気まずい空気
来海にキスしようとして、来海が拒まなくて、だから俺が拒ませたら、来海は泣いて怒った。
そんなことするなら、最初から俺にしとけよ。
なのに俺を選ばなかったのは、来海だろ。
彼氏なんて、つくりやがって……
理想の告白、して欲しいんじゃなかったのかよ。
夕日の沈む頃、デートの最後。
後ろから抱きしめられながら、耳打ちして欲しいって。
こっ恥ずかしいけど、頑張るつもりだったんだよ。
俺は。
……っ、こっちは2週間後のお前の誕生日に、一世一代の告白するつもりだったのにーーーー。
バレンタインに自分から告白するなんて、反則だろうが。
******
次の日の朝。
俺は、昨日来海が俺の部屋に忘れて行ったボールペンを届けに、宮野家を訪れていた。
後日でいいかとも思ったが、来海のお気に入りだったような気がするので、もう今日返してしまおうと思ったのだ。
決して、自分が泣かせた来海の様子が気になりすぎて、心を病みそうだから、やって来たわけではない。
決して。
多分、俺がこの家に来るのは、もう最後だろう。
いつもの俺だったらこれを口実に、宮野家へと上がり、来海の朝の支度でも手伝っているところだが、もうそんなことはしない。
それは、例の彼氏の役目だ。
一言だけ書いた青の付箋。
『ごめん』と、ただ一言。
それをボールペンと同封して、俺は宮野家のポストに静かに投函した。
カタン、と底に落ちる音がした。
まだ5時30分。
宮野家の誰も起きていないであろう時間に、ミッションをコンプリートして、俺はくるりと背を向けた。
この時間帯じゃあ、まだ学校は開いてない。
どっかで、時間でも潰そうーーーーー
「あらあ、碧ちゃんだわ〜。いらっしゃい、今日は随分早いのねぇ」
「………み、都さん……」
来海の母親、宮野都さんである。
来海は父親似で、弟の和泉が都さんの血を濃く引き継いだ顔をしている。
来海は目鼻立ちがぱちりとした美少女で、都さんは涼やかな目元に泣きぼくろがある上品な美人だった。宮野家は揃いも揃って、美形なのだった。
俺の姿を見つけた都さんに、うふふ、と撫子みたく微笑まれる。
何てこった。宮野家の誰とも遭遇しないように、この時間を選んだというのに!
都さんはまったく読めない微笑みのまま、駐車場を箒でさっと掃く。
いつもはこんな時間にしてないですよね!?
「み、都さんも、今日は随分は、早いんですね…?」
「ええ。大好きなくるちゃん泣かせちゃった碧ちゃんなら、決まり悪くって、でも心配で、この時間に我が家に来ちゃいそうね〜と思って」
「何で全部読まれてんの!??」
「ふふ、碧ちゃんもまだまだね〜」
「うう……」
この人には本当に敵わない。
千里眼でも待ってるんじゃないか?
「碧ちゃんが分かりやすいだけよぉ〜」
「心の中、読まないでくれます!?」
「うふふ」
やっぱ能力者説が濃厚だ。
俺は観念して、近くにあった箒を手に取り、都さんの掃き掃除を手伝う。
2月なので落ち葉は少ないが、細々とした飛来物があるので集めていく。昨日はよく風が吹いたからな。
俺をじいっと見ていた都さんと、目が合う。
「………な、何ですか…?」
「いいえー、碧ちゃんはよく出来た子ねって思っただけ。流石、藍ちゃんの子だわ〜」
藍ちゃん、というのは、うちの母親だ。
大倉藍。
俺と来海が幼馴染として交流することになったのも、都さんとうちの母親が高校時代の親友同士だったのが大きい。
「流石藍ちゃんの子て。うちの母親の自由奔放ぶり知ってます……?」
「そうね〜でも根本は、碧ちゃんと藍ちゃんは似てるのよ?藍ちゃんも、私には弱いし…ねえ?うふふ」
「なんてこった母さん……!くっ、俺は母さんの分まで頑張るから!この美魔女をいつか超えてみせるぜ!」
「あらあら、ほどほどに楽しみにしておくわね〜」
大いに期待してほしかった。
うふふふ……と微笑んでいた都さんだが、すると、目がすぅっと細くなって俺を見る。
あ、マズい。
俺はもう、鷹の前の雀だった。
「………それはそうと。碧ちゃん?私に何か話すことなーい?」
「……な、何のことですやら……」
「あら?本気で言っているのなら、破門ね」
「……う、嘘です。ごめんなさい。お宅の娘さんを泣かしてしまい、大変申し訳ございません……っ!」
「うんうん。分かってるのなら、いいわ〜」
俺の謝罪に、都さんの目の細さの幅が少し広がった。お許しの合図である。
やっぱり、来海が昨日泣いてたの知ってたかこの人。
一見すると飄々としているため、来海は知らないようだが、この人は自分の子供を溺愛している。
宝物を傷つけられようものなら、容赦ない。
「別にいいのよ?そんな日もあるわ。でもね、碧ちゃん。私が聞きたいのは、そんなことじゃないのよ?」
都さんの目が、開く。
「いつもなら、くるちゃんのフォローにすぐに来る碧ちゃんが、どうして昨日は何の連絡も寄越さなかったのかしら?」
「………っ!」
あまり泣かせてしまうことはないんだが、俺は来海が泣いてしまった時は、ごめんねごめんねをし、来海の好きなスイーツを献上し、来海の満足行くまで頭を撫でるまでがセットだ。
そんな俺が昨日は、連絡さえ寄越さなかった。
天変地異の前触れかと思われるレベルだ。
「そ、それは……っ、!」
甘やかすのは、もう俺の役目じゃない。
都さんは、知らないのか?
それとも、知ってて俺を試してるのか?
「………来海とは、もうそういうのは、やめたんです」
「………あら。どうして?」
「どうして……って……、だって、来海は俺じゃなくて違う人を………都さんは、知らないんですか?」
「知ってるわよ。くるちゃんは何も分かってなくて、碧ちゃんが、今は試練の時だってことくらい。都さんはちゃーんと、全部分かってるのよ」
いつも通りの撫子笑顔。
一番残酷な答えだと思った。
だけど、この人らしい。
全てを知った上で、都さんは俺に選ばせようとしているのだ。
「俺は………」
「くるちゃんのこと、本気で奪いに来なさい」
「っ、な、何言って……!?」
俺に選ばせようとしているのかと思ったら、いきなり直球の爆弾を投げて来た都さん。
略奪愛を許すつもりかこの人……!?
「あらー、最初から碧ちゃんはそのつもりでしょう?なのに、未だに肝心なところでシャイなんだから」
「だけど、ゆ、許されるのか……?」
「大丈夫、大丈夫ー。くるちゃんの全部奪っても、バチは当たらないわよー。今まで頑張ってきたんだから碧ちゃん」
「………っ!」
そ、それは。
いいのか…?
まだ来海のこと、俺は諦めなくていいのか…?
「………っ、いや、ダメだろぉぉぁっっー!!!?」
「はあー、碧ちゃんの、意気地なしさんー」
「そういう問題じゃなくない!?」
「あら。私とお父さんも、そうだったのよ。お父さん、私を奪うのに容赦なかったわ〜」
「あの聖人のごとき、遼介さんが!?」
略奪愛!?
「………ええ。なかなか覚悟が決まらないお父さんにエンジンかけるのは、苦労したわ〜」
しかも、略奪を自ら誘導、だと……!??
………そんな。
「っ、俺は、来海が幸せなら別にいいんだよ。都さんの馬鹿ヤローぉぉっっ!!!!」
「あらあらあら」
俺はうわあっっ!!!と憧れの遼介さんの恋路が泥沼だったショックを抱えて、朝の住宅街を駆け抜けた。
略奪、ダメ、絶対。
都さんをもっと出したい…(作者談)
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