ついに見つけたメッセージカード
「ん………」
昨日なかなか寝付けなかった弊害か、瞼がすごく重たい。結局、本格的に眠りに就いたのは朝方だった。
枕元に置いていたスマホの電源を入れると、午前5時48分。
………うん、1時間は寝れたか。
学校なので、惰眠を貪る訳にもいくまい。
俺は何とか脳を叩き起こして、くるりと横を向いた。
俺よりも安眠してた筈だが、まだ起きる気配の無い眠り姫がくぅくぅ…と小さく呼吸していた。
同じ布団で、彼女の寝顔を満喫するということ。
いや、最高か。
これが朝チュンたるもの…!
いや、昨夜は俺の理性がかろうじて激戦を制し(ただの1人相撲)、何もやらしいことはなかったから、正確には朝チュンを語ることは出来ないのだが。
でも、多分朝の光景としては、よく似てる。
こんな満ち足りた朝をくれる彼女に、今日も乾杯!
もはやこれは本能である。
寝不足でフラフラの脳を抱えてなお、俺は来海の寝顔を眺めて、にやにやしていた。
「可愛い……今日も来海が可愛い……」
俺は、もう昨夜の葛藤など忘れて、大満足で来海の頭を撫でる。頭の半分に布団がこんもり被ってる。何かコレ、はたから見たら来海の姿は見えないというか。
俺と来海の2人っきりの世界を布団がつくってくれてるってゆうか?
何だこの距離感!そして朝!2人きり!
うわぁ、やばいー。
これは、やばいー!
これ、ろくに寝てないせいで深夜テンション続いてるのか〜?
あはは、そんなことはどうでもいい!
「………来海〜、来海〜……寝顔も可愛いようー、かわゆいー」
俺がもうそれはそれは、ゆるゆるに頰を緩めまくっていたところ。
ぱちり、と来海の目が開いた。
だらしない顔をしていた俺と、目を覚ました来海の視線が、ガッツリぶつかる。
あ、やべ。
俺は、表情筋を元に戻した。
軽い笑みをつくる。
「おはよ、来海」
「…?おはよう………?あれ、なんか、今、碧くんがすごくデレてくれてたような………?」
「ん?何のことだ?」
「ええ!」
朝に弱い来海が、珍しいことに、今日は覚醒が早かった。
ばちーん、と二重の瞼を開けて、黒目をころんと動かした。え?とあちこちを彷徨った。
「さっきのあのゆるゆる碧くんはどこに…!?いや、こっちも勿論カッコいいよ……?でも、でも、あのデレ碧くんは何だかんだでレア!!あのレベルのデレは、なかなかない……っ!どこ行ったのーっ!碧くん、どこにやっちゃったのー!?」
「………ん?何のことだ?」
「知らんふりされてるぅー!?」
いやだって。俺も流石に自分でも引くレベルで、デレてたし。キモかったし。
あと、何となく男としてのプライドがね?
これまでの人生であらゆる場面においてプライドを捨ててきた俺も、これでもまだ格好をつけたいのでしてね?
「あ。もしかして、川湯以井伊大さんのことか?」
「誰っ!?でも、何かその人の名前、碧くんの口から前にも聞いたことある!でもやっぱり誰っ!?」
「実はあの後、彼は天使を護ろうの会のトップを過激派によって引きずり下ろされてな……だけど、その後彼は天使革命を起こし、見事にトップに返り咲いたんだ。今では天使に毎日愛を囁いてるぜ。だけど、天使にバレてはいけない!それは主人と護衛の禁断の恋ーーーっ!」
「よく分かんないけど、天使革命とかはよく分かんないけど、川湯以井伊大さんは碧くんがモデルなのね分かった!何となく言いたいことは分かった!私にデレてるのがバレるのは恥ずかしいんだね碧くん!」
………あ、いや、ぼかしたつもりだったんだが。
俺の婉曲な言い回しも、ばっちり意味が分かってしまうこの以心伝心っぷり。
おのれ、娘。流石じゃ。
2人でもぞもぞと布団の中で動いた。
起き上がって、ベッドの上に肘を立てた。
来海がこつん、と俺の肩に、自分のをぶつける。
「………ふふ、まあまあ。そういうことならー、来海ちゃんも、川湯以井伊大さんな碧くんを無理に出させるのはやめましょうー」
「おう。そうしてくれ」
「碧くんも案外、そういうの気にする男の子だったんだねー。かっこつけたいとかー」
「いや、格好つけたいっていうか、うん、まあ、はい、そうだよ………駄目?」
俺が窺うような視線を向けると、来海はぴくりと肩を跳ねさせた。
はあ〜と溜め息を吐かれる。
ええ!何故!?ちょっと待て、何故今俺は溜め息を吐かれた!?
「はぁぁぁ……碧くんの顔面偏差値で見つめられて『駄目?』とか言われたら、私カッコよすぎて死んじゃうよー。もおう、碧くんは朝から飛ばして、私をどうしたいの……?」
「来海の顔面偏差値メーター狂ってるだろ……」
知らんか、来海ちゃん。
俺はとある合コン好きの男Sさんに、ぎり4分の3人受け顔と呼ばれた男だぞ。
ぎりて。
あと、ムカつくけど幼馴染の御曹司Hさんの顔面見てみ?俺、みじめだ。いや、あれはほとんどの男が勝てないから、仕方ないけど。ぐすん。
「……む…碧くん」
「へ?」
久しぶりに来海に頬っぺたを引っ張られる。
前回は両頬を極限まで伸ばされた覚えがあるが、今日は片方だけをぼよーんと柔らかく伸ばされる。
「……碧くんは、カッコいいの!」
「ええ……まあ、来海がそう言ってくれるのは最高。好き」
「へぁ…っ、も、もうっ、碧くん誤魔化さない!碧くんがその自覚を持って、もっと脇をガチガチに固めてくれないと、女の子が寄ってくるの!私がもやもやしちゃうの……!」
「いやあ、そんなことは……」
再三申し上げるが、顔自体は悪く無い。父さんと母さんのおかげである。悪くは無いだけで、別に良いとも言ってない。
マジで心配しなくていい。
そんな寄ってくるような顔じゃないのですよ。
俺が微妙な顔をすると、来海は膨れっ面をした。
「……長篠さん」
「………いや、あれは、違うぞ?長篠さんは、お礼に固執してただけで……」
「そんなの口実に決まってるじゃなーい!碧くんの馬鹿ぁっ、お馬鹿さん……!」
「痛てて!?こ、口実とかではないと思うがひとまずそれは置いておいて、ちゃんと断った…ていうか、だいぶ冷たくしたぞ?!あれ以上必要なの!?」
「そ、それは必要ないけど……っ、でもでも、碧くんがしっかりしてくれないと、ああいう女の子がまた出てきちゃうの……!つまり、碧くんは自分のかっこよさを自覚しましょう!いいですか!」
「……え…俺ただの痛い奴にな……」
「碧くん…?」
来海の目からすっと光が消えて、頰が引きちぎられる。
「痛ててて!?わ、分かった!わー、俺カッコいいかも(大根)」
「よろしい」
「大根でよろしいのか」
「…?」
「あ、何でもない」
恋というのは、つくづく人を盲目にさせるものである。カッコいい…?まあ、そう思ってくれてるのは、めちゃくちゃ嬉しいけど!
わーい、照れるー。
そんな風にイチャコラしていると、気付けば6時07分。
俺は準備にそう時間がかからないが、来海はヘアセットやらスキンケアやらで、1時間は朝の支度にかかる。
隣の温もりが布団から離れて行った。
多分俺が名残惜しそうな顔をしていたからだろう。来海がにやにや笑った。
「……碧くん、可愛いー」
「…………や、別に…」
「ふふ、そんな寂しい顔しないでー。だって、碧くんに朝ご飯作る約束もしちゃったし……?」
「………っ!」
「ふふ」
分かりやすい俺に、来海はくすくす笑った。
こうやってたまに揶揄ってくるところは、都さんの血筋というか………
まあ、………揶揄われるのも、悪くない。
「碧くんはまだ時間あるよね。私の部屋好きに見てていいよ?まだ寝ててもいいし」
「お、おん………?」
甘すぎない?え、女の子の部屋って、そんなオープンなのか?
(『そんな訳ないでしょ僕入ったらお姉ちゃんに怒られるんですけど』弟のI氏の証言)
来海は棚から、大きめのクッキー缶をひょいと取り出した。そういえば昔からあるけど、それは何が入ってるんだ?
「ね、久しぶりに思い出にも浸るのは、どう…?実はね、ここに碧くんと私が手紙でやり取りしてた頃のが入ってるのー」
「あ!うわ、懐かし……小5の頃だっけ」
「うん!私が手紙書くのにハマってーーーー」
かぱっと、クッキー缶の蓋を来海が取った。
結構俺たち長いことやり取りしてたからなー。
相当数の手紙がそこに溜まってるに違いない。
うきうきで待ってるとーーーーーー
ひらり、とクッキー缶の中から、小さな紙が床に舞い落ちた。一番上にあったのだろう。
「ん?」
俺が嫌な予感を覚えたと同時に、来海がその紙を拾った。
紙とひとくちにいっても色々あるが、それは材質的に厚みのある上質紙だった。
そう。まるで、メッセージカードみたいな。
笑っていた来海の表情が、そのカードを見て、固まった。ぴきり、と一切の動きが硬直した。
「…………え」
来海が立ち尽くしていた。
俺はこの時、猛烈に嫌な予感がした、と申しておこう。
それは俺が先送りにしていたーーー否、恋人になってからも色々ありすぎて若干忘れていたーーー大問題が突如として、俺たちの目の前に、降って湧いてきたのだとーーーーー。
「え?……え?……な、何で……私が碧くんにバレンタインにあげたメッセージカードが、私の部屋にあるの……?」
あ、当たってしまった……
嫌な予感、的中しちゃったぜ……
来海は、俺とメッセージカードとクッキー缶をトライアングルで見た。
「…………どういうこと?」
幸せな朝から一変、地獄みたいな空気になった。
さあ、バレンタイン闘争開始!
お待たせしてしまって、本当に申し訳なかったです。




