なの!そして、どうしてあのケダモノにキスマなんてつけられてるの!」
すげー、会話が成り立ってない。
そして、人をケダモノ扱いしてくる那須。処刑モノだぞ。俺のこと何だと思ってるの?寧ろ俺、タフネスに見せかけたガラスのハートの持ち主だぞ?
あと、来海に変な言葉教えないでください。
来海にケダモノとか言われたら、俺泣く。
那須はじりじりと、来海に迫った。来海の困惑は増していく。
「な、何でそんな状況になっちゃってるの!大丈夫?大倉に変なことされなかった?!」
「……え、や、…え?…えっと、お、お泊まりして……えっと、碧くんに押し倒されて………」
「大倉ぁぁぁぁぁ!!!!」
「違うんだ!合ってるけど、何か違う!!」
律儀に説明しようとした結果、来海がとんでもないことを言い出した。
ちょ、順番が違うだろ…!
来海が『一緒にお風呂入ろ?』なんて誘ってくるから、俺は来海を押し倒しーーーいや、違う!何かまた違うぞ!?
ああ、もう!
「お泊まり?」「押し倒した?」
ざわざわし出す来海のクラスメイトたち。
那須、声がでかいんだ貴様ぁ!!!
クラスに朝から混沌もたらしてどうするんだ、ええ!?
俺はともかく、来海は注目されるの苦手なんですけど!どうすんのコレ!?
その時、またさらなる五月蝿い奴が、登場した。
那須以上に五月蝿い…いや、暑苦しい男。
俺は顔をしかめた。
「げ」
「大倉ーーーーっ!話は聞いたぞ!さあ、存分に当時のくるあおのエピソードトークをしよう!大丈夫だ!理事長の息子の権限で、授業は出席扱いにしてやる!だから、ともに来い!語り合おう!」
「語らねーよ!!来海の可愛いとこは、俺だけが知ってればいいんだよボケ!!」
「ぐふっ!そういうところがいい!彼氏になってますます甘くなってるぞ2人の関係が!いい!」
「何なんだよ、お前マジ!?このカプ厨!」
俺は来海に、都さん手製の昼の弁当だけ渡して、厄介な理事長の息子ーーーーくるあお親衛隊なるもののトップから逃げ出すために、来海のクラスの教室を後にした。
くそっ、邪魔が入った…!
肝心なところで、いつも…!
来海の誤解をとくのは、昼にするか。
学校で重糖度すぎるこの主人公とヒロイン…
お読みくださりありがとうございます。
久しぶりに他作品『塩系彼女の本音が可愛いすぎる』も更新してきたので、そちらも是非是非〜。




