陽飛が残した宿題
色々あったが、約束の時間には無事に間に合った。
そもそも空港にやって来たのは、幼馴染の陽飛とその婚約者の金髪ブロンドさんのロスへのリターンをお見送りに来たためであった。
待ち合わせ場所のチェックインカウンターには、既に陽飛と金髪ブロンドさんの2人が居た。
「おーい、2人とも……」と俺は声をかけたが、むなしくそれは2人の言い合いによってかき消された。
「もー最低っ!ワタシは外聞の悪い婚約者なんか要らないわよ!」
「俺もちょっとナンパされたくらいでいちいち目くじら立ててくる婚約者なんか、ごめんなんだけど?」
「ふぇ……わ、ワタシ悪くないわ…!ねえ!?クルミ!」
「え!私…っ?」
いきなり婚約者たちの口論に巻き込まれた来海は、自分を指さして、目を丸くした。
状況から察するに、顔のくそほど良い陽飛がナンパされ、それに金髪ブロンドさんが腹を立ててると。
来海も状況を理解して、こくりと頷いた。
「う、うん!私も、碧くんがナンパされてたら、怒っちゃうかも!」
「援軍連れてくんじゃないよ!クルミ引き入れたら、アオもそっちサイドにつくに決まってるじゃないか!卑怯な!……あ、それともアオは俺のこと応援してくれ……」
陽飛が期待のこもった視線を俺に送って来た。
「うん。俺は来海が支持する方を、支持する。よって金髪ブロンドさんの味方だ」
「ねぇぇぇ!?アオは、その行動原理やめてくれるかな、ホントにぃ!?またコールドゼロで、俺の負けじゃないか!?」
ぐす、ぐす。可哀想に、陽飛くん。
…毛ほども思ってないけど。
金髪ブロンドさんは、勝気な笑みを浮かべた。私は正しかったのよ、と胸を張った。
「ほらねー!ワタシの言った通りじゃない!」
「違うだろうがクソ…っ、何でこうなるんだ…」
この金髪ブロンドさんのおかげで、陽飛にこんな一面があったことを最近知った。俺の知ってた陽飛は、何でも出来る鼻につくイケメンで、他人を転がすのが上手な男だった。
こんな屈辱そうな顔をしているのが、俺からすると、あまりに意外だった。
婚約者ルートは、案外、陽飛にとって悪くないと思うのだが……
本人が認めないことには、どうしようもなかった。
ううむ。
金髪ブロンドさんは満足したのか、そこで口論は終了した。
陽飛は、はあ、と溜め息をついて、肩をすくめた。
「………アオ」
「ん?」
「…日本を発つ前に、ちょっと2人で話がしたい」
「何だいきなり」
ちらりと見ると、来海と金髪ブロンドさんの間には謎の連帯感が生まれていた。金髪ブロンドさんは来海の天使力に魅了されたか、グイグイと迫り、来海はそれに戸惑いながらも、嬉しそうにしていた。
良い光景だ。
それに比べて……何故か、俺と陽飛の間には張り詰めた空気が流れていた。
「………俺は、正直クルミは天敵みたいなものだよ昔から。アオを取り合って何度も争って来た」
「衝撃なんだが」
俺が今まで認識してた構図は、俺と陽飛が2人で、来海を取り合っていたものだというのに。
俺がお前と来海の距離が近い度にヤキモキさせられてた日々は、一体何だったと言うんだ…?
あの苦悩は…?
「でも、別に嫌いわけじゃないよ。ちゃんと幼馴染として、もちろん、大切には思ってるんだ」
「……そうか」
「だから……」
陽飛が、俺を見上げた。読めない笑みばかり向けてくるコイツが、珍しく真剣だった。
「クルミのこと、絶対に見捨てたら駄目だ。あの子は、アオが居なかったら、生きていけない」
俺は、息を呑む。
「……それは、言い過ぎだ…」
「そうさせたのは、アオでしょ。分かってるよね?」
「…………お前、何が言いたいんだよ」
苛立った。
違うだろ?
お前が本当に言いたいことは、そうじゃないくせに遠回りなことばっか言うなよ。
皮肉だ。
コイツが今俺に向けて来たものは、皮肉以外の何物でもなかった。
向こうも苛立っていた。陽飛は軽い舌打ちをして、俺を見た。
「じゃあ、こう言えばいい?ーーーー見境なく自分に依存させて、どうするつもりなんだよ君は」
俺は、笑った。
「何が悪い」
「日本に帰ってくる度、俺は……、君とクルミの関係がどんどん危うくなっていくのを感じるんだよ。そうだ、そうだよ。中学の時、確かにアオはクルミにとって、救世主だった。ヒーローだったよ。でも……」
そんなところで、どうしてコイツは言い淀むんだ。
いいや、分かってる。
否定をしたくないのだ、俺に関して。
何だ?
俺のやり方が間違ってたとでも?
言えばいいよ。
いくらでも言い返してやる。
じゃあ、お前ならどうやって救ってやったんだよって。
どうせ答えられないだろ?
「…………壊れるよ」
「壊さないよ。絶対誰にも壊させない」
「違うよ、君のことだ。どうして君は、いつも、いつも、自分で全部抱え込むんだよ。才能に愛されて、自我が強くて、おかげで、壊れそうになっても、誰も気付きやしない。誰も分かってない」
「………陽飛。今はもう、何もないんだ。平穏なんだよ。起こり得ないことを考えたって仕方がない」
「……アオ。俺は2人の交際自体は祝福してるし、離れろなんて決して言わない。お互いを想いあってる2人がこの先も一緒に居るのは、当たり前だし、そんなの幼い時からよく知ってる。………でも、だけどさ、だけど……アオ、俺はーーーーー」
クルミを更生させるべきだと思うよ。
そんな言葉が、ロスへ旅立つ幼馴染から出された宿題だった。




