明かされる舞台裏
ーーーーー3月10日。
来海の誕生日だ。
ブォーーーーーっと、汽笛の音がして、客船が動き出した。薄暗い夜の港を、客船はゆっくりと離れて行った。
招待客たちは、俺も知っている顔ぶれが並んでいる。
その輪の中心に居る来海は、親友の桜井さんや友人たちに囲まれていた。沢山の贈り物や花が、彼女にお祝いの言葉とともに届けられた。
………良かったな、来海……
彼女の溢れんばかりの笑顔を見て、俺は泣きそうになった。もう……心配なんて、なかった。
もう大丈夫だ、来海は沢山の幸せに囲まれている。
俺が暴走する必要も、もうないんだろう。
俺は、小さく微笑んでグラスに口をつけた。
俺がそんな風にしんみりしているというのにーーーー
空気をぶち壊してくる男が、1人。
「やあやあ、颯くんだっけ?何だい君がアオの親友なんだって?悪いけど、アオの親友は昔から幼馴染の俺だと古今東西決まってるんだ。そこんところ、よろしく頼むね?」
「え………、あ……は、はあ…?」
亜麻色の髪の華やかイケメンが、控えめな優男系イケメンにぐいぐいと圧を掛けていた。
颯は、ほぼほぼ初対面の陽飛に絡まれて、困惑していた。
俺は、はあ…と溜め息を吐いた。
まったく、ちょっとこっちはいい感じだったってのに……少しくらい、浸らせてくれ。
俺はグラスをテーブルに置いて、2人の間に割って入った。どうどう、と引き剥がす。
「おい、颯にだる絡みするな。幼馴染止まり」
「幼馴染…止まり……?」
陽飛が、固まった。俺は無視して、颯に一言断りを入れる。
「悪かったな、颯。俺の幼馴染が」
「うん、構わないけどさ……後ろの貴公子は、大丈夫そう?何か青ざめてるけど……?」
「ああ、気にするな。いつも通りだ」
「いつも通りなんだ」
俺は颯を想い人の桜井さんの元へ行くように誘導し、2人きりになったところで、陽飛のネクタイを掴んだ。
「それより、話があるからちょっと来てくれ」
「ねえ、幼馴染止まりって、何?幼馴染止まりって、本当に何だって言うんだ?!まさか、親友になれなかった男って意味じゃあ、ないだろうね……っ!?」
「はいはい、そんな定義はどうでもいいんで、面貸せや陽飛くん」
「どうでも良くない!!」
俺はぎゃあぎゃあ言ってる陽飛を黙殺して、甲板に連れ出す。びゅぅ…と吹いた春の夜風が、髪と頬を撫でた。
俺と陽飛は、並んで手すりに背を預けた。
「………さて。昨日聞けなかったこと、全部聞かせてもらうぞ?」
「はぁ、君とクルミは昔から手が焼ける……」
「おい、陽飛クン?」
「はい、分かってるって……」
陽飛は、ちょっと肩をすくめて、それから息を吐いた。その視線は、夜空を見上げる。いちいち絵になる男だなホント。
「ーーーバレンタインの日に、来たんだよ。クルミからメールでね。何でも、自分から告白して君からOK貰って恋人になったって、報告だった。俺のこと散々煽ってきたけど、ああ思い出したら腹立ってきた………まあ、可愛らしかったよ」
「………それでか。俺が訊いた時、お前が来海に彼氏が居ることに全然疑問が無さそうだったのって…」
「そりゃあ、本人から報告貰ってたからね」
当時はロスに居た陽飛に、来海は即日で俺と恋人になった報告をしていたらしい。
きっと、喜んでくれてたのだろう。
嬉しくて、幼馴染の陽飛に報告したんだ。
その行為が可愛らしくて、俺は愛おしさと共に、ーーーー気付かずに過ごしてた罪悪感にーーーー押しつぶされそうになった。
「まあ、俺も色々思うことはあったけど、ひとまず2人のことはお祝いしてあげなくちゃな、と思ってね?だから、アオに送ったんだよ。『おめでとう』ってーーーー。そしたら、君は、何て返したと思う?」
確認しなくても、思い出せる。
そうだ、確か…バレンタインの翌日に陽飛から連絡が来ていて……
いつもはとにかく長ったらしい文章を送ってくる陽飛が、その日だけは珍しく…ただ一言『おめでとう』と送ってきたから。
珍しく短い言葉に驚いて、しかもその意図が分からなかったので、俺の記憶に強く焼きついていた。
「……『何のこと?』って、返してきたんだよ君」
「………ああ、すまん……」
俺が悪いんだろうか……
来海に告白された覚えがないのだが、俺が悪いのだろうか……
うん、まあ、俺が悪いか。
俺は苦い表情を浮かべた。陽飛は、やれやれと肩を落とした。
「…それで全部、察したね。あ、コレ、告白が成立してないなって。アオは多分気付いてなくて、クルミは何故か恋人になったと思い込んでるなあって……」
察しが良すぎる。
全て正解である。遠い地に居るこの幼馴染の方が現状を把握できてたって、俺間抜けすぎないか?
「でさ。1つ問題があったんだ。別に放っておいてもいいかなあ、と思ったけど、クルミが可哀想になる問題があった。…分かるよね?」
俺は、更に苦い表情を浮かべた。
「そうか。俺、言ってたもんな。お前に。来海の誕生日に告白して恋人になるって……」
「そうそう。アオなら間違いなく、告白と一緒に関係をはっきりさせる。『俺と付き合ってくれ』って、絶対言うはずなんだよ」
だから、察しが良すぎるだろこの幼馴染…。
確かに、すれ違うのとか絶対嫌だし、俺は来海に『付き合おう』とか『彼女になってくれ』とか言ってたに違いない。
「でもそしたら、クルミは不思議に思うじゃないか。『あれ?私たちって、恋人じゃないの?』って。するとクルミは自分の思い込みに気付いてしまう。自分は告白してとっくに恋人になってたつもりだったことに、気付いてーーーーーまあ、後は大体想像つくでしょ?」
俺は苦笑した。
お、おう………
それは、来海にだいぶダメージでかいな……
来海はそういう自分の思い込みとか嫌ってるから……
もし、そんな未来になってたら、少々大変なことになってたな。
俺は、顔を押さえた。
「お前が『クルミの誕生日までに間に合わせなきゃ可哀想』って、そういう意味だったのか…」
「そう。誕生日までに、アオに自分がクルミの彼氏なんだってこと、自覚させる必要があったんだよ。わかってて、クルミに恥をかかせるのは、流石に俺も良心が傷んだんだ」
俺たちの性格をよく分かってるぜ、この幼馴染……。
しかし、俺はコイツに一言、言ってやりたいことがあったのだ!
俺は、陽飛に恨みがましく視線を向けた。
「いやっ、じゃあ、最初から教えてくれれば良かっただろうが……!?『君がクルミの彼氏だよ』って、一言言えば済んだのに!何だったんだよ、あの俺の脳破壊劇場はーーー!!俺は、マジで、お前が来海の彼氏だと思って……っ!?」
「あーじゃあ、言うけど、本当にそれで良かった?アオの性格なら、一生引きずるよね?彼氏居ると思ってたら、自分が彼氏だと俺に教えられましたと。……そうなったら、後になって、後悔するんだよ君は、『俺って来海に彼氏が居たら諦める程度の男だったのか?』って。自分の気持ちを疑い始めるタイプだよ君は」
それはーーーーーー
「……………」
「ほらね。」
「くぅ……俺の性格把握してて、一切反論できない立ち回りしてるの、悔しい…!」
俺は、地団駄を踏んだ。
陽飛の言い分は、俺がのちのち後悔が残らないように来海を奪う覚悟を決めさせた上で、俺に来海の彼氏だと明かしたーーーーーそういうことだった。
でもな、でもな!?
だからって、全部説明しきれるわけじゃないぞ!
俺は騙されないからな!?
「…にしても、あの言葉の数々はおかしいし、俺マジでお前との縁切ろうと思ったからな…!?」
「あれくらいしないと、略奪に踏み切らなかったと思うけどアオはね?」
「別に彼氏の存在だけ匂わせて、俺にあくまで奪う覚悟を促せば良かったじゃねえか…!?何でお前、来海の彼氏をさらっと名乗ってんだよ!?」
「実は、名乗ってはないんだよねー。1回も肯定はしてないんだよねー。……まあ、でもさ、あちこちに彼氏候補見つけて暴走されるより、俺1人に集中させてあげる方がマシかなって?」
「ああ、納得しちまったよ、こんちきしょうー!」
俺は、再び地団駄を踏む羽目になってしまった。
そうですよ、暴走してましたよ。
合コンとかに首突っ込んで、来海の彼氏候補見つけて、暴走してましたよ。
「………だから、アオは俺に感謝すべきなんだよ?」
「昨日の言葉の数々は、すごく許しがたいが….ものすごく許しがたいが……!!うん、まあ……そうだな…」
俺は、改まってコイツに礼を言うのが照れ臭くなって、首に手をやる。
まあ、色々考えてくれてたみたいだしな。
俺と来海のために動いてくれてたって言うんなら、そのやり方には目を瞑ってやるべきなのかもしれないーーーーー
永久機関案は、マジで許さないがな?
まあまあ、感謝…するべきか。
「は、陽飛…まあ、その何だ、色々気にかけてくれてたみたいで、ありがーーーーーーーー」
「嫌ぁぁっ!!?あっ、碧くんから離れなさーーーーーーい!!!この変態さんっーーーー!!!」
「……え?」
ふわりと柔らかい感触とともに、俺は誰かに抱き止められる。急に後方へ身体ごと引っ張られて、俺は足元がよろけた。
見なくても、分かってしまう。
この落ち着く感触は………
最高に可愛いらしい顔が、俺の顔を覗き込む。
「碧くん大丈夫っ!?何か変なことされてない!?」
「く、来海っ?」
本日の主役ーーーーーそして、俺の彼女だと判明した大切な幼馴染ーーーー宮野来海が、俺のすぐそばに立っていた。
来海は、心配そうな顔色を浮かべていた。
な、何だ何だ…?なんか、すごい焦ってるけど…
「もー、今日は私が碧くんを独占できる日なの…!心配になるようなこと、しないで…!?」
「えー、アオから誘ってきたのに?」
「何てこと……?!碧くん……駄目だよ…!この人何するか分かんないもの……!変態さんだもん!」
来海は、俺を信じられないと言った目で見上げた後、きゅうきゅうと俺の腰に手を回した。
可愛いぃ…!
ん?…って、変態?誰が?
「だって、だって、この人碧くんに罵倒されて気持ちよくなってる変態さんだよ!?ちっちゃい頃、碧くんの泣き顔で目覚めた変態さんだよ!?」
「…………ちょい待ち。……来海ちゃん、何だって?」
俺は、ぎぎぎ……と、陽飛を見上げた。
陽飛は、いつも通りの笑みを浮かべていたが、その頰にすぅ……と汗が光っていた。
嘘だよな、クソイケメン…?




