勝ったと思ったら余裕で負け

「碧くん、おはよー！」

「おはよう、来海」

宮野家の前で、合流。

はあ。今日も、俺の彼女が可愛すぎて困る。

美少女街道を永久に走り続けている。

３月１４日。本日は、ホワイトデーだ。

正直申すと未だに多くの謎が残ったままのバレンタインデーから、きっかり１ヶ月経ったわけである。

バレンタインデーの告白のすれ違い、そして俺の勘違い、色々あった１ヶ月。

そして何より、行方不明のメッセージカード。

来海の告白の言葉が書かれたそやつは、どこにいらっしゃるのか。

うん、謎だ………。

来海と付き合い始めたのが幸せすぎて、俺はこの問題を若干忘れていた。

まあ、いつか分かればいいなとは思ってる。ひとまず恋人関係を安定させなければ、その問題を直視するにはいかないというのが俺の自論である。

来海は俺とのことに関しては、ことさら不安になりがちというか。盤石な恋人関係をつくってから、そのバレンタイン問題には挑むべし。

俺は、宮野家から出てきた来海に、はい、とペーパーバッグを手渡す。来海の荷物になってしまうが、諸事情で今日は帰りが一緒になれないからな。

「来海、これバレンタインのお返し」

「わぁ……っ、ありがとう碧くん！嬉しい…っ…ね、見てもいい？」

「ああ」

「わーい」

俺が頷くと、来海がペーパーバッグから箱を取り出す。窓付きのギフトボックスだったため、中身はすぐに分かる。俺もデザインにはこだわった。

チョコとホワイトと抹茶のマカロン。

来海はぱあっと顔を輝かせた。子犬ごとく、ぶんぶんと尻尾を振っている幻覚まで見えそうだ。

「わあ、マカロンだ……！私、マカロン大好き！碧くんすごい上手だね……わ、嬉しい……っ」

「おうそりゃあ良かった。そんなに喜んでもらえて俺も嬉しいよ。……でも俺の手作りより、お高いチョコの方じゃなくて本当に良かったのか？」

実は最後の最後まで迷ったり。マカロンも全部は成功したわけではなく、割れたものもあって、まだまだだなと思った。来海にあげた分は綺麗なのを選んだが、満足かと言われると、ちょっと自信がない。

すると、来海は口をとんがらせた。

「…む、碧くん。私にとっては、碧くんの手作りに勝る、貰って嬉しいお菓子は他にありません……！碧くんのが一番なのー！」

「そお…？」

「そうなのです」

くう、嬉しいこと言ってくれるじゃないか、来海め。

なんてできた彼女なんだ。

「良かった。……じゃあ、チョコも買ってるから、また今度俺の部屋に来た時にでも食べて」

「………。……碧くん」

「ん？」

「あのね。常々思ってるけど、碧くんは私を甘やかしすぎたと思うの……………」

おや何を言い出すかと思ったら。

俺は、笑った。

「いやいや、そんなことは」

「あるよ！何でチョコまで買ってるのー！？マカロンくれたのに…！そして、碧くんのよく出てくる謎の財力は一体……！？」

「まあまあまあ。俺の生き甲斐だから、許して」

「そんなことあるの……！？ないよ！…っ、もー、碧くんはですね！私に甘すぎると思うんです！」

来海が俺の肩をつつく。ちょっとちょっと、と、聞き分けの悪い子供に言い聞かせるみたいに、咎められた。雀につつかれたら、こんな感じだろうか？チュンチュンと指でつつかれて、ハイ、可愛いです。

うん、やられっぱなしではよくない。俺も来海を照れさせたい。ので、お返しに来海の耳にこっそりと囁いた。

「………大丈夫。部屋呼ぶ口実だから」

「………っ！？へ………っ、ぁ」

来海の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。

ことん、と俯いた。

うわ、可愛い。純粋培養なのに、これで意味通じて赤くなってるのも、またなんか………何と言えばいいんだ？……えろい。…うむ、語彙力なくてすまん。

来海がちらちらと隣を歩く俺に視線を向けてくる。

恥ずかしそうに、俺と目が合うと、ばっとそらす。でも、またすぐにちらりと。

………おう……朝からやりすぎたか。

お互いの部屋なんて高校に入ってからも行き来する仲なので、来海が聞いたところで、特に含みのあった言葉ではないと思ったのだが。

俺がどうやら加減をミスってしまったらしい。

聞いたらそう思うかな、まあ思わないか、という、ただの自分の中での満足遊びだったのだが、来海は思っちゃったらしい。

あれ、俺が朝から飛ばしてる奴みたくなってしまった。

お、おーまいが。

いや、俺はそれっぽく言っただけで。

来海に「甘やかしすぎ」と言われたから、いやいやそんなことはないんだ、実はこういう理由で、ということにしたかったのであって。

純粋に………断じて純粋に………部屋で来海にチョコ食べさせて愛でたかっただけだ、そう純粋に。

他意はない。ええ、純粋に。

どうしようかと考えて、話題を変えてみることにした。来海が意味考えて赤くなってるのも可愛いし、そのままにするのもありじゃないか。もっと見ておきたい。

……あれ。俺って、実はサドだったのだろうか。新発見。

「…………そうだ、来海。今日ちょっと部活休んでボランティア行ってくるから、帰りが一緒に帰れないかもしれない」

「ボランティア？」

「ああ。高嶋先生に頼まれてな。遠くの保育園の幼児と、触れ合うのがお仕事というか。…来海も誘いたかったんだが、あれだよな……」

「……う、うん。今、次の大会の出場権を争って、部内で試合中でね………。とても残念だけど…」

「そうだよな。来海、今頑張ってるもんなー。偉い、頑張って」

「うん！………あっ、でも今日は早めに終わりそうだから、迎えに行ってもいい？」

「構わないけど、なかなか学校から遠いぞ？大丈夫か？」

「大丈夫っ。……あ、でも、迷惑かな…？」

「何を言う。来海とのことで迷惑という概念は存在しないぞ」

そんな心配をされると、俺は来海に迷惑と思わせてしまう自分の至らなさに猛省だ。

来海は、苦笑した。

「……碧くん、そんなことはないと思うの……嫌だったら、ちゃんと言わなくちゃ……」

「一緒に帰れないかもと思ってたところを迎えに来てくれるよく出来た彼女に、喜ぶ以外に何があると思うんだ……！」

「もうっ、碧くんがすぐそういうこと言うから、私ワガママになっちゃうんだよ……？」

「いくらでもこい。俺の幸福の濃度が増すだけだ」

「もう、もう、碧くん……！」

「………好き………」

俺に聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で、来海がぽつりと呟いた。

俺の思考が止まった。

タイムラグがあってから、また再び動いた。

かは………っ！

相手を照れさせるのは俺の勝ちかと思ったら、逆転で余裕の来海の大優勝。

とんでもないカウンターくらったものである。

いや…ず、ずるいと思うんだ…？

素直にそんなこと言えちゃうの、ずるいと思うんだが！

俺はガンガンそういう類のことを言えるタイプに見えて、意外と雰囲気とか流れにのらないと言えなかったりする。

しかも相手に先に言われてしまうとなおさらな！

来海は何も返せずにいる俺に、ぱちぱちと瞬きをさせた。彼女の口元が緩む。

く、気付くなー、気付くな。

「碧くん…ひょっとして…照れてる…？」

気付かれてた。

「……て、照れてない」

「きゃー、ツンデレな碧くんだ…！」

や、ツンデレではない。

ツンデレではないが。

…だって、恥ずかしいだろ…！？普段あれだけめちゃくちゃやっといて照れてる自分、恥ずかしいじゃんか！

「く、…っ、だって、俺が照れて誰得なんだ……」

「私が得します。私の幸せメーターがぐんと上がりました」

「じゃあ、よかろう……」

今日も敗北を喫して、２人で学校へと向かった。

教室に着くと、「『砂糖拡散禁止令』を出そうと思う」と俺たちの近くを歩いてたらしい友人に宣言され、「何で？」と訊き返すと、「お前らのせいだよ！」と激しいブーイングを食らった。

解せぬ。