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別れ際に判明したあの日のこと

ーーーークルミを更生させるべきだと思うよ。



「………」

「………」


来海と金髪ブロンドさんが仲良さげに言葉を交わしてる中、俺と陽飛は険悪な空気だった。

いや、険悪というより……見えない緊張感が走っている。


陽飛がこれ以上踏み込んでくるつもりなのか、否か。

俺は牽制して、陽飛は隙を窺っている。

膠着していた。


だが、先に折れたのは陽飛だった。


「………ごめん」

「………」

「過ぎた過去に、外野が理想論を持ち出すことほど、当事者にとって嫌なことはない。それは一番現実を理解して苦心した、当事者へ配慮がなさすぎる。好き勝手言うなよって思ったよね。……悪かったよ」


流石、幼馴染というべきなのか。

俺の思っていたことを的確に言語化してくるんだから、困った。

それを謝罪してくるのだから。

こっちも折れざるを得ないじゃないか。


「いや……俺もすまん。お前がちゃんと…考えてくれてるのは、分かるんだ。他に言いようがあったのに、悪い」


何故こんな付き合い始めたばかりのタイミングで、と思ったが、一方で、だからこそコイツは言及したのかもしれないとも思った。

日本に次にいつ帰れるかもわからないから、直接俺に言いたかったのだというのも、分かった。


俺は多分、来海に対して際限がなくなる。

恋人になったならば、今まで以上に。

それは俺の元来の性格ゆえなのだが、コイツはそれによって陥る事態を憂いているだろう。


要は、心配してくれてるらしい。

この幼馴染の男は、俺たち…いや、俺の帰着点を心配しているのだ。果たしてそれがどこへ向かうのかと。

それは杞憂で、おおよそ、何事もなく平穏に向かうはずだ。


しかし、もしまた……。


いいや、と俺は首を振った。


あの時、全部引き受けると決めた。

彼女の分は、俺が全部背負えばいい。

彼女をきっと守ってやれる。


そのために、俺は居るのだ。


「……陽飛。大丈夫だ。何も問題はない。来海の笑顔は俺が保障する。俺は絶対大丈夫だから、壊れるなんてあり得ない……」

「…………もし、」


陽飛は、顔を上げた。


「もしも、その時は………ちゃんと、頼ってよ」


宿題だけでなく、約束まで残して行くつもりらしいこの男は。



…ああいや、違うか。


コイツの本当に言いたかったことは、こっちだったんだと思う。

俺が人に頼るのが苦手だと、知っているから。


…ったく、遠回りしやがって。




俺は、小さく笑った。


「もしも…な。そんなこと、ほとんど起こる可能性の方がずっと低い。そんな予防線張らなくたって、何も起きやしない。お前も分かってるだろ?」

「……まあね」


陽飛は、ちょっと困ったように笑う。

その目にまだ浮かぶ心配の色を、俺は見なかったことにした。


ぎこちない沈黙。

俺は事情を知っている陽飛に、これ以上この話を持ち出されるのが嫌で、どうにかして欲しかった。


もう忘れて、何もないまま終えたいのが…俺の願いだ。


だから、代わりに、俺は話題を提示した。

これは、俺の良くない癖だ。真剣な空気が苦手で、すぐに道化に走って誤魔化そうとしてしまう。

だが、この雰囲気をどうにかしたかった。



「…ところで、1つ訊き忘れてたんだ」

「何のこと?」

「来海の誕生日の前日。あの日、何でお前来海と会ってたんだよ」

「ああ……」


陽飛は、合点が行ったように宙を見上げた。


俺が言っているのは、俺が自分が来海の彼氏だと判明した日……

陽飛のふざけたメッセージカードによって誘き出され、俺が陽飛の用意した夕焼けの舞台に上ってきた日のことである。


あの時、来海はあの場に居た。

つまり、俺のあずかり知らぬところで、来海は陽飛と2人きりで会っていたことになる。

俺に内緒で。


俺に内緒で。


俺は、ぐぐぐと顔を歪めた。


「……あのさ、そんな嫉妬全開の顔しないでくれる…?俺とクルミの関係、今回の件でもう分かってるでしょ?」

「あ?関係?匂わせんな、ぶっ飛ばすぞ」

「だから、何でそんな険しい顔するんだい!俺とクルミはアオを取り合う天敵同士だよ!?分かるよね!?」

「陽飛クンのことは、いまいち信用できない……」

「それクルミにもまったく同じ台詞言われたんですけど!?何なんだこの幼馴染たちはーーっ!!」


冗談だ。

陽飛のことは、表面は信用してないが、根っこの部分は信用してる。


「じゃあ、さっさと吐けい。理由次第じゃ、俺は来海とお部屋にこもってお話し合いをしなくちゃならんのだ」

「さらっと怖いこと言わないでくれるマジで!?」

「まあ、それは流石に冗談だが」

「それ、果たして本当に冗談の目かな……」


陽飛は、やれやれと言ったように両手をあげて、肩をすくめた。超絶イケメンのやれやれほど、この世で鼻につくものはない。


「あの日は……クルミに早めの誕生日プレゼントを渡した、てところだよ。あの舞台を用意するためにクルミに来てもらう必要があったのと、あと……単純に俺からのプレゼントを待ちきれなくなったらしいから、ちょうどいいかと思って」

「………陽飛」

「うん?」


俺は、笑った。拳を固めた。


「ボコしていいか?」

「俺に対してだけ、すぐに暴力に走るのはやめよう!?ねぇ!?」

「お前が100パー悪い」

「何で俺はまたコールドゼロで負けてんの!?」


ち。


お前からのプレゼントを待ちきれなくなる来海ちゃんなんて、存在しません。もし存在してたら、俺は本当に来海とお家にこもるぞ?ねえ。


……いや、人から贈り物を貰って嬉しいと思うのを、決して否定したいわけではない。

ただ、俺は長年、陽飛は来海を好きだと思ってたので、そういうことを聞くと条件反射で反発心が湧いてくるのだ。


仕方なかろう。何せ、陽飛がこれまで蓄積してきた思わせぶりが多すぎる。

未だ、恋敵認定が完全には外れていない。


「何をプレゼントしたんだ」

「ええ………」

「何をプレゼントしたんだ」

「………いやぁ、俺の口から言うのはなぁ……」


言い淀む陽飛に、俺はアイアンクローをかました。

俺の腕の中で、陽飛がもがいていた。

しかし、流石はステータスオール満点以上の美点。すぐに身体を上手いこと捻り、俺から抜け出した。


「….…だからさ、すぐに暴力に走るのやめよ?あと、この件はクルミ本人に訊きなよ」

「陽飛。俺は来海の口から他の男にプレゼントされたものの内容とか毛ほども聞きたくないんだ。『陽飛くんにこれもらったの』とか聞きたくないんだ。分かる?」

「分かんねぇよ、面倒臭いな本当にもう!?」


陽飛は言葉通りに面倒臭そうな表情を浮かべた。

しかし、観念したのか、口を割った。


「…7ミリサイズの小型ブローチだよ。生活点検に引っかからないように制服の裏につけたいって言ったから」

「………へえ。………ちなみに、3日間の食料ってどれくらい要ると思う?」

「しれっと監禁シュミレーションしてんじゃないよ!?」

「…いや、冗談だ流石に」

「だから冗談の目に見えないんだよさっきから!」


へえ、来海ちゃんは他の男もらったブローチつけるんだな。へぇ。


「分かった。やっぱりお前との友人関係は今日で終わりだ。バイバイ」

「既に解決済みの問題を再燃させないでくれる!?まだフク=ガオカシに連絡取ってるところなんだからさこっちは!」

「………じゃあ、俺が納得できる理由を提示してみろ」

「………分かったよ、まったく……」


陽飛は、またやれやれポーズをしてきた。

すごく殺意が湧いてきたのは、何故だろう。


「……ブローチって言っても、装飾品じゃないよ。どっちかと言うと、最新技術が詰まった電子機器なんだから」

「…は?」

「最大30枚の写真のデータをあの7ミリサイズに収まるのはすごく苦労したんだよ?でも、制服の裏につけててバレないサイズがいいって言うから」

「……?」

「クルミに見せてもらった方が早いよ。多分、今日も持ち歩いてるんじゃない?」

「………??」


要領をいまいち得ないまま、俺は金髪ブロンドさんと話をしている来海の肩を叩いた。

来海が振り返る。


「どうしたの、碧くん?」

「陽飛に貰ったプレゼント見せてくれないか?」

「………えっ、あ、えっ」


来海はあわあわとして、慌てた。

どうしたんだ?


「来海ちゃん。出せないのか?」

「………や、あれは……ちょ、ちょっと……」

「出せないのか?」

「………ううう……っ!」


来海は両手で顔を覆った。

しかし、観念したように、鞄から手のひらサイズのアクリルケースを取り出した。

その中には、確かに、7ミリ程度のブローチがある。

俺が来海からケースごと受け取り、それを取り出すと、ブローチには覗き穴のようなものがあった。


うん?


何の気なしに覗いてみると、写真のような風景が小さい穴の向こう側に広がっている。

その写真に極小サイズだが、自分が映っていた。

何とも言えない気持ちになるが、俺は奇妙なことに、笑った自分が映ってる写真を眺める羽目になってしまった。


これは……前に2人で梟カフェに行った時の写真だろうか。俺の肩に梟が1匹止まっていた。なかなか止まってくれなくて、やっと自分の元に来てくれた感動で隣に居た来海に報告した覚えがある。あ、そういやスマホ向けられてたな。


「だ、だって、学校って、スマホ触れないし、碧くんは違うクラスだもん……っ、いつでも見れる写真媒体が欲しかったの……っ!」


来海は、うう…といたたまれない様子で、目を押さえている。

やれやれ、来海は何か勘違いしているらしい。


「別にそれはいいんだよ。いや、寧ろ嬉しい」

「いいの…!?引くとこじゃないの!?」

「だけどな、陽飛からのプレゼント持ち歩いてるのが気に入らないんだ…!」

「そっち……!?」

「よってこれは没収させていただきます…」

「そそそんなぁ………っ!!」


来海が悲鳴を上げた。


俺が懐にしまおうとすると、陽飛が俺に向かって手を差し出した。


「仕方ないね!俺が預かるよ!元はと言えば、俺があちこちに依頼して作ったものだし!」

「………陽飛お前…何でそんな輝かしい笑顔なんだ?」

「気のせいだよ気のせいだ」

「………まあ、俺が持ってても仕方ないしな…」


陽飛にケースを渡すと、陽飛はニコニコの笑顔を浮かべる。

何だろう。何か悪寒がするんだけど、どうしてだろう?


「碧くん……っ!その人に渡しちゃ駄目だよ!悪用されるよ!うわぁぁん、私の碧くんの写真がぁぁ!」

「仕方ないよ、クルミ。アオがね、嫌だって言うから」

「うう……!」

「あはは」


俺は、首を傾げた。


「ねぇ、これどういう状況?オオクラアオイ」

「分からん。俺にもよく分からん」

「まあ、つまり、アナタが元凶ってわけね?」

「何で俺が睨まれてるんだ…!?」


金髪ブロンドさんに鋭く睨みつけられ、俺は首をすくめた。


やれやれ。


ーーーーーーー、


「…じゃあ、そろそろ行くわよハルヒ」

「ええ……」


そろそろ出発だということで、陽飛と金髪ブロンドさんとはお別れすることになった。

良くも悪くもインパクトが大きかった金髪ブロンドさんは、意外にもフレンドリーな笑みを浮かべて、俺と来海に手を振る。

俺と来海も、手を振り返した。


チェックインカウンターの向こう側へ、金髪ブロンドさんが去り、それに引きずられるようにして、陽飛も消えていった。




「………本当に自分の感情の操作が繊細だね君は。場の雰囲気を思い通りにするのが上手」


そんな言葉を最後に残して。


お昼にも更新します。

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