お泊まり
来海は風邪気味(恐らく仮病)だから、看病しにうちにお泊まりに来てと言った。
俺は段階飛ばしてるなと思い、一度断った。
俺、理性の権化だから。
しかし、まさかの分からせタイム発動で、俺に拒否権がなくなってしまったーーーーー
だが、来海ちゃんよう!
そのプランには致命的な穴があるーーーーー
「いやはや、さしもの都さんと遼介さんも許可を出すわけがーーーー」
「あらあ〜いいわよ」
「構わないよ」
「わーい。流石、お母さんとお父さん!」
「………」
誰か俺の味方になってくれてもいいのではないだろうか。
そうだった。この家族、俺に対して並々ならぬ絶対的信頼を寄せていたんだった。
え?何、いいんですか?おたくの娘さん、俺に預けちゃっていいの?!俺が何かやらかしたらどうするつもりだこのご両親は!
都さんがこっちこっちと、俺を手招きする。
「碧ちゃん〜」
「……な、何でしょうか」
都さんは良からぬ笑みを浮かべて、ボソッと俺に囁いた。
「(この家壁厚いから、夜中に変な声出しても大丈夫よ〜?)」
「いや大丈夫じゃねぇよ!何言ってくれてるんですか!?」
耳を押さえて、ずさささ!と後ずさった。都さんは、あらあ〜と、頬に手を当てて小首を傾げた。
「あら〜碧ちゃん。何のことかしら?私はちょっと夜更かしして騒いじゃっても大丈夫って、言っただけよ〜?高校生なんだから、夜中に深夜テンションで騒いじゃっても大丈夫って、言っただけよう、あらあら」
「くぅ……!」
くそう。絶対言葉に含みあったのに、それを証明できない歯痒さ!都さんお得意の手口である。うちの母親もよくやられてる。なのに親子共々学習しない。
頼むから、俺が、変なことを考えて先走ってしまっただけではないと思いたかった。恥ずか死ぬ。
いえ、俺は紳士、俺は紳士………
ガチャリと、玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー」という男にしてはやや高い声が聞こえた。来海の弟の和泉である。
リビングに都さん譲りの美人な顔が現れた。黒の詰襟に、重そうな荷物。部活帰りの義弟だった。
俺を見て、驚いた表情を浮かべた。
「あれ!碧兄ちゃんだー!何で?」
「今日は碧ちゃんがうちに泊まるのよ〜」
都さんの説明にそっかそっかと頷き、和泉ははっとしたような表情になった。
「えっ、じゃあ、そしたら翠ちゃんが大倉家で1人になっちゃわない?危ないよ!お母さん!あ、だからさ、僕も、す、翠ちゃんのとこ、泊まりたいなぁって……」
「あら、駄目よ〜」
「え」
都さんが一刀両断し、和泉は固まった。
あ、駄目なんだ。そこ厳しいのか。
和泉は珍しく都さんに猛抗議。納得行かなかったらしい。
「何でぇー!碧兄ちゃんはいいのに!?」
「碧ちゃんは高校生よ?和泉は中学生。お分かり?」
「いや、碧兄ちゃんって、中学の時にたまにうちに泊まってた気が……!」
「和泉はやらかすから駄目よ〜?碧ちゃんは安心して任せられるものっ」
「ええ!息子の僕の方が信用低いって、どういうことなの?!」
すまん和泉。お前は知らないかもしれないが、都さんは実は心の読める能力者なのだ(推定)。
お前が頑張って俺以外には隠してるヤンデレっぽいところも、恐らく見抜いている……
翠の兄としては、まことに都さんと同意見であった。
この義弟、倫理観は俺よりよほどしっかりしているのに、やらかすときはやらかす。
俺はせめて和泉の肩を叩いて、フォローした。
「大丈夫だ和泉。今日は珍しくうちに父さんも帰ってるし」
ちなみに一応放任主義とはいえ許可を取っておこうと父親に宮野家に泊まる旨を申し出たところ、案の定「ああ」しか言われなかった。安定で何事にも興味のなさそうな父親である。
まあ、信頼はしてくれてるんだろうが。
それで親子の関係は、割と十分かなとは思う。
下手な干渉より、よほど年頃の息子としては父親には接しやすい。
「そう……」
しかし、和泉は落ち込んだ様子のままだった。
そもそも和泉が翠とお泊まりしたいだなんて言うのが普段と違っておかしな点と言わざるを得なかった。
和泉はそれを取り締まる側である。
どうしたんだ?
そういえば翠も家の中で何か元気なかったな……?
安定の中学生組に、何かあったのだろうか。
兄としては、妹と義弟のことはとても心配ではある。
和泉は、自分の部屋に行ってしまった。
都さんは既に夕食の支度を終えていて、後は何品か副菜を作るだけだということだった。
来海が「私も手伝う〜!碧くんに手料理食べてもらう〜!」とエプロン着けていた。下ろしていたストレートロングをきゅっと、結ぶ。
俺を見て、「任せて」と言わんばかりのサムズアップ。
可愛いよう。
何でこんな口を開けば可愛いことしか言わないのだろう。
女性陣ばかりキッチンに立ってたので、俺も手伝おうかと思ったが、遼介さんにちょっと「大人の話でもしようか」と遼介さんの書斎に2人で向かうことになった。
憧れの人に「大人の話でもしようか」と言われるのは、何か凄いカッコいいし、嬉しい。
幼い頃から入り浸っていた遼介さんの書斎は、四方八方が本に囲まれている。とんでもない蔵書数だ。子供心に、ここは秘密基地みたいだなあとよく思っていたものだった。来海の本好きは、ルーツがよく分かる。
俺が遼介さんのコレクションを眺めていると、遼介さんはしみじみという風に言った。
「碧くんは本当によくできた子だね。僕は、家事がからっきしで、ああいう時迷惑になるだけだから手伝いを申し出ることもなくてね……」
「いえ、俺もできるというほどでは」
「いいや…謙遜しなくていい。碧くんほどよくできた青年は、僕は自分の人生の中で他に見たことがないね。学生時代も含めて。まあ、挙げるとするなら、柊色かな」
「父さんが?」
「何でもできるだろう?若い頃から、尊敬してる」
遼介さんが微笑んだ。
性格の柔らかさも含めれば、トータルで素晴らしいとなるのは遼介さんだが、確かに父さんのオールマイティー感は目を見はるものがある。
そつなく何でもこなす父親だ。
スマイル以外は、文句のつけどころがないのだ本当。
「………ありがとう」
「え?」
遼介さんが何故か俺に頭を下げた。一体感謝されるようなことがあったかと、俺は戸惑った。
「うちの娘を選んでくれて、ありがとう」
「………あ」
遼介さんの言葉で、ようやく思い出した。
いかん。忘れてた。
もうここが実家みたいな安心感があって、忘れてた!
そうだ、俺、付き合ってから来海の両親に報告に行ってないぞーーー!
「す、すみません…挨拶を忘れておりました……菓子折りは何にいたしましょうか、都さんのお好きな金水堂の羊羹でよろしいでございましょうか……っ、何たる不覚……っ、これでは彼氏としての社会的信用を失ってしまう!」
「碧くんは相変わらずだねぇ」
遼介さんは、にこにことしていた。
呆れられてなければいいが。
いや、遼介さんって、都さんの夫なだけあっておっとりしているというか、これが本心なんだよなと思う。
「……ちなみに、来海から聞きましたか…?」
「いいやあ。和泉にはだいぶ前に言っていたみたいだけどね。僕も都さんも、最近の碧くんの様子を見て、落ち着くべきところに落ち着いたんだなあと察したんだ」
「……は、はあ……」
よく分からなくなってきた。
都さんって、俺が来海の彼氏だってだいぶ前から知ってたんじゃなかったけ?
だから来海に彼氏が居ると思ってた初期の俺に、都さんは構わずぐいぐい押してたじゃん…?
あれ……?
「良かったよ、碧くんも無事に試練を乗り越えてくれたようで」
「も?」
「近いうちに話すよ。和泉がそろそろだからね。あの様子だとこっち側だったらしい。それはそれで困ったなあと思ってるんだけど……」
「遼介さん、何!?試練って何!?こっち側って!?」
「あはは」
笑いで見事にかわされてしまった。
本当に何だ……?
「ーーーー碧くん。本当にありがとう。君が居なかったら、多分来海は…………」




