嵐の帰還
もう一人の幼馴染の男が来海の彼氏かもしれない疑惑ーーーーー。
な、何だ…?
何かブルってきたぞ。
もう、やめておこう。
こんなこと考えてると、去年の夏みたいにいきなりアイツが帰ってきたりしてーーーーー、
『ぎやぁぁぁぁーーーー!!!!!!』
廊下からいきなり女子たちの絶叫が聞こえてきて、肩が跳ねた。
颯も驚いていた。
何だ、何だ?!!
しかも、既視感のある絶叫。
……そうだ、顔が良すぎるアイツは黄色い歓声を超えて、女子から絶叫されるのだ。入学式の日も、こんな絶叫を俺は聞いて……聞いて?
俺は背筋が薄ら寒くなりながら、歯をカチカチ震わす。恐怖じゃないよ、武者震いだってばよ。
怖くて廊下の方を、振り返ることが出来ない。あ、怖いって言っちゃった。
俺は、無理に笑おうとした。
「はは、まさか。アイツが帰って来てるなんて、そんな馬鹿なことーーーーー」
「ただいまぁー、会いたかったよ?アオ」
「………」
背後からイケボから聞こえてきたが、多分俺の守護霊だ。俺の身の回りの安全を日々守ってくれてるのだ。おいそれと、顔を合わせることなんて出来ないよーきゃあ。
気にすることは、あるまい。
「…ああ、懐かしい。相変わらずだねアオ」
「………ひぇ」
守護霊さんが背後から、俺を抱きしめてきた。あはは、好きすぎってか俺のこと。やだなあ、守護霊さん。あはあは……
ガシッ。
俺は、視界の端に映った男の腕を掴んで、勢いよく背負い投げ一本。教室の床に叩きつけるつもりでやった。
しかし、この男は華麗に着地してしまった。
「ははあ、びっくりしたじゃあないか」
「……ちっ」
少しは俺たちのために、無様な姿を晒せこのクソイケメン。
アメリカに行って距離感バグったのかお前は、俺にいきなりハグしやがって。ここは日本だバカヤロー。和を重んじろ、和を。
「ーーーーー久しぶり、アオ」
「はい、久しぶり〜、陽飛クン」
俺と来海のもう一人の幼馴染、冷泉陽飛。
実はいいとこのお坊ちゃんなんてものではなく、日本を代表する大企業、冷泉グループの跡取り息子である。
ステータスオール満点以上の美点、それがこの冷泉陽飛。
亜麻色の髪は乱れ一つなく、ふぅ…と一呼吸しただけでその魔性の魅力にやられる女子が続出。今もバタンバタンと、教室に居た2名の女子生徒が倒れた。コイツ動く人災やん。
「……で?今は、授業の合間の休憩時間なわけですが、何故ここに居るんでしょうか君は?」
「別にロスに行っただけで、この学校で俺は休学扱い。まだこの高校の生徒だとも」
「へー…ソーナンダ」
「片言だ。ロスにずっと居た俺より、日本語不自由なんて可哀想に。ごめんねアオ……俺が日本語含め24カ国語流暢で、本当に本当にごめんね…??」
「んなわけないだろ、ノリだよ!?くっっっそ、ムカつくんですけどこの人ぉ!?んなこと言うなら、じゃあ、天才は天才の庭に帰れば、ゴーホーム!!」
「Go homeな。英語含め24ヶ国語流暢で、ごめんね…????」
「なんなん!?くっそ、ムカつくぅ……っ!!!!」
この会話の主導権握られる感じが、サードンと似てやがる。いや、元祖は陽飛なんだが。
「…あ、クルミはぁー?会いた〜い」
「は?誰がお前に会わせるかよ。半径1メートル以内に近づくんじゃねえぞ。来海泣かせたらマジで容赦しねえ。そもそも俺は夏の一件まだ許してな……」
「ははは、物騒だね。まあ、騒ぎを聞きつけてクルミはもう来ちゃったみたいだけどね?」
「え?」
「碧くんーーー!!!!」
他クラスの来海が駆け寄ってくる。可愛すぎて吐血するかと思った。
俺の隣まで来て急ブレーキ。
そして、陽飛の存在に気付き、来海は感情のよく分からない表情をした。
「あ、久しぶり陽飛くん……」
「久しぶり。相変わらず可愛いねクルミは」
陽飛が甘く微笑みかけた。
な…!?
コイツに来海を褒めるというスキルがあったのか!?
今まで口を開けば来海を虐めてきた奴がぁ!?
アメリカなのか?アメリカのお陰でやっと人になれたのか?
俺は別に陽飛の性格が嫌いだというわけではないのである。
来海を虐めてきた過去を知っているから、とにかく嫌いになっただけだ。そこを改めてくれるのなら、まあ俺も評価を改め………
「うん本当可愛い。相変わらずぐちゃぐちゃに汚したくなる顔してる!」
「ざけんなよ、何言ってんだ!??」
クソガキ…いや、クソ男である。
性癖歪んでんのか。
何も気にした風ではなく、陽飛は両手をパンと合わせた。
「そうだ、お土産買って来たよ!」
「いや怖いから要らない」
「まあまあ、そんなこと言わずにー…ほら?」
「おん?」
俺の手に渡されたのは、アメリカで今爆発的人気を誇っているバンドのアルバム。ジャケットには、なんとサインが書かれてあった。
しかも「To Aoi」も追加で書かれてあり、俺は感動で手元が震えた。
「え?これ、お、俺のためにか…?」
「うん、もちろん。彼らにアポ取って、お願いしたんだ。アオ、好きだよね?」
「っ、お、おう……ありがとう」
「どういたしまして」
な、何だ?これじゃあ陽飛がただの良い奴になってしまうぞ。気味悪いやら、何やら。
「クルミにもあるよ。はい、どうぞ。この作家の原書欲しがってたよね?」
「え……あ、う、うん……ありがとう」
読書好きの来海に、小説を手渡す陽飛。いつもならクルミにお土産ないよとか陽飛が言って、俺が陽飛からもらったお土産を窓から捨ててるところなんだが。
…あれ?本当に改心しちゃったパターン…??
来海はちょっと嬉しそうにパラパラ…とページをめくった。
しかし、異変は起きてしまった。
半分あたりまで来たところで、小説の紙にコーヒーの染みが出来ていた。後半全部、コーヒー色である。
「……ひどい……」
ぽつりと来海が呟いた。本好きな来海にとって、これほど酷い仕打ちはなかったのだ。
「あ、ごめんねー。クルミがどんな本が好きなのかと思って俺も読んでみたら、コーヒーをうっかり」
悪びれもせず、唇を噛んでいる来海に笑う陽飛。
ニッコニコである。もうニコニコである。
来海を虐めるのが、大好きなのだ。
マジでコイツ性格終わってやがる……!?
流石に今回のサイン入りのお土産は窓から捨てるわけには行かず、代わりに陽飛に突き返した。陽飛は、残念そうな顔もせず、ニコニコでそれを受け取った。
だからなんなん、コイツ!?
俺は俯いている来海の頭を撫でた。
「……来海。あんなクソ男のプレゼントなんて、大抵ろくでもないんだ。泣かなくていいよ、あんなクソ男のために」
「………うん……」
来海は貰った小説を、陽飛におずおずと返した。
陽飛は「仕方ないね」とニコニコでそれを受け取る。ここまでで一番の笑顔であった。
マジで意味わからーん〜……
「来海。今度の休みにでも一緒に本を買いに行こう。代わりに俺がプレゼントする」
「うふふん。それは悪いから、いいよ…?あ、でもお出掛けはしようー!」
「ああ、約束ーーーーーー」
何か殺気を感じて、あたりを見渡すが、ニコニコの陽飛と状況についていけずポカンとしている颯くらいだった。
ん?気のせいか…
……いや、気のせいじゃないな!??
陽飛の目の奥が、冷たい。
俺たちの仲睦まじい様子を見ても、陽飛がそんな目をしたことはない。子犬の戯れを見るかのような生温かい目をしているのが、今までの陽飛だった。
な、何か気に障ったのか?
まさかとは思うが、この男ーーーーーー
……来海の彼氏になったから、牽制してきてるとかじゃあ、ない、よな……?




