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バレンタイン闘争は突然に


えーテステス。

大倉碧です。

宮野家にお泊まりし、来海と朝からベッドでイチャコラし……、しかも、これから俺は、来海が作ってくれる朝ご飯を食べる予定でした。

僥倖でした。


……うんやめよう。普通に話そう。


さて。

来海が支度してる間に、思い出に浸ろうということで登場したのが、来海の部屋に置かれてあったクッキー缶。

中には、俺と来海がかつてやり取りした手紙類が入っているとのことだった。

懐かしい代物に久しぶりに会えるということで、うきうきして待っていたらーーーーひらり、とそのクッキー缶から舞い落ちたとあるメッセージカード。


それがなんと、俺の大暴走を引き起こし、度重なる脳破壊の原因となったーーーー例のバレンタインのメッセージカードだったのだ!


これが俺の手元に渡っていなかったせいで、俺は来海に他に彼氏が居るなどという誤解をしてしまった。

来海の告白が書かれたメッセージカードという家宝級の付加価値を持っていなかったら、諸悪の根源であるこのカードは俺によって速攻で処分されてるだろう。


いや、まあ、それはいいんだ。

今、ちゃんと彼氏彼女の認識の齟齬ないし。


問題はーーー!


「………どういうこと……?何で碧くんにバレンタインにあげたメッセージカードが、私の部屋から…しかもあのクッキー缶から出てきたの……?」


来海は呆然として、立ち尽くしていた。

俺と、カードと、クッキー缶で、視線の大三角形を展開。


いや、し、正直……正直申すとな?


どういうこと?と言いたいのは、俺の方なんだわ来海ちゃん………


マジでどういうこと?


でも、多分それを言っちゃいけないのは本能的に分かった。これ、選択ミスったら詰むぞマジ。


「…………碧くん……、私、このメッセージカード…碧くんにあげた…よね…?」

「うん、貰った」


大嘘である。

罪悪感よりも、使命感。この正念場を何が何でも乗り越えなければいけないという緊張が、俺に走っていた。


だって、本当はメッセージカード貰ってないとか言ってみ?つまり、本当は告白されてたのも、知らなかったと白状するということだ。


来海の性格を鑑みると、俺たちはれっきとした恋人なのに、その前提を疑い始めるところまで行く。

バレンタインに恋人になったと思っている来海にとって、そのバレンタインの告白にすれ違いがあったなど知ったら………!

これは推測ではない、確信だ。俺が保証しよう。

来海は、100パー、不思議なことを言い出す。


恋人じゃなかったの?とか言い出す。


来海は首を傾げる。

俺は、手に汗を握った。


「………何でここにあるの……?」


俺も知りたいよ!心の底から知りたいよ!

何で君そんなところに隠れてたんですかねって!


と、とにかく適当な言い訳をしなければ……


「………さ、」

「さ?」

「サプライズ……?ほら、付き合ってちょうど1ヶ月経つし、俺たちの原点を振り返ってみよう…みたいな……?」


苦しすぎる。ちなみに本日は3月15日。バレンタインから1ヶ月換算すると、1日ズレてる。

言い訳しておくと、俺はまだ付き合って5日の気分なの!来海の誕生日の3月10日に告白したから!

決して1ヶ月記念日を蔑ろにしてたのではない。

てか、記念日ってどっちになるんだ…!?


来海が怪訝そうな表情を浮かべた。

「…………どうやってこのクッキー缶に入れたの…?付き合ってから碧くんが私の部屋来たのは、碧くんが猫になった日と、昨日と今日だけ……私はずっと碧くんのそばに居たし、そんな時間なかったと思うの……」


猫になった日、というのは何だろうと思ったら、俺が猫耳つけさせられてにゃんにゃん……(以下略)。

パンドラの箱だ。やめようか諸君。


3日かぁ。前提条件が厳しい。しかし、ここで頭を働かせなくていつ働かせるのだ大倉碧!

俺は何とか答えを捻り出す。


「昨日の夜だ。寝てた時、こっそり」

「私、碧くんのこと抱き枕同然でくっついてたんだけど、……碧くん動けた?」

「……………」


いや、無理だ。

ベッドと棚があまりに距離がありすぎる。ベッドに寝てる状態で手を伸ばしたところで、届きやしない。


おい、待て詰んだ。


詰んだんだが!?


来海はメッセージカードを見つめ、真剣な顔で思案していた。きゅ、と彼女の整った眉が中央に寄る。


「やっぱり、碧くんじゃない………?でも、これを持ってるのは碧くんの筈…………いや、もしかして、それが違うの………?」

「はは、まさかそんな筈ないじゃないかー」


俺の首筋をすぅ…と冷や汗が伝っていく。

しかし、俺のなけなしの言葉など、なんのその。

思考世界へ入ってる来海は、真剣な目で、メッセージカードと対峙していた。あ、多分聞いてないわコレ。


「…………思えば、ずっとおかしいと思ってたの。付き合い出したら碧くんは私に加速度的にベッタリしてくれると思ったのに、全然なかったし。バレンタインの10日後くらいからは、何だか碧くんの様子がおかしかったよね。部屋に上げてくれなくて、キスは寸止め、朝も起こしてくれなかったし……まるで私との距離置こうとしてるみたいな……」


………ちょっと待て。

そこまで行き着くの早くないか?!何でそんな頭が冴え渡ってるんだ今朝は!


ていうか来海視点だと俺めっちゃ酷い彼氏ですやん。

俺は来海に彼氏が居ると勘違いして、距離を置こうとした時期があった。来海からしたら、訳が分からなかっただろう。付き合い出したら、急に距離感を修正しようとする彼氏。

………いや、ごめんなさい、切実にごめんなさい。

自分が彼氏だと気付くのに、大変時間がかかってしまいました。

お詫びいたします。


でも、どうすればいいって言うんだ俺は…!


「……碧くんがあの時期に私と距離を置こうとしてた理由が分からない……ううん待って、このメッセージカードが碧くんの手にないってことは、碧くんは……告白、気付いてなかった………?」


おいいいぃ!来海頼むから、やめよう!

それ以上真実暴くのはやめよう!

気付いちゃいけない真実っていうのも、この世にあると思うんだ!


来海は、はっと確信したように、顔を上げた。

確信と同時に、動揺の色が彼女の目に走る。それはこの真実に気付いた者にとっては、もはや必然だった。

来海の顔がさーっと青ざめていく。


「そうだ……そうだよ……そしたら、全部辻褄が合うの……碧くんがどうして私と距離を置こうとして、でもその後……私の誕生日あたりから急に『好き』って日常的に言ってくれるようになったのか……告白に気付いてない碧くんは自分が私の彼氏だって、分かってなかった……でも、私…唯ちゃんと、何人かの女の子には『彼氏出来た』って言ってた……もし、これを碧くんが知ったら……?私に彼氏が居るんだと思うよね、そう、自分以外に…………」


ごくり、と来海は生唾を飲み込んだ。

俺はますます冷や汗を流した。はは、おっかしいな、もうすっかり春なのに、寒い。悪寒がするのは、何故だろう。答えは明白。今から出てはならない真実が白日のもとに晒される予感がしたからだ……。


だから何で全部見てきたみたいに的中してるの!?

俺とのことに関して、1分かるだけ100分かるんだよね来海ちゃんは!すごいけども!良いことなんだけども!


「でも私の誕生日には、ちゃんと碧くんは自分が私の彼氏だって自覚してた……何でだろう……あ、もしかして陽飛くん……?陽飛くんが帰国してたから…?そういえば私、彼氏が出来たのは唯ちゃんたちに言ったけど、私の彼氏なんて碧くん以外あり得ないし皆んなの中で共通事項だと思ってたからわざわざ言ってなかったの………。でも、陽飛くんなら、ばっちりがっちり私の彼氏が碧くんだって、知ってる……!碧くんは陽飛くんに教えられて……?」


いや、アイツは、直接は教えてくれなかったんだ。

散々私利私欲に使われ、泣かされ、俺がやっとのことで真実に気付いて、丸つけしてくれただけだぞ…。


いや、でもまあおおよそ合ってるな……名推理すぎないか。『宮野来海が明かします』で脚本作って女優デビューしちゃう?いや、芸能界はちょっと…!究極の美少女こと来海を全世界に発信したい気持ちはあるが、イケメン俳優に絡まれたり、ファンが爆増したり、俺の胃に穴が空きそうだからやめよう。

お父さん、ゆるしません。


……あ、いかん。話が脱線してしまった。


「碧くん…………」


来海が、ベッドに腰掛けてる俺をじぃっと見つめる。それは縋るような子犬の目でありつつ、真実の追求に余念のない新米刑事の目であった。


「く、来海………」

「碧くん。お願い、正直に教えて……?もう、私はほとんど確信してるに等しいけど、もう多分すごいことに気付いてしまったけど、碧くんの口からきちんと真実が聞きたいの……」


来海の懇願に、俺は逡巡した。


「…………や、でも……」

「私たちの恋人関係に不安要素を残しておきたくないの………だから、教えて碧くん……」

「………うぐっ…………」


来海の方がよほど正論だ。

この問題は、俺たちにとって不安要素として認識され得るものである。それを解消するために、事実確認をし合おうというのは、自然な流れだ。


う、そう言われてしまうとな……。

俺も別に、来海にこの件に関して、隠し事をしたい訳ではないし。


そもそももう、あのメッセージカードが何故クッキー缶から飛び出してきたのかも説明できないし。


俺は、はあーと息を吐いた。

それはこれまでの来海の彼氏騒動で擦り減らしてきた神経と疲労の部分だった。長かったな、ここまで…。


いよいよ、俺も求めていたーーーー答え合わせの時間が訪れたらしい。


俺は観念し、来海を見つめ返した。真っ直ぐと、逸さぬように。


「…………ごめん、嘘を吐いた。………実はさ、俺……来海の言う通り、そのメッセージカードを受け取ってなくて、告白………当時は気付いてなかったんだ……」


この告白で、事態がこれからどう転ぶのかという懸念もよくあったがーーーーー自分が抱えていた悩みを吐露できたという、心理的な負担の軽減が俺の中では一番にあった。


きっと、大丈夫だ。


全然、まったく、謎が残されたままのバレンタインだが、大丈夫ーーーーーー。


これで良い方向に転じる………



「………そう、なんだ。…正直に話してくれてありがとう、碧くん………」


大丈夫な、筈ーーーーーーー、


「……じゃあ、さ、碧くん………」

「うん」


来海は俺を見つめ……くしゃっと顔を動かし、悲しみに暮れる美少女モードへと移行した。

そして、こう言ったのだ。


「私……碧くんの彼女じゃなかった…?」


「ええええ!?」


俺は気付けば、ありったけ部屋の中で叫んでいた。

仰天である。


おいおいおいおい、ちょっと待って、待て?

何で、な、何で、そうなった?!

な、な?え?


いや、そうなるだろうとは思ってたよ!?

この子多分その結論に行き着いちゃいそうだなとは思ってたよ!?思ってましたよ!?


でもバレンタイン抜きにしても、俺、来海の誕生日に改めて告白したし、将来の約束代わりの指輪もあげたよな!?昨日は俺が暴走して、来海の首も肩も跡ついてるし!一緒に寝たし!

これで恋人じゃなかったら何なの!?


俺がコンマ1秒の間に大量に脳内に流れてくる疑問とその訂正で、怒涛の思考処理をしていると、来海はますます悲しそうな表情を浮かべた。

その目尻には、涙が光っている。


ええ!?

な、え!?な、泣かないで…!?


「そ、そんな……嘘………や、やだぁ…うわぁぁーん、ごめんなさい私碧くんのこと好きすぎるあまり、都合よく解釈して恋人だと思い込んでたんだ私ーーーーっ!!!」


「いや!?彼女だから!?俺たちは恋人…!」


「もう私恥ずかしすぎて生きていけないよぉぉぉぉ!!!!」


「…く、来海ぃーーーーっっ!??」


ひらり、と来海の手から、メッセージカードが床に舞い落ちる。

俊敏に部屋から去って行った来海の後ろ姿へと、手を伸ばして、俺はがくりと床に崩れ落ちた。



ああ、何でこうなったちくしょう……!


俺は床に落ちていた、メッセージカードを拾い上げたーーーーーー





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