保育園に行けということでございまして。
陽飛と、その婚約者である金髪ブロンドさんを見送って数日。
去り際に不穏な言葉を残していった陽飛だったが、何事もなかったかのように、安定の長文メールが今日も俺のもとへ届いていた。
「………」
画面をスクロールする。
長ぇ。
海外にいきなりぶち込まれてホームシック気味だった陽飛を幼馴染のよしみで哀れんで、今まで俺は長文を頑張って返してやってた。
が、金髪ブロンドさんも居ることだし、俺はもう一言しか返さんことにする。来海のこと以外で、何が悲しくて俺は労力を割かねばならん。
『やかましい』
『何で!?』
陽飛からは即レスだったが、俺は無視した。今日も今日とてこの男は、無自覚にも婚約者とよろしくやってる様子を、あろうことか俺に中継して送ってきやがった。
はあ!これだからイケメンは(偏見)。
教師にバレないように、スマホの電源を落として、俺は職員室に向かった。放課後ということもあり、勉強の質問や提出物等で、職員室前の廊下は生徒たちでごった返していた。
何故か俺に数学の質問をしてきた男子生徒に解法を教え、重そうなノートを持っていた女子生徒を手伝い、3ヶ月後の文化祭のアイデアが浮かばずに苦心している生徒会には、適当に意見した。
いつの間にか職員室前の廊下からは、俺と数人だけを残して、生徒たちがごっそり姿を消していた。
職員室のルールに則り、名前を言ってから中に足を踏み入れる。
何故職員室にやって来たのかというと、担任の高嶋先生に呼び出されたからである。
……べ、別に今日は何もやらかしてないぞ?
授業中にこっそり旅行ガイドブック持ち込んで、来海との春休みの計画とか立てたりとかしちゃってないぞ?
…あれ?…もしかしてバレてたのか…?
高嶋先生の机に向かうと、向こうはすぐに俺に気付いた。大倉、と名前を呼ばれる。
「はは、大倉が来ると、職員室の前が、急に静かになるからすぐに分かるな」
「ぐすぐす。俺、そんなに嫌われてるんですか」
「俺はツッコまないぞ?」
ノッてくれてもいいんだよ高嶋先生?
まあ、流石に冗談だが。
「はあ。廊下前に並んでる生徒の用事を、お前が片っ端からいつの間にか片付けるもんだから、先生たちの労力減って、陰で先生たちに感謝されてるんだぞ」
「え、そうなんですか」
「そうだよ。だから扱いずらいんだよ不良優等生…!校長が特に気に入ってるから、何も言えないんだよ…!あのなぁ、今日も俺の授業の時にお前、旅行ガイドブック見てただろう!?」
「あ。バレてました…?」
「バレるに決まってるだろ!」
バレてたらしい。
「すみません。次は上手くやります」
「次はないんだよ!何でやる前提なんだ大倉お前は!」
「ええ…、うーん、来海が居たら、ちゃんと授業受けますよ。ーーーあ、進級したら本当に頼みますからね?!2年は絶対、来海と同じクラスにしてくださいね!?先生も俺に真面目に授業受けて欲しいでしょ!」
「何ナチュラルに要求してんだお前本当!」
もうすぐ高校に入って初めての春休み。
その春休みが明けたら、新学年。
俺が去年のその頃、来海と違うクラスと分かってどんなに絶望したか…!
2年こそは、頼みます。遠足、文化祭のクラス企画、何よりビックリイベントの修学旅行が控えてる…!!
2年生だけは、絶対に、何がなんでも同じクラス!
それ以外は認めん!!
俺がひそかにクラス替えに対しての熱い闘志に拳を固めていると、高嶋先生は小さく息を吐いた。またこの不良優等生は…とか思われてそう。ぐすん。
「……それで高嶋先生。ご用件を伺いましょう」
「ああ。明日の放課後なんだが、大倉行けるか?」
「どこにですか?」
「保育園」
「保育園???」
読めない。何故に、保育園!?
ていうか明日部活ですけど…?
高嶋先生は、机の上の棚から、クリアファイルを抜き取った。それを俺に渡す。見ると、説明資料のようなものが入っていた。
それをファイルから取り出してざっと目を通すと、ここ水上高校と、水上高校からだいぶ離れた場所にある保育園との共同企画みたいなものが、書かれてあった。
「えっと、なるほど……うちの高校から何人かボランティアを派遣して保育園児たちと触れ合う日を設けたはいいが、思ったよりも現状、ボランティアが集まっていなくて、いつもやらかしているから頼むのにはちょうど良さそうな俺に白羽の矢が立った感じですかね…?」
「こういう時、話が早いから大倉は助かる……!頼む、大倉!そのボランティアを引き受けてほしいんだ!」
「うむ。一応、部活あるんですけど…」
「顧問には俺から話を通しておく」
「ああ、なるほど」
それなら別にいいか。
部活をするか、ちょっと出向いて子供と交流するか、どちらにせよやらなければならないのだ。俺は子供好きだし、後者の方を求められてるなら、引き受ける分には全然構わなかった。
俺は頷く。
「いいですよ」
「助かるぞ大倉。お陰でボランティアの人数を確保できそうだ。お前が行くとなったら、何人かついてくるだろう」
「…………ま、まあ……」
……はは。謎の団体が学内に存在しているが、俺は知らないです。俺が日常的に人助けしててすごい、みたいにヨイショしてくる謎の団体が存在してることなど、俺は知らないです。
う、怖い…っ!いつ反旗を翻してこっちを襲ってくるかと思うと、得体が知らなさすぎて俺は怖いよう。
嫌だわ、絶対この件はバレないようにしよう。
俺は資料をそのまま貰って、職員室を出た。
スキンヘッドの老人と廊下で出会う。
箒と塵取りを持ったその人は、一見、ただの事務員のようにも見える。
しかし、かの人はうちの高校の校長であった。
にや、とちょっとニヒルに笑う。
「おお、大倉くんじゃないか」
「校長先生ー!そうだ、近々校長室にお茶しに行こうと思ってたから、ちょうど良かったです」
「おや、何か私に用でもあったかね?」
「大アリですよ!新学年のクラス編成、上手いこと先生たちに助言してください!頼みます!」
「おほほ、君の幼馴染と一緒のクラスにしろということかね」
「ええ!しかし、校長!幼馴染と呼ぶのも良いですが、ついに晴れて恋人になったので、『彼女』と呼ぶのが適切ですね!」
「なんと、それはめでたい!」
スキンヘッドのおじちゃんは、破顔して、そうかそうかと頷いた。
「よし、私に任せなさい」
「流石っ、校長~!持つべきものは、やはり学内の権力!」
いぇーい、と2人でハイタッチ。
「いや何してるんですか、らっしゃるんですか職権濫用っーーーー!!」
と、追加の資料を渡しに俺を追いかけてきた高嶋先生が、俺の頭をプリントの束でエアで叩く。
うん、コンプラは大事だよね!




